忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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   五

 胸を千々に乱れさせながら森藩大目付有吉鉄太は家老に目通りを願っていた。
 邸内に与えられた家老の宿舎の書院において赤橋惣内はこちらを一瞥するとにわかに表情を険しくする。なるべく冷静に映るように心がけたつもりだがどうやら心の乱れを見抜かれたようだ。
「なにごとが出来いたした?」
 上座に腰をおろした惣内が重々しく問う。
「一大事にございます」
 高まりそうになる声を鉄太は抑えた。中年を迎えた彼の心の臓はすでに早鐘を打っている。
「岩室の分家が人買いの商いにかかわっているとの由(よし)」
「なんと」
 報告に対し惣内は目を見張った。だが、切れ者として通る惣内はおどろくだけで終わらずすぐに疑問を口にする。
「首謀者は?」
 鉄太は口を開くのをためらうが、ここで黙ったところで事態が好転するはずもない、と思い直した。
「岩室の殿が」
「当主が直々にかかわるともうすか」
「それだけでなく、家中にも一味する者がおるとのこと」
 鉄太の言葉に、今度は惣内は怒りに声の出ないようすだ。
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