【完結】ドグマ

大塚波

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第一章 見えない。

第七話 小燕向葵①

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とは連絡取れたんですか?」

 ──同刻、都内某警察署、通称『アベック変死事件』捜査本部前。
 薄暗い廊下の隅に置かれたベンチに腰を下ろし、薄い味のコーヒーを舐める刑事・小燕こつばめ向葵あおいに声をかけた者があった。検視官・犬飼いぬかいそそぐである。秋元あきもと政岡まさおか両名の検死を担当したのも彼だ。年の頃は30代後半。検死を担当する警察官としては比較的若手でありながら、仕事への真摯な態度と実績を評価され、昨年警部に昇進、同時に検視官としてチームを率いる身となった。
 テレビドラマに出てくる警察官に良く似た風貌をしている、と犬飼と顔を合わせる度に小燕は思う。小柄な体躯に、思いの外整った顔立ち。ボサボサの蓬髪は側から見れば鬱陶しそうに思えるが、清潔感は失われていない。

錆殻さびがら光臣みつおみさん、な」
「イカサマ霊能タレントでしたっけ」
「犬飼、おまえ錆殻光臣に何か嫌な思い出でもあるのか?」
「特には」

 軽やかに応じた犬飼が、小燕の隣に腰を下ろす。手にはカフェイン飲料の缶を握っている。

「今から飲むのか? それを」
「はい。駄目です?」
「別に」
「僕もこれでなかなか忙しくて……今から警察病院に行かなきゃならなくて」
「……何か事件が?」

 片眉を僅かに跳ね上げて尋ねる小燕に、犬飼は小さく笑う。

ですよ。覚醒剤。ODでくたばったってぇのが現場に駆け付けた交番の若い子の意見ですが、僕も同じ気持ちです。でもまあ念の為、念の為、ね」
「なるほど」

 検視官と呼ばれる要職に就く人間はそう多くはない。犬飼は出世と同時にそれまで以上の仕事の鬼となった。とはいえ、彼は今の自分自身の仕事を嫌っていない。彼は刑事に向いている──と小燕は思っている。

「そんで──イカサマ野郎」
「錆殻光臣さん」
「別に幽霊が見えたり、悪霊を祓ったりできるわけじゃないんでしょうあの人?」
「ああ」
「じゃあやっぱりイカサマだ」
「犬飼、おまえなぁ……」

 呆れ声を上げる小燕の顔を覗き込んで「フハハ」と犬飼は笑い、

「いや、別に、タレントだっていうなら構わないんですよ。ただのタレントならね。でもあの人、お祓いができる、悪霊を倒せるっていうのを売りにしてるじゃないですか。僕そういうの無理なんです。って」
「……嘘」
「あの人からしたら商売なのかもしれないけど。そんでファンの人とかいっぱいいて、特に誰も損はしてないのかもしれないけど」
「犬飼」

 背筋を伸ばし、隣に座る男の名を呼ぶ。急に切り替わった空気に、「はい」と犬飼が訝しげに応じる。

「何でしょう」
「錆殻光臣は、確かに本物ではない」
「ですよね」
「だが、有力な情報を集める能力には長けている」
「……つまり?」

 結論を急ぐ若き検視官に、小燕は言った。

秋元あきもと慎也しんやの前に、割腹自殺をした者がいただろう」
「ああ、ほたる神社の敷地内で亡くなった。事件性はありませんでしたよ。現地まで行って検死を担当した僕が言うんだから間違いない」
「問題は遺体じゃない。場所だ」

 つい先ほど──イカサマ霊能者こと錆殻光臣から届いたばかりの情報を、小燕向葵はゆっくりと舌に乗せた。

「錆殻光臣と彼の一族は、蛍神社に縁がある」
「……縁?」
「蛍神社の側には、かつて蛍川という通称で親しまれた清流があったらしいんだが」
「もうないですよ。川。埋め立てられてます」
「そう。それは知っている。埋め立てられる前の川で起きた水難事故で、錆殻光臣は弟を亡くしている」
「……は?」

 ぽかんとした様子で声を上げる犬飼の背中を、小燕は強く叩く。

「そろそろ行け。事故を起こすなよ」
「ああはい──いや、運転は僕じゃないやつがするんですけど」
「とにかく。錆殻光臣はイカサマ霊能者だが、今回の不審死にはまったくの無関係というわけではない。あの男には何かがある」
「……結論をどうぞ、小燕さん」

 ベンチから腰を上げた犬飼の顔を目を眇めて見上げ、小燕は呟いた。

「あの男には、霊能力以外の何かがある」

 薄い闇の中で犬飼が僅かに首を縦に振るのが、見えた。
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