32 / 34
31
しおりを挟む
七
冨島の浜にあがった。身震いをし、衣裳を身にまとう。
陽光が地平線に沈みつつあった。
どこだ、と強敵の姿を史郎は目で探す。善鬼は言っていたのだ、例の凄腕が先行している、と。
島の反対側か、と予測する。
「四千、油断するな」
告げて、史郎は浜沿いに歩き出した。
一周が三里ほど、半周には四半刻も経てば足りる。
島の反対の浜に倒れる人影があった。
近づいてみると、雑人と思われる中年の男が首を切断されて倒れている。よほど、鋭い斬撃を浴びたらしく首が体のすぐ近くに落ちていた。流れ出た血の量、渇き具合が、男がそれなりに前の時間に殺されたことと語っていた。
すでに陽は落ちていた。史郎は浜の内側、マツ林の中に視線を向ける。夕日の名残でいくらか明るいとはいえ、林はもはや一塊に映って見える。
見た。木立の間で輝く双眼を。人の目はよく光るため、後世の戦いでも秘密裡に動くためには注意が必要とされている。
「四千、ここで待っていてくれ」
「負けるな」
脇の四千を見やって告げると、彼女は真剣なまなざしを返した。
「ああ」史郎は迷わずうなずく。そして、林に向かって歩いて行った。
半町ほど奥に進んだところで、木にもたれかかる男を見つけた。平凡な顔つきの男で、改めて見やっても凄みは感じない。
「知っているか? お前がこちの人生を台無しにしたことを」
史郎は眉をひそめた。
「こちの母方の祖父母をうぬは殺したのだ。こちは後継ぎとして父に引き取られたが、富をもあたさぬ妻、わが母は公家の習いに従い見捨てられた」
思い出した。涙ながらに殴りかかってきた童がいた。そのとき、史郎も相手とさして変わらぬ齢だったが、初めての刺客の任を負ったのだ。
「思い出したようだな」
男が笑う。さも愉快そうに。
「最後の最後で殺す、それこそが復讐にはふさわしいと、ここまで手出ししなかった」
「そうか」
男の恨みの深さを実感させられる言葉に、史郎は眉間に力を込めて相づちを打った。京は広いようでいて狭い、殺しをしていればその縁者に行き会うことも不思議ではない。
「されば、死ね」
男が木に寄りかかるのを止め太刀を抜いた。
史郎は相手に近づいていく。途中、足元に不穏なものを感じた。足を止め、相手を視界にとらえつつ足元を観察する。
これは――斬撃を足元に浴びせた。
とたん、地面が“落ちる”。
三尺とちょっと四方の落とし穴だ。そこには尖った木の枝が並べられている。
史郎は男に視線をもどした。
「正々堂々勝負するとは言っていない」
男が皮肉げに笑う。
史郎も文句は言えない。正々堂々など求められる立場ではない。
結果、史郎は男だけでなく周囲にも注意を必要とされた。
だが、すでに陽は落ちて暗い。
足が何かを引っかけた。とたん、史郎は前に飛び、転がる。入れ変わる視界に、背後で蔓で吊られた丸太が頭上からななめに落ちるのをとらえた。
瞬間、足元に激痛をおぼえる。
枝を尖らせたものが無数に地面に生えていた。歯を食いしばって足を持ち上げ枝を引き抜く。
「いい様(ざま)だな」
五間ほどに距離が縮まった男がこちらをせせら笑う。
「抵抗もできずに命を奪われる者のことがさぞや心に沁みるだろう?」
男がゆっくりとこちらに近づいてきた。
史郎は激痛に意識が白むのを感じながらもなんとか身構える。同時に、腰刀を抜いた。足が一本駄目なら、それを補うしかない。
「にわか仕込みの二刀などなんになる」
仕合の場でこちらを見ていた男が嘲笑った。
それに史郎は笑みを返す。これまでの走りの中で二刀を体得する機会はあった。決して、にわか仕込みではない。こちらの笑顔を強がりと思ってくれれば行幸だ。
刃風一颯、横薙ぎの一撃がくる。
早――史郎の二刀が上段から迎撃に向かった。
が、防ぎきれずに史郎は脇腹がかすかに裂けるのを感じる。
閃、次に袈裟斬りの一撃が送られた。
体を開いて史郎はこれを避ける。だが、足の痛みで動きが鈍い。
剣光一閃、腰刀で相手の太刀を十五度で打った。
男の身勢が崩れる。
閃、史郎は正面から斬りつけた。
交刃、斬り上げた一撃が鎬で攻め合い静止する。足の不自由さで身勢を十分に崩しきれなかった。
しかし、相手も無傷ではない。小手が裂けて血が流れた。
「腕一本足りぬこちか、足一本が不自由なうぬか、どちらが死ぬか見ものだな」
男が笑いながら太刀から右手をはずす。
次の瞬間、正面の一撃がくり出された。男の渾身の一撃だと察せられる。
それを史郎は足を踏み変えて躱した。左右に均等に体重をかけつつ、丹田で生む力を込めた刺突を送った。
刹那、相手も辛うじて体を開いた。刺突が胸をかすめる。
次の瞬間、「うぬら、覚悟せよ」と無粋な声が聞こえた。
見やると、浜のほうから十人ほどの男たちが近づきつつある。得物、身なり、荒んだ雰囲気からするともののふのようだ。
なんとなく事情は察せられる。誰ぞ、公卿が漁夫の利を狙い、島に一団を送ってきたのだ。
史郎は側らの宿敵に視線を送る。男がいら立たし気に、目顔で承諾を訴えてきた。すなわち、休戦だ。それで闖入者たちを迎え撃つ。
冨島の浜にあがった。身震いをし、衣裳を身にまとう。
