忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 それを見届けずに茂平治は迅影と化して破落戸たちの間を滑るように動き回った。閃、閃、閃、とその動きに忍刀の銀光が連動する。三人の破落戸が一瞬裡に命を落とした。
 それで残りのふたりが狼狽(うろた)える。とたん、吟が近間に飛び込んで忍び刀をふった。同時に、島の男衆ふたりが銛でもう片方をつらぬいている。あらかた、一帯の敵は片付いた。
 しかし、茂平治の胸に達成感はない。ようすが変だと気づいたのか、吟がこちらに近づいてくる。
「面倒をかけてすまないのう」
 茂平治は心から吟に詫びた。胸のうちには孫の小平次の顔も浮かんでいる。
 今まで口にしなかった言葉だ。吟はおどろいた表情を浮かべる。
「もし、重荷になるような遠慮のういうてくれ」
 理性を残している、それを知ればかえって孫や心根の優しい吟を傷つけることになるだろうと今までは茂平治は黙っていた。もはや、状況をまったく理解できていない、そんなふりをしていたのだ。
そのほうが、孫たちの負担も小さいだろうと考えた末のことだった。
しかし、こうして孫は忍び働きを始めている。こたびは、最後の戦いに自分の意識が明瞭となったためよかったが向後もそう上手くいくとは限らない。そのとき、足手まといになるのは忍びなかった。
「重荷なんて、とんでもありません。それより、お頭のもとに行って差し上げましょう」
 吟は激しくかぶりをふり、こちらをまっすぐに見つめる。
「そう、だの」
 せめて“まとも”でいられる間だけでも孫の力に――その思いの上で茂平治は首肯した。

 小平次は戦いの場所を地上に移している。
 仕込み杖の小平次はまともに打ち合えば得物を失うことになる、なるべく刃を交えないようにと攻撃を放った。
 が、斬撃は受け流され、巻き落とされ、防がれる。
 京流の流れを汲む流儀――と小平次は相手の修めた剣術の正体を推察していた。先の先、を取る香取神道流が、後の先を取る流儀を前に完全に翻弄されていた。
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