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179話 望まない婚約
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放課後、私はエリザベートと一緒に王宮に急いで帰宅します。
狼車もいつもより早く走らされ、少しばかり揺れる中、エリザベートがぎゅっと私を抱きしめました。
これは一体どういうことなのでしょうか。
なぜエリザベートはここまで私のことを悲しそうな瞳で見つめるのでしょうか。
もしかしたら。まさか。そんなことあるのだろうか。私の十四年足す三十年の年不相応の人生経験から、一つの答えを導き出してはいますが、そうだとは思っていない。
いいえ、そうだとは思いたくなかったというのが正しい感想でした。
狼車が停留所につき、白い毛並みのウィルフリードが私に甘えてきます。大きな体で顔を押し込むように甘えようとするものですから、いつも受け止めるのが大変です。
「クリスティーン、あまり待たせる訳には行かないわ。あとでたくさん遊んであげなさい」
「…………はい、お母様。ウィルフリード。今晩は部屋までおいで」
私はウィルフリードの鼻先を撫でてあげると、地面に背中を付けてまだ甘えようとしてきます。
そんな大きくなっても甘えん坊のウィルフリードに背中を向けて、私はお母様の背中を追いました。
お母様が向かうのは来賓の為のゲストルーム。中に入ると、そこには我が父ジェラールと対面に座る二人組。一人はこの数日間、話す機会をうかがっていた男と、そいつにそっくりな大人の男性。
こげ茶色の髪はこの世界の男性にしては短めですが、それでも前髪は眉毛より少し長め。ライムグリーンの瞳は綺麗な色とは裏腹に、ぎらついている。
今、王宮に訪れているのはローワン・フィッツジェラルド=ド・コリングウッド皇帝陛下その人だ。
この世界に来て初めての家族以外で私よりも地位の高い人物。
お母様が待たせることができないと言った意味がよくわかりました。何故なら、皇帝自らが王国に訪れているのだ。
「お久しぶりです皇帝陛下」
エリザベートが綺麗なお辞儀をして誰かと話すなんてこの国ではあり得ないと思っていた。しかし、皇帝陛下が訪れたのなら話は別。
「フォレスティエ王妃。王族らしくなったな。そっちのガキがクリスティーン姫であっているな?」
「え…………ええ」
エリザベートは歯切れの悪い返事をして、心配そうに私を見つめます。
嫌だ。嫌だ。これは嫌な予感しかしない。皇帝が自らやってきてそこにオリバーもいて、私の両親がいるというのに、皇帝は最初に私を見た。
「クリスティーン、挨拶なさい」
「お初にお目にかかります。ブラン王国第一王女ク…………クリスティーン・ディ・フォレスティエです」
言い切ったら、何かとてつもなく嫌なことが起こる。それでも、言い切らなければ、もっと嫌なことが起きる。
私はどろりと額を垂れる汗の感触が、脳にこびりつき、気持ち悪くて仕方なかった。
どうなる、どう転ぶ。誰が喋って誰が動き出す。そして、その先の未来で私はどうしている。
「わかっているなジェラール、エリザベート。ここで血の関係性が生まれれば帝国は侵攻する理由がなくなる」
…………! それはつまり!?
