天下を駆ける(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 様々な走者に出会った。

 男は語った。
「手前は雑人の女の倅だった」
 その言葉に、史郎は口元をかすかに動かす。
 場所は街道の道端だ。日中に走っていると、路傍に腰をおろしていた男に呼び止められたのだ。「話がある」と。
「一の妻は癇気が強く、手前の母をいじめ殺した。むろん、手前も犬のように扱われた」
 刺客に仕立て上げられた史郎よりはましだろうが、胸糞の悪くなる話だ。
「長じては貴族の父から金子を多少用立ててもらい、商いで身を立てた」
「そんなお前がなんでここで走者を止める?」
 男に四千が疑問を投げかける。
「そこが肝だ」
 男は真剣にこたえる。
「商人として身を立てたが、貴族の子息に生まれたからには通貴にはなりたい。そうすれば、あの一の妻の悪鬼を見返せるってもんじゃないか?」
「そうか」
 史郎は相槌を打った。確かに理屈は理解できる。ただ、目的が分からない。
「そこでだ」
 男が身を乗り出す。
「金子を融通するから走者を降りてくれないか?」
 男の言葉に、史郎はあっけにとられた。
 その発想は史郎にはない。
 他人を斬って蹴落とし、そうして一番乗りするものだと思っていた。
 はは、気づけば笑っている。
「笑いごとか、史郎」
 四千が不機嫌な顔をした。
「そうだが、四千。かような手立てがあったとは。人も斬らず、ある意味、穏当にことを運べるだろう?」
「そうか、乗ってくれるか?」
 史郎の言葉に、男が表情を明るくする。
「なれど、それは肯んじかねる」
 史郎は申し訳なく思いながら首を横にふった。
「なぜだ?」
「俺にも背負うものはある」
 背負った業を思えばもはや降りられるものでない。そして、
「止せ」
 と告げた。
 男から殺気を感じてのせりふだった。
 とたん、男からそれは霧消する。
「やっぱ、剣じゃあ勝てねえよなあ」
 なさけない顔をする男に、
「もし、俺が一番乗りになり貴族に取り立てられたら、そもじをなんとか引き上げてやる」
 と史郎は笑顔で告げた。
「そいつはありがたい」
 男はふたたび表情を明るくする。
「それで、お前はどうする?」
 四千は興味を持った顔でたずねた。
「そうさな。まあ、先んじている者がみな風邪にでもかかって倒れることを祈って走るさ。商売で街道を行き来して、足腰には自信がある」
「精々、励め」
 そう告げて、史郎と四千はふたたび走り出す。

 あるいはこんな者もいた。
「あんたぁ、あんたぁ」
 と叫び声が街道にひびいた。
 史郎と四千の前方にふたつの人影が視界に入った。ひとつは半ば地面に横になり、片方がそれを抱きかかえる形だ。壮年のふたりで、前者が男で後者が女人だった。民衆直垂姿と小袖姿ということからして地下の二人組だ。
「あれ、なんだろうな」
 四千が怪訝な顔で聞く。
「さあな」
 首をかしげる史郎だが、無視するには気になりすぎる光景で自然と足が遅くなった。やがて、歩きに変わった。それに四千も合わせる。
「お助けくだささい」
 女人が史郎たちに目を止めて訴える。
 お助けてください、と言われてもな、と史郎と四千は視線を交わした。
「どうした?」
「夫が、夫が急な病か何かで倒れたのです」
 いや、それをどうしろというのだ、と史郎は困惑する。彼は医師(くすし)でもなければ陰陽師でも僧侶ではないから病などどうしようもない。京ならひとっ走り医師(くすし)を呼びに、ということもできるが街道の途中で医師など都合できなかった。
「無念なことだが」
 史郎が首を横にふろうとした瞬間、
「ああ、豊女。せめておまえが一番乗りしてくれ」
 虫の息の夫が切々と訴える。
 が、その目が一瞬鋭くなってこちらをとらえたのを史郎は見逃さない。
「なれば、俺たちは一番乗りを譲るべきか?」
 史郎が四千を見やってたずねた。口元が笑いそうになるのをこらえるが大変だ。
「戯言を言うな。散々ここまで刺客、走者を斬ってきて、なんで病人が出たからと降りることができるんだ」
「その通りだな」
 四千が眉間に皺を寄せるのに、史郎は大きくうなずいた。
「という訳だ」
 史郎は夫婦(めおと)に視線を送る。
 数瞬、沈黙が流れた。
「おのれ、薄情者」
 男が飛び起きてこちらを襲おうとする。
 史郎は無造作に相手のみぞおちに蹴りを入れた。
 珍獣ならこんな声をもらすかもなという声音でうめき、男はその場にうずくまった。
「あんた」
 今度こそ本物の悲鳴を妻があげる。
 ふたりを見据えながら史郎はやはり無造作に太刀を抜いた。
「足で稼いだか、嘘で騙して通ってきたか知らないが、このさき武技もなく進めると思うな」
 殺気すら込めていない史郎の脅しに、ふたりは悲鳴をあげた。仲のいい夫婦だ。
 凍りついた彼らを脇に、史郎と四千は走り出した。
 ちょっと愉快な気分だ。
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