【完結】ドグマ

大塚波

文字の大きさ
29 / 43
第四章 視据える。

第三話 忌む

しおりを挟む
 かつてこのマンションの301号室に住んでいた一家──山本やまもと一家に証言を取りに行ったのは、光臣みつおみではない。マネージャーの長田おさだを派遣した。長田は光臣のいちばん近くにいる人物として、テレビ番組などにともに出演する機会もそれなりにある。テレビやYouTubeなどを良く見る世代であろう(と、光臣は思っている)子どもがいる家庭に突然光臣本人が聞き込みに行くよりは、タレント・錆殻さびがら光臣みつおみの相棒というポジションの長田を向かわせた方が良いと判断したのだ。

 山本一家の引っ越し先は、旧知の私立探偵に調べさせた。訪問前の連絡は長田が入れた。山本一家と、政岡まさおか秋元あきもと両人が自死したマンションの関係をどこで知ったのかは……適当に誤魔化した、と長田が真顔で言うので、光臣も詳しいところは突っ込んで聞かなかった。

 長田が山本一家を訪ねた日、家には夫婦──夫・たかしと、妻・茉莉子まりこ、それに小学生の娘・由花ゆいかがいた。夫婦は、嘗て同じマンションの同じフロアで暮らしていたアベックが自死したという情報を既に得ていた。由花は知らないという話だったから、長田は直接的な言葉を使わずに山本一家に問い掛けを行った。
 孝と茉莉子は、あのマンションで暮らしていて怪奇現象のようなものに見舞われたことはないと言った。だが、由花は違った。

「エレベーターでまちがって上の階にいっちゃうとね」

 と、無邪気な声音で少女は語った。

「こわいのがいるの」
「怖いの……?」

 小首を傾げて微笑む長田に、由花は「まっくろなの!」と続けた。

「真っ黒……で、怖いの……ちょっと、いや、かなり不思議ですね……」
「由花、お母さんにはそんなこと教えてくれなかったじゃない。どういうことなの?」
「だって……」

 顔色を変えて迫る茉莉子に由花は肩を縮めて、

「お母さん、政岡さんに言ったらダメって言ったから……」
「まあ、まあまあまあ」

 今にも泣き出しそうな由花と、困り果てた様子の孝、それに真っ青になる茉莉子を同時に宥めながら長田は長年のマネージャー生活で培った爽やかな笑みを浮かべる。

「由花ちゃん、教えてくれてありがとうね。お父さんとお母さんも、由花ちゃんのことを怒らないであげてくださいね。実はこの案件、うちの……錆殻が関与していまして」
?」

 パッと笑みを浮かべる由花に「そうだよ~」と長田は自身のスマートフォンに納めてある光臣の近影(ファッション誌に私服の着回し特集で参加するために撮影したものだ)を見せ、

「みっちー先生ね、いま、お祓いのお仕事をしててね。それで、由花ちゃんのお話を聞いてきてって頼まれたんだ~」
「そうなんだ! あの……それじゃ、言っても、いい……?」
「ん~? 何かな~?」

 両親の顔色をチラチラと窺う由花に笑みを向けつつ、(いいですよね?)と目顔で長田は確認を取る。孝と茉莉子が頷くのを確認し、

「なんでも教えて! みっちー先生以外には絶対言わないから」
「あのね、それじゃね、…………」

「マンションの敷地そのものが曰く付きとは」

 駆け付けた警察官は、小燕こつばめ向葵あおいだけではなかった。数え切れないほどのパトカーがマンションの周りを包囲し、錆殻光臣は苦笑いを浮かべ、靴下を履き直した、仕事を終えた木蓮もくれんは心底嫌そうに「帰りたい」と呻いた。
 意識を取り戻した吉井よしい一葉かずはは「インチキ霊能者が不法侵入してきた!」と大騒ぎをしていたが、彼女の言い分を聞き入れる者はいない。長田は本当に有能なマネージャーだ。
 ──吉井一葉を含めた親族経営の不動産会社『株式会社アース』が、随分と悪質な手段で奪い取ったのが現在マンションが建っているこの土地だった。以前の持ち主は長くこの土地で暮らしていた一族で、

