【完結】ドグマ

大塚波

文字の大きさ
20 / 43
第三章 融ける。

第一話 小燕向葵③

しおりを挟む
 アベックの片割れ、女の方、なんという名前だったか──スマートフォンを開いて確認しようとする錆殻さびがら光臣みつおみに、「政岡まさおか涼子りょうこ」と小燕こつばめ向葵あおいが言った。

「その、政岡の?」
「大学時代の友人とかいう女がコンタクトを取ってきた」
「……いったい、どういう理由で? あんたがこの件に首を突っ込んでいると、どういうルートで知ったんだ?」

 小燕が作る朝食は、ごくごく簡易なものだった。トーストにバター、一杯のコーヒー。キッチンの片隅や低い冷蔵庫の上など、各所に盛り塩があることに光臣はすぐに気付いた。特売の粗塩で作られた盛り塩。菅原すがわらの置き土産だ。
 早くも変色し始めている。
 今夜辺り再び菅原を派遣して、新しい盛り塩を──もっとまともなものを作らせる必要がある。この部屋まで汚染されるわけにはいかない。シャワーを浴びることさえできなくなる。冗談じゃない。
 小燕はひとり掛けのソファに座り、光臣は立ったままでトーストを齧った。美味くも不味くもない朝食。それより何より、コーヒーから腐臭がしないのがありがたい。

「俺は一応、テレビにも出てる有名人だからな」
「インチキなのに……?」
「事務所にはファンレターと一緒に祓いの依頼が山ほど寄せられる。その中に混ざっていた。別におかしな話じゃない」
「一応、参考までに訊きたいんだが」

 と、空になったコーヒーカップと皿をキッチンに運びながら、小燕が言う。

「寄せられるという祓いの依頼──本物は、どの程度混ざってるんだ?」
「さあ。俺は祓わないから分からない」

 コーヒーを飲み干し応じる光臣に、「あんたなぁ」と小燕がうんざりした様子で唸る。

「それでも……いや、あんたはイカサマなんだったか……」
「そうだ。本職はタレントだからな」

 とはいえ──と光臣は空になったコーヒーカップを小燕に押し付けた手で自身の顎を撫で、

「脅迫状や、刃物が入っている類の封筒以外は一旦自宅に持ち帰る」
「菅原くんに見せるのか」
「そうだ」
「……それで、菅原くんは?」

 昨晩どういう会話を交わしたのか、小燕は菅原に対してずいぶん心を開いているように見える。難攻不落の堅物刑事だとばかり思っていたのだが、菅原はどういう話術を用いたのか。気になるかならないかといえば──別にならない。どうでもいい。小燕はただの仕事相手だ。今回に関していえば、カネにもならない厄介な案件を一方的に持ち込んできた面倒な知り合いに過ぎない。

が本物だというならば本物、そうでなければ勘違い」
「ふむ……」
「本物に関しては甥と菅原に対処させる。勘違いの方は、俺が出向いてちょっと呪禁じゅごんでも行えば済む」
「じゅごん?」

 訝しげに小首を傾げる小燕に、「こういう」と光臣は仕事用の鞄から大ぶりな数珠を取り出し、

「ものを使って、何かを追い払ったり、威嚇したりする。そういう芝居を行う」
「……ペテンじゃないですか」
「違う。俺のところに依頼を寄越すほどの勘違いを起こす連中は心が弱っていて、とにかく何かに縋りたい状態に陥っている者が多い。俺が呪禁を演じることによって連中は──自分は救われる、もう大丈夫だ、と明るい方に錯覚を起こすことができる」
「それとペテンと、何の違いが」
「あ~……あんたほんとに面倒臭いな? そんなに信じられないなら、次の依頼の際に現場を見にくればいい」

 数珠を片付けながら言う光臣に、「そんな暇があればな」と小燕が呟くように応じた。

「で? そっちは?」
「進展はない。それどころか、政岡涼子の遺族に捜査を中止するよう要求されている」
「政岡の?」

 少し意外だった。ド派手に内臓をぶち撒けて死んだのは秋元あきもとの方なのだ。それに、彼の同僚だった鈴谷すずたにという男。捜査中止を要求されるとしたら、彼らの勤務していた出版社からだと思っていた。

「政岡涼子には、霊感があったらしい」
「ふむ?」

 霊感──とは。今しがた呪禁芝居の説明をしたばかりの光臣には、些か皮肉な響きだった。目を細める光臣に、

「母親と……祖母か。祖母の方は自分には霊感があると言い張って。これ以上捜査を続けると、私たちにも悪いことが起きると……」
「母親は?」
「『おばあちゃんはボケてるから』だそうだ」
「なるほど」

 面白い。錆殻光臣は不謹慎な人間だ。そうでなければ、イカサマ霊能タレントなんてやってられない。
 政岡涼子の友人を名乗る、清水しみずはるかの証言も引っ掛かっていた。
 中川なかがわ信夫のぶお監督作品、映画『地獄』を知ってる、と繰り返した政岡涼子。
 彼女は何を知っていたんだ? 親族を叩けば、何かが出てくるのではないか?

「いいね」
「何がいいんだ、錆殻光臣……」
「政岡涼子の母親と、祖母に会う。あんたも来い、小燕向葵」
「はあ!?」

 菅原が『綺麗』だと言った小燕向葵はたしかに、端正な顔立ちをしている。タレントとして活動している光臣ほどではないが。だが、対照的ないい男ふたりが揃って聞き込みに行けば──女性ふたり、難なく籠絡できるだろう。光臣は本気で、そう思っていた。

 政岡涼子の祖母、政岡勝子かつこに大量の塩をぶつけられる未来など、想像もせずに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...