黒沢ゆいなと森原みらいと女神をめぐる三角関係の内角の和

奥野とびら

文字の大きさ
42 / 60
42

イエスの墓の秘密が判明

しおりを挟む


 葉山基紀は停車中のレジェンドの中でイヤホンから流れてくる男と女の録音声を聞いていた。

――ペテロ様から指示が出ました。

 男の声は〈よろこび党〉の浦郡万作。

――もう少し静かに。

 女の声は〈よろこび党〉党首の宇田川聖美である。葉山基紀は宇田川聖美にインタビューを申しこみ、その最中に接着剤で簡単に取りつけることができる簡易小型盗聴器をテーブルの裏に貼りつけたのだ。
(ペテロ様って……エニグマ叡智保存協会の?)
 わけが判らなかった。

――どのような指示ですか?
――〈喜びの子供たち〉を切れと。

 葉山は会話をしばらく聞いていた。
〈よろこび党〉にとって表裏一体の関係にある〈喜びの子供たち〉を切れと命令できる存在とは何なのか?

――エニグマ叡智保存協会も、わが〈よろこび党〉が政権を奪取すると読んだのでしょうか?

 葉山はハッとした。

――その通りです。そしていよいよ〈よろこび党〉がエニグマ叡智保存協会の理念を実現するときがやってきたのです。
――デリラ様。
――サムソン。

 二人の会話は、それきり途絶えくぐもった息づかいが聞こえるだけだった。

    *

 ホテルコスモポリタンに設置された記者会見場に大勢の新聞記者が詰めかけている。
 今日の午後、〈よろこび党〉から一方的に重大発表があると通知され、みなその内容も判らずに集まったのだ。
 白い布がかけられたテーブルには席が二人分、用意され宇田川聖美と浦郡万作が坐っている。
「みなさん」
 浦郡が口を開いた。
「今日は急なお知らせにも拘わらず大勢お集まりいただきましてありがとうございます」
 浦郡が深々と頭を下げる。
「本日は〈よろこび党〉党首、宇田川から重大な発表があります」
 宇田川聖美は恭しく頭を下げるとマイクを手元に引き寄せた。
「私ども〈よろこび党〉は本日をもちまして宗教団体〈喜びの子供たち〉と縁を切ります」
 記者団から、ざわめきが起こった。
「今まで〈よろこび党〉と〈喜びの子供たち〉は世界平和という共通の理念に基づき手を携えて共に戦ってきましたが、そろそろお互いに独立独歩の道を歩んでもいいのではないかという結論に達したのです」
 聖美が一息つくと、すかさず記者席から質問が飛んだ。
「選挙の時も応援を求めないのですか?」
「求めません」
 聖美は宛然と頬笑んだ。
「団体に所属している人でも投票は個人のものです。誰かに指示されて行うものではありません」
 記者たちは次々に質問を浴びせたが聖美は言葉に詰まることなく冷静にキッパリと答えていった。

    *

 米倉武紘は後悔していた。
(もしかしたら私は踏み入れてはいけない領域に足を踏み入れてしまったのかもしれない)
 宗教学者である米倉武紘にとってエニグマ叡智保存協会を調査することは何ら不自然ではない。
 だが……。
(そのせいで命を狙われ実際に狙撃されたとなると深入りはできない)
 米倉には長い間、頭の片隅に燻り続けていた一つの疑問があった。エニグマ叡智保存協会という補助線を引くことによってボンヤリとだが、その疑問の輪郭が見え始めた気がした。
 長い間くすぶり続けてきた疑問。それは一人の有名人の死だった。
 浅沼稲次郎の死。
 衝撃的な事件で犯人も判っている。だが物事を裏側から見る癖のついている米倉にとって表の犯人のその奥に、さらなる真実が隠されているような気がしてならなかったのだ。
 米倉が青森県新郷村イエスの墓で出会った河西芳紀が〝浅沼稲次郎がエニグマ叡智保存協会と関係があるかもしれない〟と言っていた。
 エニグマ叡智保存協会の会員が過去のすべての会員を知っているわけではないから河西芳紀自身も確かには知らないのだろうが、それでも会員ならば過去の有名人の会員について外部の人間よりは深い洞察ができるだろう。
 その洞察力を持って〝事件はエニグマ叡智保存協会に関係があるかもしれない〟と言ったのだ。
 もしそうだとしたら自分の手には負えないのではないだろうか? 
 米倉は一人の部屋で呻き声をあげた。
 確証はない。だが浅沼稲次郎はエニグマ叡智保存協会の真実を暴こうとして殺された。米倉はそう考えていた。
 エニグマ叡智保存協会には有名人の会員が多い。協会側も社会的成功者と見なされている彼らを巧みに勧誘し仲間を増やしてきた。
 そして……。
 いま西山智之というサッカー選手が、その犠牲になった。見過ごすわけにはいかないが、どこにも証拠がない。
(待てよ)
 米倉はあることを思いだした。
(そうか。あのとき……)
 イエスの墓で妙な違和感を覚えたことを米倉は思いだした。
 とても重要なことだ。どうして今まで思いださなかったのか。
(あれは……)
 違和感の正体がハッキリと判った。
 米倉はスマホに手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話

穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。

処理中です...