天下を駆ける(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 すでに三匹の鬼をほふっていた。
 暗闇の中にいるが、昼のように敵の姿だけはうかがえた。
 金棒を手にした、二本の角を頭に生やし、山犬のような牙をはやし、屈強な肉体を持った妖(あやかし)が彼を十重二十重に包囲していた。
 川原で、川の側は空いているが、飛び込むのを異形たちが許してくれるとは思えない。
 そして金砕棒は打ちあうことなど許さず、当たれば身を砕くのは目に見えていた。
 斬り落としや摺り上げを許されず、隙間を縫う油虫のように攻撃の間隙を縫う。
 すれ違い様に、足、脇、首を裂いた。
 が、すぐに太刀の切れ味がにぶる。
 刺突に攻撃を切り替えた。
 十匹以上の鬼を仕留める。そこで剣尖が折れた。
 金砕棒が間近に唸る。
 半身、半身の切り替えで切り抜けた。
 同時に腰刀を抜いて攻撃を送っている。二体の鬼の悲鳴があがった。
 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、やがて切れ味が鈍り、突く、突く、突く。
 が、史郎も無事ではいられない。
 ところどころ、金砕棒がかすめている。
 いや、右手に至ってはすでに攻撃を受けて折れていた。
 やがげ、攻撃を前、左右に避けきれず後ろに躱す。が、後退は悪手だ、重心が後ろにさがると次の斬撃を避けきれない。
 唸る、金砕棒の横殴りの一撃がきた。
 とたん、史郎は仰向けに倒れ、さらに横に転がった。続けて攻撃してきた鬼の攻撃を避けた。
 膝立ち、から立ち上がる。腰刀は取り落とした。
 とたん、手首に雷が落ちたような痛みを感じた。折れた上に捩じってどうしようもない傷を悪化させた。
 もう――駄目だろう、と冷めた心で思う。
 いや、心の奥底で声があがった。
 嫌だ、と。
 今の俺には背負う物がある、と声が脳裏にひびいた。
「そうだ、俺は」
 史郎は短刀を鞘ぐるみで取り出し、鞘を口にくえて抜く。
 諦められない、諦める訳にはいかない。
 そう思った瞬間、目の前に人魂が現れた。
 刹那、その形が人のものへと変わる。
「鳶丸」
 その名を史郎は呼んだ。
 彼はこちらを肩越しに見てほほ笑む。
 そして、彼が太刀を抜いて一閃すると、鬼のことごとくが地面に伏した。
「兄上、前へ」
 鳶丸の言葉に、自然と前に一歩出た。
『俺はお前の背中、前に進む姿を見て世を去りたい』
 という真海の言葉が脳裏に浮かぶ。

 次の瞬間、史郎は漁師小屋の天井を見上げていた。
 まるで、胸のうちで火の球が燃えているように熱いものを感じる。
「前へ」
 史郎はつぶやいた。

    六

 都合よく漁師小屋の近くには竹林があった。
 そこから二本の竹を借用し、夜が明ける前に四千は史郎と三間の距離を置いて向かい合った。
 瞬間、四千は悟る。
 史郎の中の何かが変わった、と。
 躊躇はないが殺しのための荒んだ剣とは違う、迷いのなさがあった。
 冬の澄んだ空気のような混じりっけのなさを感じる。
 ならばかき乱す、と四千は剣を右手の片手握りとなり、もう一方の手を伸ばして史郎に迫った。
 閃、限界まで近づいたところで、史郎の竹が降った。
 刹那、四千はもう一方の腕をふるう。
 片手は誘いのために捨てた。実戦から斬られている。
 それでも、斬撃を史郎に食らわせた。
 はず、だった。
 四千の剣に対し、同じ軌道で史郎が斬り上げる。
 交刃、嚙み合った竹が制止した。
 いや、四千の手首へと史郎の竹が伸びる。竹独特の撓りの利いた痛みが走った。
「たぶん、今日が最後になるだろう」
 史郎の言う通り、沖合の富島へは泳いで一日といった具合だ。
「あの、凄まじい剣技の男には出会っていない。海か、島で戦いとなるだろう」
「そうだな」
 四千は神妙にうなずく。
「おまえが見守っている、それだけで心強かった」
「そうか。用立てられたなら、よかった」
 ほほ笑む史郎に、四千も微笑を浮かべた。
「神仏の加護よりも頼もしかった」
「そうか、神より仏よりもか」
 幼馴染の言葉にうれしくなる。
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