【完結】ドグマ

大塚波

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第三章 融ける。

第六話 事情聴取

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 逮捕、収監を経ても小池こいけ俊二しゅんじの小根は何も変わっていなかった。洋館の中にある彼の部屋には小学校低学年の男女を中心に盗撮したと思しき写真をまとめたアルバムが山のように保管されており、更には自作したと思しき暗室の中には現像前のフィルムが大量に置かれていた。

「小池だけじゃない。この家で暮らしているほとんどの元受刑者は、特に改心していない」
「だろうな」
「だろうな?」

 小燕こつばめ向葵あおいの言葉に、錆殻さびがら光臣みつおみは短く応じる。ぎょっとしたように目を剥く小燕に、

「ああほら」

 と、光臣はパトカーに誘導される工藤くどう典子のりこを顎で示す。

「ああいう感情から、呪いは生まれるんだ」
「……視線だけで殺されそうだ」

 工藤典子自身は──心の底から、自身の活動に誇りを持っていたのだろう。だが、彼女が信じるほどに人間の善性は強くない。光臣の目当ては政岡まさおか涼子りょうこの能力に何らかの関わりと持っていたと推察できる小池俊二だけだったが、十五分。十五分という自由時間を得た小燕向葵は、あっという間に洋館の暗部を暴いた。工藤典子の洋館は、元受刑者の安息の地──という名の、犯罪者の隠れ家だった。

「小燕さん」
煤原すすはら

 洋館の前に詰めかけたパトカーの中から飛び降りてきた私服刑事。光臣も顔ぐらいは見たことがある痩身の男が、「あ、錆殻光臣」と平坦な声で呼ぶ。

「こんちは。サインでもしますか」
「ああいや、別にテレビとか見ないんで結構です。それより小燕さん……なんでこの男と?」
「色々あって。それより煤原、随分大勢で来たな」
「ああその件なんですが」

 捜査本部は解散します。
 煤原と名乗る刑事は、やはり平坦な声でそう続けた。
 小燕が驚いている様子はなかった。予想はしていたのだろう。

「そうか。……上から?」
「と、政岡涼子、秋元あきもと慎也しんや、両方の親族からの要請で」
「分かった。自死ということで、解散だ」
「はい。後日記者会見が」
「俺は行かなくてもいいだろう」
「まあ。……で、このタレントの人と小燕さんは何をしているんです?」

 煤原の問い掛けに、「俺のことは気にしないで」と光臣はひらひらと片手を振る。

「小燕刑事に相談事を持ちかけられたんだが、捜査本部が解散するっていうならお役御免だ」
「え?」

 首を傾げる小燕に、「だってそうだろ」と光臣は片頬で笑う。

「あんたは、政岡、秋元両人の不審死について俺に意見を聞きにきた。だが、もう捜査本部そのものがなくなるというのなら──俺の仕事はこれでしまいだ」
「いや……だが」

 水が、と続けようとする小燕の胸を軽く小突き、

「で、煤原さん」
「あーはい」
「小池俊二の事情聴取は誰が? 立ち合いたい」
「……錆殻光臣さん。あなた今自分で仰ってましたよね、仕事はしまいだって」
「おしまいだから、最後にちょっと確認したいことがあるんだよ。いいだろ?」
「……小燕さん?」

 煤原刑事の問い掛けに「ああ」と心ここに在らずといった様子の小燕が呟いた。

「私が事情聴取を行う。錆殻さんには、部屋の隅に立っててもらう」
「話が早くて助かるよ、相棒」
「……別に、……相棒ではないだろう」

 鼻の上に皺を寄せて唸る小燕の背中を押し、ふたりはパトカーの方に向かう。
 これで終わりではないということは、ふたりとも理解していた。

 小さな灰色の個室。真ん中に置かれたテーブル。パイプ椅子に腰掛けた小池俊二。嘗ての盗撮犯。元受刑者。工藤典子の洋館で庭師として仕事をし、社会復帰を試みていた男。

「この写真はすべてあなたが撮影したものですね」

 テーブルの上に広げられたアルバムに視線を向けることすらせず、小池はどこか遠くを眺めている。

「小池俊二さん」

 強い口調で名を呼ばれても、その態度は変わらない。部屋の隅で記録を取っている女性刑事が、困ったように眉を下げているのが分かる。錆殻光臣は、小池俊二の視界に入らないよう、彼の真後ろの壁に寄り掛かって立っている。これが刑事ドラマなら、と光臣は考える。壁のどこかがマジックミラーになっていて、他の警察官たちがこの部屋の様子を外から眺めている。はずだ。

