忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 相手までは二町の距離――呼吸を止めて、完全に体を制止させて馬二は引き金の遊びを失くす。波による揺れの律動をみずからと同調させるようにして、その律動を“狙い”に織り込む。照準を済ませて、引き金を完全に引き絞った。
 飛電の速度で矢が飛んだ。その軌道は間違いなく、鉄砲の放ち手をとらえる。舟の上で人影が大きく仰け反るのが見えた。
 が、二発目の銃声がとどろく。もうひとりの射手はこちらをとらえきれていないらしく、銃丸(じゅうがん)がかすめる気配さえない。
「おどろかすんじゃねえ」
 毒づくや、急速に近づいてきつつある小舟のひとつに向かって弾弓を使って宝禄火の一種を放った。弾弓というのは文字通り、弾丸を弾いて飛ばす得物だ。精確無比にとはいかない一撃だったため、宝禄火自体は海に落ちた。だが、それがまき散らした煙が何艘かの小舟に届く。とたん、悲鳴や怒声がわくのが聞こえた。
 太蔵が放ったのは松脂と硫黄を使った宝禄火だ。そのために爆発はしない。が、その煙は毒を持っているために吸い込んだ者を悪くすれば死なせる。
 風向きが味方しているのをいいことに、太蔵はそれを乱れ打った。
「放ち手は左端、先頭から後ろに退(ひ)いた」
 他方で抜け目なく次の標的に指示する。
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