陽光が地平線に沈みつつあった。
どこだ、と強敵の姿を史郎は目で探す。善鬼は言っていたのだ、例の凄腕が先行している、と。
島の反対側か、と予測する。
「四千、油断するな」
告げて、史郎は浜沿いに歩き出した。
一周が三里ほど、半周には四半刻も経てば足りる。
島の反対の浜に倒れる人影があった。
近づいてみると、雑人と思われる中年の男が首を切断されて倒れている。よほど、鋭い斬撃を浴びたらしく首が体のすぐ近くに落ちていた。流れ出た血の量、渇き具合が、男がそれなりに前の時間に殺されたことと語っていた。
すでに陽は落ちていた。史郎は浜の内側、マツ林の中に視線を向ける。夕日の名残でいくらか明るいとはいえ、林はもはや一塊に映って見える。
見た。木立の間で輝く双眼を。人の目はよく光るため、後世の戦いでも秘密裡に動くためには注意が必要とされている。
「四千、ここで待っていてくれ」
「負けるな」
脇の四千を見やって告げると、彼女は真剣なまなざしを返した。
「ああ」史郎は迷わずうなずく。そして、林に向かって歩いて行った。
半町ほど奥に進んだところで、木にもたれかかる男を見つけた。平凡な顔つきの男で、改めて見やっても凄みは感じない。
「知っているか? お前がこちの人生を台無しにしたことを」
史郎は眉をひそめた。
「こちの母方の祖父母をうぬは殺したのだ。こちは後継ぎとして父に引き取られたが、富をもあたさぬ妻、わが母は公家の習いに従い見捨てられた」
思い出した。涙ながらに殴りかかってきた童がいた。そのとき、史郎も相手とさして変わらぬ齢だったが、初めての刺客の任を負ったのだ。
「思い出したようだな」
男が笑う。さも愉快そうに。
「最後の最後で殺す、それこそが復讐にはふさわしいと、ここまで手出ししなかった」
「そうか」
男の恨みの深さを実感させられる言葉に、史郎は眉間に力を込めて相づちを打った。京は広いようでいて狭い、殺しをしていればその縁者に行き会うことも不思議ではない。
「されば、死ね」
男が木に寄りかかるのを止め太刀を抜いた。
史郎は相手に近づいていく。途中、足元に不穏なものを感じた。足を止め、相手を視界にとらえつつ足元を観察する。
これは――斬撃を足元に浴びせた。
とたん、地面が“落ちる”。
三尺とちょっと四方の落とし穴だ。そこには尖った木の枝が並べられている。
史郎は男に視線をもどした。
「正々堂々勝負するとは言っていない」
男が皮肉げに笑う。
史郎も文句は言えない。正々堂々など求められる立場ではない。
結果、史郎は男だけでなく周囲にも注意を必要とされた。
だが、すでに陽は落ちて暗い。
足が何かを引っかけた。とたん、史郎は前に飛び、転がる。入れ変わる視界に、背後で蔓で吊られた丸太が頭上からななめに落ちるのをとらえた。
瞬間、足元に激痛をおぼえる。
枝を尖らせたものが無数に地面に生えていた。歯を食いしばって足を持ち上げ枝を引き抜く。
「いい様(ざま)だな」
五間ほどに距離が縮まった男がこちらをせせら笑う。
「抵抗もできずに命を奪われる者のことがさぞや心に沁みるだろう?」
男がゆっくりとこちらに近づいてきた。
史郎は激痛に意識が白むのを感じながらもなんとか身構える。同時に、腰刀を抜いた。足が一本駄目なら、それを補うしかない。
「にわか仕込みの二刀などなんになる」
仕合の場でこちらを見ていた男が嘲笑った。
それに史郎は笑みを返す。これまでの走りの中で二刀を体得する機会はあった。決して、にわか仕込みではない。こちらの笑顔を強がりと思ってくれれば行幸だ。
刃風一颯、横薙ぎの一撃がくる。
早――史郎の二刀が上段から迎撃に向かった。
が、防ぎきれずに史郎は脇腹がかすかに裂けるのを感じる。
閃、次に袈裟斬りの一撃が送られた。
体を開いて史郎はこれを避ける。だが、足の痛みで動きが鈍い。
剣光一閃、腰刀で相手の太刀を十五度で打った。
男の身勢が崩れる。
閃、史郎は正面から斬りつけた。
交刃、斬り上げた一撃が鎬で攻め合い静止する。足の不自由さで身勢を十分に崩しきれなかった。
しかし、相手も無傷ではない。小手が裂けて血が流れた。
「腕一本足りぬこちか、足一本が不自由なうぬか、どちらが死ぬか見ものだな」
男が笑いながら太刀から右手をはずす。
次の瞬間、正面の一撃がくり出された。男の渾身の一撃だと察せられる。
それを史郎は足を踏み変えて躱した。左右に均等に体重をかけつつ、丹田で生む力を込めた刺突を送った。
刹那、相手も辛うじて体を開いた。刺突が胸をかすめる。
次の瞬間、「うぬら、覚悟せよ」と無粋な声が聞こえた。
見やると、浜のほうから十人ほどの男たちが近づきつつある。得物、身なり、荒んだ雰囲気からするともののふのようだ。
なんとなく事情は察せられる。誰ぞ、公卿が漁夫の利を狙い、島に一団を送ってきたのだ。
史郎は側らの宿敵に視線を送る。男がいら立たし気に、目顔で承諾を訴えてきた。すなわち、休戦だ。それで闖入者たちを迎え撃つ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる