天下を駆ける(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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   七

 冨島の浜にあがった。身震いをし、衣裳を身にまとう。
 陽光が地平線に沈みつつあった。
 どこだ、と強敵の姿を史郎は目で探す。善鬼は言っていたのだ、例の凄腕が先行している、と。
 島の反対側か、と予測する。
「四千、油断するな」
 告げて、史郎は浜沿いに歩き出した。
 一周が三里ほど、半周には四半刻も経てば足りる。
 島の反対の浜に倒れる人影があった。
 近づいてみると、雑人と思われる中年の男が首を切断されて倒れている。よほど、鋭い斬撃を浴びたらしく首が体のすぐ近くに落ちていた。流れ出た血の量、渇き具合が、男がそれなりに前の時間に殺されたことと語っていた。
 すでに陽は落ちていた。史郎は浜の内側、マツ林の中に視線を向ける。夕日の名残でいくらか明るいとはいえ、林はもはや一塊に映って見える。
 見た。木立の間で輝く双眼を。人の目はよく光るため、後世の戦いでも秘密裡に動くためには注意が必要とされている。
「四千、ここで待っていてくれ」
「負けるな」
 脇の四千を見やって告げると、彼女は真剣なまなざしを返した。
「ああ」史郎は迷わずうなずく。そして、林に向かって歩いて行った。
 半町ほど奥に進んだところで、木にもたれかかる男を見つけた。平凡な顔つきの男で、改めて見やっても凄みは感じない。
「知っているか? お前がこちの人生を台無しにしたことを」
 史郎は眉をひそめた。
「こちの母方の祖父母をうぬは殺したのだ。こちは後継ぎとして父に引き取られたが、富をもあたさぬ妻、わが母は公家の習いに従い見捨てられた」
 思い出した。涙ながらに殴りかかってきた童がいた。そのとき、史郎も相手とさして変わらぬ齢だったが、初めての刺客の任を負ったのだ。
「思い出したようだな」
 男が笑う。さも愉快そうに。
「最後の最後で殺す、それこそが復讐にはふさわしいと、ここまで手出ししなかった」
「そうか」
 男の恨みの深さを実感させられる言葉に、史郎は眉間に力を込めて相づちを打った。京は広いようでいて狭い、殺しをしていればその縁者に行き会うことも不思議ではない。
「されば、死ね」
 男が木に寄りかかるのを止め太刀を抜いた。
 史郎は相手に近づいていく。途中、足元に不穏なものを感じた。足を止め、相手を視界にとらえつつ足元を観察する。
 これは――斬撃を足元に浴びせた。
 とたん、地面が“落ちる”。
 三尺とちょっと四方の落とし穴だ。そこには尖った木の枝が並べられている。
 史郎は男に視線をもどした。
「正々堂々勝負するとは言っていない」
 男が皮肉げに笑う。
 史郎も文句は言えない。正々堂々など求められる立場ではない。
 結果、史郎は男だけでなく周囲にも注意を必要とされた。
 だが、すでに陽は落ちて暗い。
 足が何かを引っかけた。とたん、史郎は前に飛び、転がる。入れ変わる視界に、背後で蔓で吊られた丸太が頭上からななめに落ちるのをとらえた。
 瞬間、足元に激痛をおぼえる。
 枝を尖らせたものが無数に地面に生えていた。歯を食いしばって足を持ち上げ枝を引き抜く。
「いい様(ざま)だな」
 五間ほどに距離が縮まった男がこちらをせせら笑う。
「抵抗もできずに命を奪われる者のことがさぞや心に沁みるだろう?」
 男がゆっくりとこちらに近づいてきた。
 史郎は激痛に意識が白むのを感じながらもなんとか身構える。同時に、腰刀を抜いた。足が一本駄目なら、それを補うしかない。
「にわか仕込みの二刀などなんになる」
 仕合の場でこちらを見ていた男が嘲笑った。
 それに史郎は笑みを返す。これまでの走りの中で二刀を体得する機会はあった。決して、にわか仕込みではない。こちらの笑顔を強がりと思ってくれれば行幸だ。
 刃風一颯、横薙ぎの一撃がくる。
 早――史郎の二刀が上段から迎撃に向かった。
 が、防ぎきれずに史郎は脇腹がかすかに裂けるのを感じる。
 閃、次に袈裟斬りの一撃が送られた。
 体を開いて史郎はこれを避ける。だが、足の痛みで動きが鈍い。
 剣光一閃、腰刀で相手の太刀を十五度で打った。
 男の身勢が崩れる。
 閃、史郎は正面から斬りつけた。
 交刃、斬り上げた一撃が鎬で攻め合い静止する。足の不自由さで身勢を十分に崩しきれなかった。
 しかし、相手も無傷ではない。小手が裂けて血が流れた。
「腕一本足りぬこちか、足一本が不自由なうぬか、どちらが死ぬか見ものだな」
 男が笑いながら太刀から右手をはずす。
 次の瞬間、正面の一撃がくり出された。男の渾身の一撃だと察せられる。
 それを史郎は足を踏み変えて躱した。左右に均等に体重をかけつつ、丹田で生む力を込めた刺突を送った。
 刹那、相手も辛うじて体を開いた。刺突が胸をかすめる。
 次の瞬間、「うぬら、覚悟せよ」と無粋な声が聞こえた。
 見やると、浜のほうから十人ほどの男たちが近づきつつある。得物、身なり、荒んだ雰囲気からするともののふのようだ。
 なんとなく事情は察せられる。誰ぞ、公卿が漁夫の利を狙い、島に一団を送ってきたのだ。
 史郎は側らの宿敵に視線を送る。男がいら立たし気に、目顔で承諾を訴えてきた。すなわち、休戦だ。それで闖入者たちを迎え撃つ。
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