忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「あるときさ、亭主があまりにもひどい暴力をふるっていたもんで、御内儀が若い男に手を出してその末に逃げたのさ」
 事情が事情とはいえ、武家の慣習からいえば手討ちにされても文句のいえない行為だ。
「家中に恥になるってんで、探し出すようにってお鉢があたいたちにまわってきて、それはもう迷惑だったよ」
「それで、そのあとは?」気になって小平次はたずねた。
「もちろん、見つけ出し捕まえたさ。そして、連れ帰る途中で御内儀は舌を噛んで死んじまった」
 聞くだけでも後味の悪い事件だ。その当事者のひとりとなった吟の胸中は察して余りあった。
「離縁すりゃあよかったと知らない者は言うかもしれないけどねえ。御内儀の実家はこれ以上借財を重ねられない状態だった。そこに商家の旦那から美人の娘を貰い受けたいという話が来たのさ。娘の嫁入りのお陰で借金は消えた。けども、そこで娘が離縁したらどうなるさ?」
「元の木阿弥」
「たまに顔を見せる娘に二親(ふたおや)は『頼むから耐えてくれ』の一点張りだったそうだよ」
 吟はたまらない、という声音で言葉をかさねた。
「そのことが頭がかすめちまってさ」
 申し訳なさげな彼女に小平次は首を左右にふる。
 むしろ、あそこで彼らの宰領であるにもかかわらず言い返すことのできなかったことが小平次は申し訳なかった。
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