私はローワン皇帝陛下の言葉に反応し、すぐさまオリバーに視線を向ける。オリバーもつまらなそうにしていました。
しばらくして父と母。それから皇帝が話し合い、私達二人は別室に移動することになりました。
別室の扉が閉ざされ、スザンヌが退室したタイミングで湯気のたつ紅茶に口をつけて一息ついてから、彼を睨みつけて声を出す。
「どういうつもり?」
「少し未来がぶれただけさ。俺は君を側室に向かえるつもりでしたよ。それを父がせっかくだから王国を領土にするかなどと。あるいは上下関係のはっきりした同盟国にと」
「…………皇帝陛下の意向はわかったわ。それで貴方はそうしたいのかしら?」
「そうですね。俺の考えを言えば君にとって悪い話ではないということです」
「続けて」
「俺は言いましたよね。魔女との闘いに加勢してくれと言った君に、この国は命をかけて護る理由がない。と」
確かにオリバーは私にそう答えたような気がする。
「ですが、領土にする或いは同盟国にするなら話は別です」
「!?」
「領土ならそのまま守護しましょう。同盟国ならある程度の兵もつけてお貸しできます。貴女の目的は王国を護ることですが、王国そのものが消えても、あの地を護ることはできるかもしれない」
「そういうことね」
確かに、アリゼとの闘いにおいて、帝国からの加勢はエピローグから大きく異なる未来と言えます。
「君を側室に迎え入れたいという要求は、帝国から王国に兵を貸し出す理由づけになるから。それが終わった後は君の自由にさせてあげるつもりだった。だが、父は違った。王国の娘をただ側室に向かえるのは勿体ないと考えたのさ」
つまり、ローワンは私とオリバーの交友関係は王国の領土を手に入れる為に利用できると判断したのね。
「父はあろうことか、君を嫁に出さないなら王国を侵攻して無理やり領土にするといい放ってね。だが、俺からそれを止めることはできない。あとはきみたちフォレスティエ王家の意向次第さ。戦争をするか君が俺の妻になるか。選べ。俺の手を握れば魔女からこの地を守ってやれる」
そう言ったオリバーは私に手を伸ばす。
私は悩んだ末にその手を握ってしまった。
「君の気持は理解したよクリスティーン・ディ・フォレスティエ」
オリバーは退室してしまいました。私はふかふかの椅子に思いっきり座り込み、大きく息を吐きだした。
「無理よ。これは私が人質になっているわけじゃない。この国が人質になっているんだわ」
最初は破滅する未来を知っているのに、何もしないなんてありえないという正義感や義務感に近い行動原理でした。
でも今は違う。
アレクシス、ミゲル、ビルジニ、リビオ、ジョアサン、ジャンヌ、カトリーヌ、アンヌ先生、セシル、スザンヌ、それからジルにジェラールとエリザベート。温かい私の家族。
この世界には……
「うっひぐっ」
笑っていて欲しい人が多すぎる。
視界がにじむ。
別にオリバーが嫌いな訳でも、皇妃になるのが嫌な訳でもない。オリバーだって私に意地悪をしたかったわけではない。彼もまた実の父親に利用されている。
それでも涙が出てくるのは、たった一人傍にいたいと思えた人が、私の頭の中でいつも不機嫌そうな顔をして玉座に座っていたからかもしれない。
狼車もいつもより早く走らされ、少しばかり揺れる中、エリザベートがぎゅっと私を抱きしめました。
これは一体どういうことなのでしょうか。
なぜエリザベートはここまで私のことを悲しそうな瞳で見つめるのでしょうか。
もしかしたら。まさか。そんなことあるのだろうか。私の十四年足す三十年の年不相応の人生経験から、一つの答えを導き出してはいますが、そうだとは思っていない。
いいえ、そうだとは思いたくなかったというのが正しい感想でした。
狼車が停留所につき、白い毛並みのウィルフリードが私に甘えてきます。大きな体で顔を押し込むように甘えようとするものですから、いつも受け止めるのが大変です。
「クリスティーン、あまり待たせる訳には行かないわ。あとでたくさん遊んであげなさい」
「…………はい、お母様。ウィルフリード。今晩は部屋までおいで」
私はウィルフリードの鼻先を撫でてあげると、地面に背中を付けてまだ甘えようとしてきます。
そんな大きくなっても甘えん坊のウィルフリードに背中を向けて、私はお母様の背中を追いました。
お母様が向かうのは来賓の為のゲストルーム。中に入ると、そこには我が父ジェラールと対面に座る二人組。一人はこの数日間、話す機会をうかがっていた男と、そいつにそっくりな大人の男性。
こげ茶色の髪はこの世界の男性にしては短めですが、それでも前髪は眉毛より少し長め。ライムグリーンの瞳は綺麗な色とは裏腹に、ぎらついている。
今、王宮に訪れているのはローワン・フィッツジェラルド=ド・コリングウッド皇帝陛下その人だ。
この世界に来て初めての家族以外で私よりも地位の高い人物。
お母様が待たせることができないと言った意味がよくわかりました。何故なら、皇帝自らが王国に訪れているのだ。
「お久しぶりです皇帝陛下」
エリザベートが綺麗なお辞儀をして誰かと話すなんてこの国ではあり得ないと思っていた。しかし、皇帝陛下が訪れたのなら話は別。
「フォレスティエ王妃。王族らしくなったな。そっちのガキがクリスティーン姫であっているな?」
「え…………ええ」
エリザベートは歯切れの悪い返事をして、心配そうに私を見つめます。
嫌だ。嫌だ。これは嫌な予感しかしない。皇帝が自らやってきてそこにオリバーもいて、私の両親がいるというのに、皇帝は最初に私を見た。
「クリスティーン、挨拶なさい」
「お初にお目にかかります。ブラン王国第一王女ク…………クリスティーン・ディ・フォレスティエです」
言い切ったら、何かとてつもなく嫌なことが起こる。それでも、言い切らなければ、もっと嫌なことが起きる。
私はどろりと額を垂れる汗の感触が、脳にこびりつき、気持ち悪くて仕方なかった。
どうなる、どう転ぶ。誰が喋って誰が動き出す。そして、その先の未来で私はどうしている。
「わかっているなジェラール、エリザベート。ここで血の関係性が生まれれば帝国は侵攻する理由がなくなる」
…………! それはつまり!?
