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終章
三つ競べ、完遂の宴が開かれた。その席から、父は上機嫌になって帰ってくる。先導する雑人が手にした手燭の灯りに史郎が浮かび上がった。相手には突然の出現に見えたはずだ。
父がおどろきの声をもらす。それから、
「何用だ、史郎」
父が不機嫌になってたずねた。手で指図され雑人が脇にひかえる。
「申したき儀があって参上つかまつった」
「明日にしろ」
手をふる父を、史郎は睨みつける。
「なんだ、その目は?」
「褒美をいただきたく存じます」
父の顔がさらに不機嫌になる。史郎は低い声で返した。
「ひとつ、殺しの任は向後、引き受けませぬ」
「なにを、思いあがったことを」
「ひとつ、検非違使尉の職をたまわりたい」
「思いあがるな、うぬが麿に命令か」
父が声を荒げる。
「その程度では埋め合わせできぬことをした」
「慮外な、さればどこぞへ行って野垂れ」
死ね、までは父は口にできない。
史郎が太刀を素早く抜き、一閃した。
父が惚けた顔をする。
それから何かに気づいたのか、手元に目をやった。扇子を握っていた指が扇子ごと切断されていた。
「銭(あし)を払わず物が買えると思うな、痴れ者」
史郎は血ぶりしてゆっくりと父の脇へと回り込む。
居合わせた雑人が逃げようとすれば斬れる位置だ、目線を送って相手を威圧した。
「りょ、慮外な、父に傷を負わせるなど」
震える、涙声で父が訴える。
「父?」史郎は鼻で笑った。
「山の民の里の長のほうが、よほど父であったわ」
戯言はもういい、と宣言する。
「俺の求めを受け入れるか、否か」
面の皮の動きで否むのが先に分かった。閃、史郎は相手の耳を斬り落とした。
「俺を敵にまわしたほうが、お、恐ろしくはないか?」
史郎は血に濡れた刃を相手の首筋に当てる。父は蹴られた馬のようななさけない声を漏らした。
「上首尾だ」
史郎が帰ると、門の内で京子、四千が待ちわびた顔でたたずんでいる。
京子を本妻(もとのめ)、四千を二の妻として迎えていた。ふたりは気が合うところがあるらしく、喧嘩をするそぶりはない。
彼女たちを妻に迎えたのは、三つ競べから帰った昨日のうちだった。
父の怯えぶりからしてまず間違いなく検非違使尉に任じられるよう手配りするだろう。
むろん、検非違使として働いたところで、これまで人を斬ってきた罪が消える訳ではない。
だが、それでも“これから”をよりよく生きられる。
「宴の準備をしてございます」
京子に手を引かれ釣殿のほうに向かった。四千も一緒についてくる。釣殿には善鬼と息子の鳶丸が待っていた。
妻たちに酒をすすがれ、口に運ぶ。
他愛ない話に花が咲いた。
そのうちに、史郎は地下からもらった数珠を取り出した。
この場にいてほしかった真海、弟のことを思いながら数珠を握る。
『俺はお前の背中、前に進む姿を見て世を去りたい』
という真海の声がよみがえる。
どこかへ、はまだ分からない。
だが、とにかく足を動かすのは止めないつもりだ。
力に翻弄された史郎の姿はそこにはない。
了
三つ競べ、完遂の宴が開かれた。その席から、父は上機嫌になって帰ってくる。先導する雑人が手にした手燭の灯りに史郎が浮かび上がった。相手には突然の出現に見えたはずだ。
父がおどろきの声をもらす。それから、
「何用だ、史郎」
父が不機嫌になってたずねた。手で指図され雑人が脇にひかえる。
「申したき儀があって参上つかまつった」
「明日にしろ」
手をふる父を、史郎は睨みつける。
「なんだ、その目は?」
「褒美をいただきたく存じます」
父の顔がさらに不機嫌になる。史郎は低い声で返した。
「ひとつ、殺しの任は向後、引き受けませぬ」
「なにを、思いあがったことを」
「ひとつ、検非違使尉の職をたまわりたい」
「思いあがるな、うぬが麿に命令か」
父が声を荒げる。
「その程度では埋め合わせできぬことをした」
「慮外な、さればどこぞへ行って野垂れ」
死ね、までは父は口にできない。
史郎が太刀を素早く抜き、一閃した。
父が惚けた顔をする。
それから何かに気づいたのか、手元に目をやった。扇子を握っていた指が扇子ごと切断されていた。
「銭(あし)を払わず物が買えると思うな、痴れ者」
史郎は血ぶりしてゆっくりと父の脇へと回り込む。
居合わせた雑人が逃げようとすれば斬れる位置だ、目線を送って相手を威圧した。
「りょ、慮外な、父に傷を負わせるなど」
震える、涙声で父が訴える。
「父?」史郎は鼻で笑った。
「山の民の里の長のほうが、よほど父であったわ」
戯言はもういい、と宣言する。
「俺の求めを受け入れるか、否か」
面の皮の動きで否むのが先に分かった。閃、史郎は相手の耳を斬り落とした。
「俺を敵にまわしたほうが、お、恐ろしくはないか?」
史郎は血に濡れた刃を相手の首筋に当てる。父は蹴られた馬のようななさけない声を漏らした。
「上首尾だ」
史郎が帰ると、門の内で京子、四千が待ちわびた顔でたたずんでいる。
京子を本妻(もとのめ)、四千を二の妻として迎えていた。ふたりは気が合うところがあるらしく、喧嘩をするそぶりはない。
彼女たちを妻に迎えたのは、三つ競べから帰った昨日のうちだった。
父の怯えぶりからしてまず間違いなく検非違使尉に任じられるよう手配りするだろう。
むろん、検非違使として働いたところで、これまで人を斬ってきた罪が消える訳ではない。
だが、それでも“これから”をよりよく生きられる。
「宴の準備をしてございます」
京子に手を引かれ釣殿のほうに向かった。四千も一緒についてくる。釣殿には善鬼と息子の鳶丸が待っていた。
妻たちに酒をすすがれ、口に運ぶ。
他愛ない話に花が咲いた。
そのうちに、史郎は地下からもらった数珠を取り出した。
この場にいてほしかった真海、弟のことを思いながら数珠を握る。
『俺はお前の背中、前に進む姿を見て世を去りたい』
という真海の声がよみがえる。
どこかへ、はまだ分からない。
だが、とにかく足を動かすのは止めないつもりだ。
力に翻弄された史郎の姿はそこにはない。
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