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第二章 腐る。
第六話 無能
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「してあげたらいいんじゃない、ボディガードぐらい」
甥の鶴の一声で、光臣と菅原の言い合いは終了した。菅原は甥に絶対服従である。誰に強要されたわけでもない。菅原自身がそれを選んだのだ。「分かりました、けど……」と冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、ひと口飲み、寝室に戻ろうとする甥の背中に菅原は言い縋った。
「坊っちゃんに何かあったら、菅原はすぐに戻ります。構いませんね?」
「僕には何も起きないと思うけど……菅原がそうしたいなら、別にいいよ」
「約束ですからね!」
声を張り上げる菅原に「真夜中だよ」と注意し、甥は現れた時と同じぐらい静かに姿を消した。
菅原が、大きく溜息を吐く。
「光臣さん」
「鍵だ。複製しろ」
「……刑事さんのご自宅の鍵ですよね? 勝手に、そんな……」
犯罪ですよ、とくちびるを尖らせる菅原に光臣は小さく笑い、
「おまえには鍵なんて必要ないか」
「ちょっと」
「どこからでも入り込めるもんな?」
「ちょーっと……なぜそういうことを……!! ええ、ええ、分かりましたよ! 作ります、刑事さんのお部屋の鍵を、勝手に! 菅原は、犯罪行為に、手を染めます!!!」
そういうことになった。
甥が口にした水からも腐臭が漂っており、光臣は密かに吐き気を抱えていた。ヤケクソのようにテーブルの上に鍵を引っ掴み、玄関から飛び出していく菅原の背中を見届け、トイレに直行して嘔吐した。
碌に食事をしていない。つまり出てくるものは何もない。そのはずだった。
「なんだ、これ……」
洋式便座の中に、妙なものがあった。
便座の中に手を突っ込む趣味はない。菅原を呼び戻そうかと思ったが、面倒でやめた。個室の床に膝を付いたまま、自身の吐瀉物をまじまじと見詰める。胃袋が再度痙攣するのが分かる。だが、馬鹿みたいに嘔吐を繰り返している場合ではない。これは、──
「蟲」
バラエティ番組のイベントで、食虫の仕事が来たことはある。全部断った。光臣はこれでいて、かなりの偏食家だ。外食はいつも決まった店にしか行かないし、撮影の打ち上げで連れて行かれる居酒屋やバーなどにも必要以上の長居をしたことはない。自宅では、菅原が作る手料理をメインに口に入れている。
その錆殻光臣の吐瀉物の中に、蟲が、幼虫が、いる。
「何の幼虫か、なんて、俺が気にすると思ったか?」
容赦無く洗浄レバーを引く。吐瀉物と蟲が流れ去っていく。
既に追い付いている何者かに、光臣が唸る。
「俺には何も見えない。それが俺の取り柄だ。おまえが何を仕出かしても、少なくとも俺には何の影響も及ぼさない。残念だったな」
追い付いてきた者に、語りかけるのはこれで最初で最後のつもりだった。
右肩が重い。誰かが触れている。だが光臣は、気付かない顔をする。
おまえが誰であれ、錆殻光臣には無関係だ。
錆殻光臣は無能なのだから。
甥の鶴の一声で、光臣と菅原の言い合いは終了した。菅原は甥に絶対服従である。誰に強要されたわけでもない。菅原自身がそれを選んだのだ。「分かりました、けど……」と冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、ひと口飲み、寝室に戻ろうとする甥の背中に菅原は言い縋った。
「坊っちゃんに何かあったら、菅原はすぐに戻ります。構いませんね?」
「僕には何も起きないと思うけど……菅原がそうしたいなら、別にいいよ」
「約束ですからね!」
声を張り上げる菅原に「真夜中だよ」と注意し、甥は現れた時と同じぐらい静かに姿を消した。
菅原が、大きく溜息を吐く。
「光臣さん」
「鍵だ。複製しろ」
「……刑事さんのご自宅の鍵ですよね? 勝手に、そんな……」
犯罪ですよ、とくちびるを尖らせる菅原に光臣は小さく笑い、
「おまえには鍵なんて必要ないか」
「ちょっと」
「どこからでも入り込めるもんな?」
「ちょーっと……なぜそういうことを……!! ええ、ええ、分かりましたよ! 作ります、刑事さんのお部屋の鍵を、勝手に! 菅原は、犯罪行為に、手を染めます!!!」
そういうことになった。
甥が口にした水からも腐臭が漂っており、光臣は密かに吐き気を抱えていた。ヤケクソのようにテーブルの上に鍵を引っ掴み、玄関から飛び出していく菅原の背中を見届け、トイレに直行して嘔吐した。
碌に食事をしていない。つまり出てくるものは何もない。そのはずだった。
「なんだ、これ……」
洋式便座の中に、妙なものがあった。
便座の中に手を突っ込む趣味はない。菅原を呼び戻そうかと思ったが、面倒でやめた。個室の床に膝を付いたまま、自身の吐瀉物をまじまじと見詰める。胃袋が再度痙攣するのが分かる。だが、馬鹿みたいに嘔吐を繰り返している場合ではない。これは、──
「蟲」
バラエティ番組のイベントで、食虫の仕事が来たことはある。全部断った。光臣はこれでいて、かなりの偏食家だ。外食はいつも決まった店にしか行かないし、撮影の打ち上げで連れて行かれる居酒屋やバーなどにも必要以上の長居をしたことはない。自宅では、菅原が作る手料理をメインに口に入れている。
その錆殻光臣の吐瀉物の中に、蟲が、幼虫が、いる。
「何の幼虫か、なんて、俺が気にすると思ったか?」
容赦無く洗浄レバーを引く。吐瀉物と蟲が流れ去っていく。
既に追い付いている何者かに、光臣が唸る。
「俺には何も見えない。それが俺の取り柄だ。おまえが何を仕出かしても、少なくとも俺には何の影響も及ぼさない。残念だったな」
追い付いてきた者に、語りかけるのはこれで最初で最後のつもりだった。
右肩が重い。誰かが触れている。だが光臣は、気付かない顔をする。
おまえが誰であれ、錆殻光臣には無関係だ。
錆殻光臣は無能なのだから。
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