「……嘗てはここに神社もあった、か。ふむ」

 長田から送られてきた長文のメッセージを確認しながら、光臣は息を吐く。

「ジンジャ?」

 木蓮が薄い眉を寄せて見上げてくる。

「ジンジャがあったわけ? じゃあアタシが蹴り落としたのは、?」
「まさか」

 肩を竦めた光臣は、自身のスマートフォンを木蓮に手渡す。液晶画面には、長田のメッセージに添付されていた写真が表示されている。

「あ~。このヒトだ。落としたの」
「この土地の元々の所有者らしい。その女房が、こっち」
「あ~」

 首を吊って自死した、土地の所有者夫婦の顔を光臣は知っていた。小燕向葵に見せられた、政岡涼子と秋元慎也の検死写真。アベックの顔は見知らぬ男女のものに変わっていたが──

「もう少し早く元に戻してやれれば良かったな」
「何のハナシ?」
「こっちの話」
「錆殻光臣! ……と、そちらは?」

 不服げな表情をする木蓮と、スマートフォンをポケットに押し込む光臣に大きく手を振りながら声をかけてきたのは、小燕向葵だ。ひらりと手を振り返し、

「おう。木蓮、こいつが厄介ごとを持ち込んできた刑事だ」
刑事ケージ? キライ」
「は……? もう嫌われたのか? 私は?」
「そうらしいな。これは木蓮。もしくは林檎りんご
「その名前、イヤだってば」

 色の薄いくちびるを尖らせる木蓮、或いは林檎の顔を覗き込んだ小燕がぎこちない笑みを浮かべ、

「初めまして、木蓮さん。小燕と申します。この度は、事件の解決に協力していただき、本当にありがとうございます」
「……いいけど」

 むすっとした顔のままで応じる木蓮に小燕は深々と頭を下げ、

「それで、どういうことだったんだ?」
「あー。吉井一葉とその一族が奪い取ったこの土地には以前神社があり、まあ、なんというか恨みの溜まり場になっていた。神が反転したら何になるかは……あんたにも想像ぐらいはできるだろう、刑事さん」
「反転……あ痛っ」

 何かを言おうと口を開く小燕の腰を、木蓮が左足の先で強く蹴る。

「刑事。言わない方がいいこと、あるから」
「あ……? 今、もしかして、助けて」
「刑事はキライ。でも死ぬ必要はない。光臣、もう帰っていいか?」
「おう。ああそうだ、その辺のパトカーに最寄り駅まで送ってもらえよ。なあいいだろ、刑事さん」
「ああ……木蓮さんが嫌でなければ」
「イヤだよ!」

 と喚きつつも、木蓮は自分が乗りたいパトカーを吟味し始めている。こっちもこっちで一件落着というところだろうか。「錆殻光臣……」と腰を摩りながら唸る小燕に、

「前に言っただろ。ことぐらいはできるって」
「つまり、あの少女が……」
「アレは林檎りんごっつう化け物の巣窟の生き残りだ。本物だよ。力を失った神の恨みを軽く解くぐらいなら簡単にやってのける」
「はあ……」
「もう二度と会うことはないだろうが、まあ、次に会ったら林檎じゃなくて木蓮もくれんって呼んでやれ。林檎はだからな」
「あんた、普通に呼んでたじゃないか」
「俺はいいの。それより小燕、おまえが持ち込んだ案件のうちひとつは解決したぞ。政岡と秋元の死に顔が変わっていた件、要はこの土地の神の恨みがそうさせたんだ」

 早口で説明する光臣に、小燕はいまいち納得のいっていない顔をしている。

「そうすらすらと言われても」
「実際そうなんだよ。まあ、このマンション自体あまり長くこのままにしておかない方が良いだろうな。三階で発生していた現象は木蓮が片付けたが、土地自体が狂っちまってる。次は別のフロアで厄介ごとが起きるぞ」
「……株式会社アースに解決させる。警察が関与できる件じゃないからな」

 それで──と、小燕向葵は尋ねた。

「次はどうする? これで全部解決したわけじゃないだろう?」
「もちろん」

 大きく伸びをしながら、錆殻光臣は笑った。

「まだ、水は腐りっぱなしだからな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...