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海辺の漁師小屋で史郎は囲炉裏端に座っていた。対面には四千、右手には漁師が座している。
「はあ、三つ競べ。京のお公家様はまた妙なことを考えることで」
なぜ、京の人間がこんな辺鄙な場所に来たのか、と漁師にたずねられ、史郎はすなおに目的を話した。別段、隠すべきとも思わなかった。
「そう思う、あんたも?」
四千が渋面でうなずく。
「馬を走らせ、走って泳ぐ、で目当てあなしっていうのはなんとも面妖で」
漁師の言葉に、四千が二度三度とうなずく。鄙育ちの彼女にしてみれば、公家の思い付きなどというものは馴染めないのだろう。史郎にとっては慣れたことで別にいぶかしむものではない、そんなものだろう、という感覚だ。
それに、走って、泳ぐ、それだけのことが史郎は好きだ。
漁師は自分に縁のない京のことを聞きたがる。
「京にはたいそうな美女がおられるということで」
「さて、な」
史郎は首をななめにした。
物心ついてからしばらくして山の民の交じって育った史郎は、しもぶくれの顔が美しいとは思えない。漁師とて、貴族に特徴的な顔立ちの“美女”を見て美しいと思うかは怪しかった。
そうでございますか、と漁師がいぶかしげに相づちを打つ。
「なんでも、海の幸、山の幸がぎょうさん食えるとか」
「地下が山海の珍味を食えはしないだろう。海に面していない京で、新鮮な海の幸を食べるのはむずかしい」
そなたらのほうがいい物を食ってるだろうさ、と史郎はこたえた。
そうですか、とこたえる漁師はなんだか興味が薄れたようすだ。
「したが、賭けは燃えるぞ」
にやりと笑って史郎は言葉をかさねる。
「ほう、そうですか」
漁師が身をかすかに乗り出した。
「十万からなる人が住む京だ、賭けに通じた者は多く、塵も積もれば、動く値(あたい)も多い」
ほう、と漁師は焦がれるような顔をする。
「できれば、一度は京にのぼって賭けに興じたいものですな」
「なんの、こうして縁ができたのだ、そのとき京に俺が住んでいれば一夜の宿ぐらい貸してやろう」
冗談めかして告げる漁師に、史郎もひょうげた声で応じた。
「さようにございますか。されば夕餉、宿のお代はいだきますまい」
漁師が豪快に笑う。
実は、夕餉を用立ててもらい、小屋を宿にすることで金子を史郎たちは銭(あし)を払っていた。
「なに、それはもらっておけ」
飲む、打つはやるが、史郎はあまり金への執着がなかった。
「豪儀な御仁だ」
漁師がふたたび笑う。
「その代わり、美味い朝餉も頼む」
頼み忘れていたことに気づいて史郎は笑顔で告げた。
「これは失礼、失念しておりました」
漁師が笑みを浮かべて後頭部に片手を当てる。
「楽しそうだな」
木目が露わな盃で酒を口にしていた四千がほほ笑んだ。
「嫌味な公家と話すより、地下と話すほうが俺は性に合っている」
「だろうな」
史郎の言葉に、四千が微苦笑でうなずく。
「お公家は嫌味なもので?」
「嫌味も嫌味、嫌味の権化だ」
漁師の興味深げな問いかけに、史郎は顔をしかめて首肯した。
「こりゃ、もっけの幸い。若い頃は京でお公家に仕えることも考えたものだが」
「止めて正解だ」
漁師の笑みに、史郎も皮肉の笑顔でうなずく。
宴が開かれれば、貴族が口をつけた食事が庭に投げ出されものを食べられるが、そんな物を求める暮らしが素晴らしいとは思えない。が、雑人もたくましいもので、宴の席にあがって貴族の食べ物を奪うということもあった。
思っていたものと現実が違ったなどということは容易に起こりうることだ。
そこで投げ出すか、戦うか――そこが分かれ道だ、と史郎は思う。
「はあ、三つ競べ。京のお公家様はまた妙なことを考えることで」
なぜ、京の人間がこんな辺鄙な場所に来たのか、と漁師にたずねられ、史郎はすなおに目的を話した。別段、隠すべきとも思わなかった。
「そう思う、あんたも?」
四千が渋面でうなずく。
「馬を走らせ、走って泳ぐ、で目当てあなしっていうのはなんとも面妖で」
漁師の言葉に、四千が二度三度とうなずく。鄙育ちの彼女にしてみれば、公家の思い付きなどというものは馴染めないのだろう。史郎にとっては慣れたことで別にいぶかしむものではない、そんなものだろう、という感覚だ。
それに、走って、泳ぐ、それだけのことが史郎は好きだ。
漁師は自分に縁のない京のことを聞きたがる。
「京にはたいそうな美女がおられるということで」
「さて、な」
史郎は首をななめにした。
物心ついてからしばらくして山の民の交じって育った史郎は、しもぶくれの顔が美しいとは思えない。漁師とて、貴族に特徴的な顔立ちの“美女”を見て美しいと思うかは怪しかった。
そうでございますか、と漁師がいぶかしげに相づちを打つ。
「なんでも、海の幸、山の幸がぎょうさん食えるとか」
「地下が山海の珍味を食えはしないだろう。海に面していない京で、新鮮な海の幸を食べるのはむずかしい」
そなたらのほうがいい物を食ってるだろうさ、と史郎はこたえた。
そうですか、とこたえる漁師はなんだか興味が薄れたようすだ。
「したが、賭けは燃えるぞ」
にやりと笑って史郎は言葉をかさねる。
「ほう、そうですか」
漁師が身をかすかに乗り出した。
「十万からなる人が住む京だ、賭けに通じた者は多く、塵も積もれば、動く値(あたい)も多い」
ほう、と漁師は焦がれるような顔をする。
「できれば、一度は京にのぼって賭けに興じたいものですな」
「なんの、こうして縁ができたのだ、そのとき京に俺が住んでいれば一夜の宿ぐらい貸してやろう」
冗談めかして告げる漁師に、史郎もひょうげた声で応じた。
「さようにございますか。されば夕餉、宿のお代はいだきますまい」
漁師が豪快に笑う。
実は、夕餉を用立ててもらい、小屋を宿にすることで金子を史郎たちは銭(あし)を払っていた。
「なに、それはもらっておけ」
飲む、打つはやるが、史郎はあまり金への執着がなかった。
「豪儀な御仁だ」
漁師がふたたび笑う。
「その代わり、美味い朝餉も頼む」
頼み忘れていたことに気づいて史郎は笑顔で告げた。
「これは失礼、失念しておりました」
漁師が笑みを浮かべて後頭部に片手を当てる。
「楽しそうだな」
木目が露わな盃で酒を口にしていた四千がほほ笑んだ。
「嫌味な公家と話すより、地下と話すほうが俺は性に合っている」
「だろうな」
史郎の言葉に、四千が微苦笑でうなずく。
「お公家は嫌味なもので?」
「嫌味も嫌味、嫌味の権化だ」
漁師の興味深げな問いかけに、史郎は顔をしかめて首肯した。
「こりゃ、もっけの幸い。若い頃は京でお公家に仕えることも考えたものだが」
「止めて正解だ」
漁師の笑みに、史郎も皮肉の笑顔でうなずく。
宴が開かれれば、貴族が口をつけた食事が庭に投げ出されものを食べられるが、そんな物を求める暮らしが素晴らしいとは思えない。が、雑人もたくましいもので、宴の席にあがって貴族の食べ物を奪うということもあった。
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そこで投げ出すか、戦うか――そこが分かれ道だ、と史郎は思う。
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城闕崇華研究所所長
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