「この写真」

 小燕が一枚の写真を小池の前に突き出す。
 小学校の水泳の時間を写したものだ。どこか──木の上だとか、高いところから撮影したような。

「収監される以前のあなたの自宅からほど近い場所にあった小学校の写真ですね。あなたは──庭師で、木に登るのには慣れていた」
「そんな、ヒトをサルみたいに」

 小池が、初めて口を開いた。
 ひひひ、と肩を揺らして笑う。小燕が不快げに眉を寄せるのが分かる。

「別に、庭師じゃなくたって。あんな太い枝がある木なら誰でも登れるでしょうよ」
「……この写真が決定打となって、あなたは執行猶予なしの実刑判決を受けた。もう記憶にない?」
「ありますよ。まあ、別に、それだけのことをした自覚はありましたからねぇ」

 飄然とした小池の口調に、「あんたは」と小燕が厳しい声を上げる。

「刑期を終えても何も変わらなかった。これも、これも、これも、あんたが撮影したものだろう!」
「ああ、ははは、自信作ですよ」
「このっ……!!」

 小燕が突き出した写真は、暗室で完成していたものだ。この数日のあいだに撮られたもので、被写体はすべて小学校低学年の子どもたち。性別は問わないというのが小池のやり方らしい。

「もう一度刑務所ですか。あーあ、典子さんの家は安全だったのに……」
「工藤典子は、あなたのしていることを黙認していた?」
「さあ。知りません。暗室を作りたいっていったら二つ返事で許可してくれたから、気付いてはいたのかも」

 明後日の方向に手を振りながら、小池は飄然と応じる。彼もマジックミラーのことを考えているのだなと光臣は思う。
 そろそろか。

「えー」

 声を上げる。
 記録係の刑事と、小燕が同時に視線を寄越すのが分かる。
 小池俊二は微動だにしない。それはそうだろう。事情聴取をするからと連れて行かれた部屋の壁に、タレント霊能者・錆殻光臣が蝉のように張り付いているのだ。出番がないまま終わるはずがない、と思うのが普通である。

「小燕さん、俺からもいいですか」
「錆殻さん……」
「小池俊二さん。あなた随分、写真がお上手ですね。お好きなんですか?」
「はあ……まあ……?」

 小燕を立たせ、パイプ椅子にどっかと腰を下ろした光臣を小池は胡乱な目で見据えている。

「思ったんですけど、部屋に暗室を作るってなかなか本格的ですよね。デジカメとかスマホじゃ駄目だったんですか? 盗撮」
「盗撮……って。あんたハッキリ言いますね。俺だって知ってるけどな、あんたがインチキ霊能者だってこと」
「あー今それ関係ないですね」

 ダメージを与えるつもりで発されたのであろう言葉を適当にあしらい、光臣はにっこりと笑う。そうして。

「このカメラじゃなくちゃ、駄目だったのかな?」
「は……」

 小燕がばら撒いた写真の上に、古びたフィルムカメラをドンと置く。
 小池俊二の私室から持ち出してきたものだ。

「俺にも分かる。年季の入ったお品物だ。このカメラじゃないと、撮れない何かがあんたにはあった……違うかな?」
「ち、違──返せ! 返せっ!!」
「おっと」

 突然暴れ出す小池を、小燕と、それに部屋の外で待機していたらしい数名の警察官が押さえ付ける。「そんなに体重掛けたら死ぬぞ」と口を挟みつつ、カメラをテーブルの上に残し、光臣は床に膝を付く。
 灰色の床にまるで標本の虫のように貼り付けられた小池の目の前に、褪色した写真を一枚、突き出す。

「あんたは正真正銘の小児性愛者で、刑務所というよりは病院に行くべきだと俺は思う。だがそれと同時に──あんたは、んじゃないのか?」
「な……それ……なんで……」

 唸り声を上げる小池が、観念した様子で抵抗を止める。「錆殻光臣」と小燕が途方に暮れた様子で名を呼ぶ。
 光臣が手にしている写真には、小学校低学年の少女が写っている。
 彼女の足首には、無数の真っ黒い手のようなものが巻き付いている。

 被写体は、幼き日の政岡まさおか涼子りょうこだ。
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