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第一章 見えない。
第六話 オムライス
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帰宅する。甥は既に自室で就寝している、ようだ。リビングには菅原がいた。
「起きてたのか」
「菅原は眠りません」
「そうだったな」
「食事を?」
「……おまえが俺に、飯を? あいつもいないのに? 珍しい話もあったもんだ。明日は雹が降るかもな」
「明日は最高気温が25℃まで上がるそうです。つまり、ちょっとした真夏日です」
軽口を叩きながら菅原はキッチンに消える。五分ほどの空白の後、彼は白い皿を持って戻ってくる。今日の夕食はオムライスだったらしい。
「ケチャップ要りますか?」
「要らん」
「何か分かりましたか?」
「あのアベックが祓いの依頼に来た日」
「はい」
リビングの丸テーブルを挟んで正面に、菅原が腰を下ろす。同じ目線で、光臣は続ける。
「三人目がいたな。気付いていたか?」
「はい」
即答だった。手元の皿をオムライスごとぶつけてやろうかと思った。
「なんだと?」
「なんですか?」
「正気か?」
「もちろんです」
「気付いていたのに、報告しなかったってことか?」
「違います」
と、菅原が再び席を立つ。キッチンから光臣専用のグラスと水出しの麦茶が入ったボトルを手に戻った菅原は、
「三人目が問題でした。菅原が祓いました」
「祓った? ……つまり、あのアベックに取り憑いていた」
「秋元さんと政岡さんに取り憑いていたというよりは、あの神社──●●神社に祀られていた、祀られている? 存在が、先にあの土地で命を落とした鈴谷さんを触媒にこちら側に出てきてしまったというか──」
「おい、待て」
「はい?」
今──菅原は、何と言った?
麦茶をひと息に飲み干した光臣は、真っ直ぐに菅原の漆黒の目を見据える。菅原もまた同じように、光臣の瞳を覗き込んでいる。
「どうしました」
「今、」
なんと言った。
尋ねるだけ無駄だ。
菅原は、あの神社のことを知っている。
「蛍神社だ」
「はい?」
「今後はそう呼べ」
「……正確な名前ではありませんね」
「特にあいつには正確な名称を伝えるな。蛍神社で通せ」
「坊っちゃんに隠し事を? 菅原は、それは……」
「通せ」
強く重ねた。
甥は──実父が命を落としたあの日の記憶を、ほとんど失っている。
失っているのでないとしたら、失ったふりをしている。あの日のことを聞き出そうとすると、途端に「何もわからない」という態度を取り始めるのだ。
その彼に蛍神社の正式名称を伝える? ──碌なことにならないだろう。
菅原は僅かに首を縦に振るような動きをすると、
「デザートもありますが?」
「おまえたち、今日はなんだ、パーティーでもやってたのか?」
「してないですが、坊っちゃんが杏仁豆腐を食べたいと仰るので」
「そうかよ。寄越せ」
「はい」
小さな器に盛られた杏仁豆腐と木製のスプーンを受け取った光臣に、「それにしても」と菅原が呟いた。
「あの三人目をどうにかすることで、解決はしなかったんですか?」
「してねえな。実際アベックは死んでる」
「それはつまり──菅原が失敗した、ということですか?」
「そこのところが分からない」
祓い損ねたのであれば、その存在は菅原に意趣返しを行うはずだ。だが。
「何かあったか。この半年のあいだに」
「いいえ、何も」
「あいつにも?」
「坊っちゃんは恋人ができそうだそうです」
「そうか。……おまえ、そういうプライベートなことを他人にベラベラ喋るなよ」
「伯父さんじゃないですか、光臣さんは」
しれっと応じる菅原の顔を見ていると、なんだか脳が疲れてきた。「シャワーを浴びて寝る」と宣言して席を立った光臣の背中に、「おやすみなさい」という声が投げかけられる。
誰かの声に似ている気がする。
誰の声かは、分からない。
「起きてたのか」
「菅原は眠りません」
「そうだったな」
「食事を?」
「……おまえが俺に、飯を? あいつもいないのに? 珍しい話もあったもんだ。明日は雹が降るかもな」
「明日は最高気温が25℃まで上がるそうです。つまり、ちょっとした真夏日です」
軽口を叩きながら菅原はキッチンに消える。五分ほどの空白の後、彼は白い皿を持って戻ってくる。今日の夕食はオムライスだったらしい。
「ケチャップ要りますか?」
「要らん」
「何か分かりましたか?」
「あのアベックが祓いの依頼に来た日」
「はい」
リビングの丸テーブルを挟んで正面に、菅原が腰を下ろす。同じ目線で、光臣は続ける。
「三人目がいたな。気付いていたか?」
「はい」
即答だった。手元の皿をオムライスごとぶつけてやろうかと思った。
「なんだと?」
「なんですか?」
「正気か?」
「もちろんです」
「気付いていたのに、報告しなかったってことか?」
「違います」
と、菅原が再び席を立つ。キッチンから光臣専用のグラスと水出しの麦茶が入ったボトルを手に戻った菅原は、
「三人目が問題でした。菅原が祓いました」
「祓った? ……つまり、あのアベックに取り憑いていた」
「秋元さんと政岡さんに取り憑いていたというよりは、あの神社──●●神社に祀られていた、祀られている? 存在が、先にあの土地で命を落とした鈴谷さんを触媒にこちら側に出てきてしまったというか──」
「おい、待て」
「はい?」
今──菅原は、何と言った?
麦茶をひと息に飲み干した光臣は、真っ直ぐに菅原の漆黒の目を見据える。菅原もまた同じように、光臣の瞳を覗き込んでいる。
「どうしました」
「今、」
なんと言った。
尋ねるだけ無駄だ。
菅原は、あの神社のことを知っている。
「蛍神社だ」
「はい?」
「今後はそう呼べ」
「……正確な名前ではありませんね」
「特にあいつには正確な名称を伝えるな。蛍神社で通せ」
「坊っちゃんに隠し事を? 菅原は、それは……」
「通せ」
強く重ねた。
甥は──実父が命を落としたあの日の記憶を、ほとんど失っている。
失っているのでないとしたら、失ったふりをしている。あの日のことを聞き出そうとすると、途端に「何もわからない」という態度を取り始めるのだ。
その彼に蛍神社の正式名称を伝える? ──碌なことにならないだろう。
菅原は僅かに首を縦に振るような動きをすると、
「デザートもありますが?」
「おまえたち、今日はなんだ、パーティーでもやってたのか?」
「してないですが、坊っちゃんが杏仁豆腐を食べたいと仰るので」
「そうかよ。寄越せ」
「はい」
小さな器に盛られた杏仁豆腐と木製のスプーンを受け取った光臣に、「それにしても」と菅原が呟いた。
「あの三人目をどうにかすることで、解決はしなかったんですか?」
「してねえな。実際アベックは死んでる」
「それはつまり──菅原が失敗した、ということですか?」
「そこのところが分からない」
祓い損ねたのであれば、その存在は菅原に意趣返しを行うはずだ。だが。
「何かあったか。この半年のあいだに」
「いいえ、何も」
「あいつにも?」
「坊っちゃんは恋人ができそうだそうです」
「そうか。……おまえ、そういうプライベートなことを他人にベラベラ喋るなよ」
「伯父さんじゃないですか、光臣さんは」
しれっと応じる菅原の顔を見ていると、なんだか脳が疲れてきた。「シャワーを浴びて寝る」と宣言して席を立った光臣の背中に、「おやすみなさい」という声が投げかけられる。
誰かの声に似ている気がする。
誰の声かは、分からない。
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