天下を駆ける(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 男と共に待っていると、もののふ一党が近づいてきた。
 半町ほどの距離で弓を射てくる。だが、木立の中では脅威ではない。
 一矢、二矢、とむなしく樹幹に刺さり、あるいは茂み、枝葉に遮られる。
 いや、とそこで史郎は考えを変えた。
 後方へと引いた。
 とたん、飛来した矢があさっての方向へ飛んで消える。目線で源を探ると、木陰から革鎧姿の男がこちらに弩を向けているのが目に入る。
 ひとりではなく、ふたりいた。
 刃風一颯、飛来した矢の矢柄を斬り砕く。そうしているうちに、本隊がこちらに近づいてきた。
 慮外な――罠を仕掛けたのが自分たちだけだと思うのか?
 瞬間、先頭の屈強な男が悲鳴をもらす。落とし穴に落ちたのだ、その姿が真下に消えた。
「お主(しゅう)」といくつかの悲鳴がもれる。
 そのうちふたりが、お主、を引き上げた。だが、遠目にも分かる深手を宰領らしく男は負っている。
「間抜けが」
 これまで剣を交えていた凄腕の男が、小声で言ってせせら笑らった。
 声は聞こえなかっただろう雰囲気で分かったのだろう、
「よくも」
 などという声が一団からあがった。
 頭に血をのぼらせて殺到する。
 そのはずだった。
 が、頭上から丸太が降る。
 地面に生えた尖った枝が構える。
ふたたびの落とし穴が口を開ける。
一気に三人も削られ、死傷者が四人となって一団が勢いを失うのが目に見えてわかった、単純に言って足取りが鈍った。
「おまえさん、どれだけ罠を張ったのだ」
「さてな」
 あきれまじりの史郎のまなざしに、男は肩をそびやかす。史郎ひとりを迎え撃つには過剰に思える。四方八方からやって来るのを勘定に入れたのだろうが、それにしてもこれはやりすぎだ。
 それだけ恨みを買ったといことか――史郎はやるせなさをおぼえる。
 それでも、なんとか男たちが近間にやって来た。
 そこでも一団を不幸が襲う。
 間合いの利を取ったのだろうが、長刀を持った三人が木立の間では足手まといだ。
 刃風一颯、くり出される攻撃を樹幹の陰に隠れて史郎、男は防いだ。
 風を巻いて反対から出て、肉薄するや腿を斬り上げて太い血の管を裂く。
 他方、男のほうは得意の横薙ぎで肋骨、そしてその内の心の臓を切断した。まったくもって恐ろしい太刀筋だ。
 さらに、遠方から四千が腰刀を投げて敵のひとりの背中をつらぬいた。短刀を取りだし、彼女は慎重に駆け寄ってくる。罠を警戒してのことだろう。
 ひとりを下段に構えて近づき、右足をななめ左に踏み出して正眼にとって敵の眉間に突き込む。脳髄を抉った。
 史郎は迅影と化す。右足を正面に踏み込み、敵を左方から右回りに正面まで目の合を斬りはらう。
 残身、打ちかかる敵がいないか確認する。
 男は、と思って右手を見やると、同様に敵を斬り伏せ血ぶりをするところだ。
 他方で、史郎は敵の動きを視野におさめて見張っている。
 これは、という動きをする相手が現れた。地面を滑るように近づく、二本の枹(ばち)を持った男が肉薄する。
 剣光一閃、史郎は小太刀をふるう。
 とたん、相手は剣峰を打ち落とす。さらに、もう一本で小手を打ってくる。
 閃、史郎は太刀で刺突を送った。瞬間、枹の男は体を捻って躱す。
 さらに強敵が現れた。鎖の両側に重りをつけた得物をにぎった男が距離を詰めてきた。こちらも滑るような足取りだ。
 颯、重りがこめかみに向かってふるわれる。
 ななめ前に躱し、逆襲した。太刀で首を薙ぎにいった。
 金属音がひびく。ふたつの重りをそれぞれの手に握った男が鎖を縦に伸ばして攻撃を受けたのだ。その動きのまま、こちらに接近する。
 首に鎖がまわった。
 刹那、史郎は身体操作で重心を下に落とした。
 鎖の男が持ち上げられ、脇にころがった。得物の片端を離さなかったのはさすがだ。
 とたん、枹の男が迅影と化した。こちらの小手を打ちにくる。枹の一撃必殺の威力のなさを補う戦術だ。
 息の詰まりかけた史郎は小太刀を持つ左手を打たれる。
 得物が下に落ちた。
 次の瞬間、太刀を相手の喉首に送っている。見事に剣尖が食い込んだ。
 枹の男は後ろにさがって首を抑える。
 だが、無駄だ。あの傷では助からない。凄絶な目でこちらを睨む。
 してやったり、だ。
 途中で乱入してきた彼らの眼には、史郎が平素から両刀を使っていると映っただろう。そして、一刀になれば弱体化する、と考えたはずだ。
 史郎は鎖の男に向き直り、距離を詰めていく。傷ついたほうの手を翳した。
 中途で鎖が左手に絡まった。
 瞬間、重心操作で史郎は相手の鎖を思い切り引く。こちらによろめく男に迫り、下からの軌道で太刀で腹、さらに心の臓に向けて刺突をくり出した。
ふたたびの残身、打ちかかる敵がいないか確認する。同時に、例の男が自分の側の敵をすべてほふったことを悟った。
 さあ、どうする――と史郎は彼の動向を見守る。
 男は不機嫌な顔になった。
「興が削がれた」
 歯を剥いて告げる。
「女連れで修羅場に来る男など相手にしてられるか」
 彼は告げるや、懐から札を取り出しこちらの足元に投げた。
「いいのか?」
 命、札、どちらもいらないのか、という問いかけだ。
「存分に斬り合った、もう十分だ」
 肩越しに告げて、男は浜へと去って行く。
 直後、史郎は肩で息をする。足の痛みで脂汗を流していた。勝負が決してそのことに気づく。尻もちをついた。
 終わった――頭も体も空っぽになった心地がする。
「具合はどうだ?」
 近寄ってきてこちらの顔を覗き込む四千に、史郎は笑顔を見せた。
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