私はローワン皇帝陛下の言葉に反応し、すぐさまオリバーに視線を向ける。オリバーもつまらなそうにしていました。
しばらくして父と母。それから皇帝が話し合い、私達二人は別室に移動することになりました。
別室の扉が閉ざされ、スザンヌが退室したタイミングで湯気のたつ紅茶に口をつけて一息ついてから、彼を睨みつけて声を出す。
「どういうつもり?」
「少し未来がぶれただけさ。俺は君を側室に向かえるつもりでしたよ。それを父がせっかくだから王国を領土にするかなどと。あるいは上下関係のはっきりした同盟国にと」
「…………皇帝陛下の意向はわかったわ。それで貴方はそうしたいのかしら?」
「そうですね。俺の考えを言えば君にとって悪い話ではないということです」
「続けて」
「俺は言いましたよね。魔女との闘いに加勢してくれと言った君に、この国は命をかけて護る理由がない。と」
確かにオリバーは私にそう答えたような気がする。
「ですが、領土にする或いは同盟国にするなら話は別です」
「!?」
「領土ならそのまま守護しましょう。同盟国ならある程度の兵もつけてお貸しできます。貴女の目的は王国を護ることですが、王国そのものが消えても、あの地を護ることはできるかもしれない」
「そういうことね」
確かに、アリゼとの闘いにおいて、帝国からの加勢はエピローグから大きく異なる未来と言えます。
「君を側室に迎え入れたいという要求は、帝国から王国に兵を貸し出す理由づけになるから。それが終わった後は君の自由にさせてあげるつもりだった。だが、父は違った。王国の娘をただ側室に向かえるのは勿体ないと考えたのさ」
つまり、ローワンは私とオリバーの交友関係は王国の領土を手に入れる為に利用できると判断したのね。
「父はあろうことか、君を嫁に出さないなら王国を侵攻して無理やり領土にするといい放ってね。だが、俺からそれを止めることはできない。あとはきみたちフォレスティエ王家の意向次第さ。戦争をするか君が俺の妻になるか。選べ。俺の手を握れば魔女からこの地を守ってやれる」
そう言ったオリバーは私に手を伸ばす。
私は悩んだ末にその手を握ってしまった。
「君の気持は理解したよクリスティーン・ディ・フォレスティエ」
オリバーは退室してしまいました。私はふかふかの椅子に思いっきり座り込み、大きく息を吐きだした。
「無理よ。これは私が人質になっているわけじゃない。この国が人質になっているんだわ」
最初は破滅する未来を知っているのに、何もしないなんてありえないという正義感や義務感に近い行動原理でした。
でも今は違う。
アレクシス、ミゲル、ビルジニ、リビオ、ジョアサン、ジャンヌ、カトリーヌ、アンヌ先生、セシル、スザンヌ、それからジルにジェラールとエリザベート。温かい私の家族。
この世界には……
「うっひぐっ」
笑っていて欲しい人が多すぎる。
視界がにじむ。
別にオリバーが嫌いな訳でも、皇妃になるのが嫌な訳でもない。オリバーだって私に意地悪をしたかったわけではない。彼もまた実の父親に利用されている。
それでも涙が出てくるのは、たった一人傍にいたいと思えた人が、私の頭の中でいつも不機嫌そうな顔をして玉座に座っていたからかもしれない。
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