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第四章 視据える。
第三話 忌む
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かつてこのマンションの301号室に住んでいた一家──山本一家に証言を取りに行ったのは、光臣ではない。マネージャーの長田を派遣した。長田は光臣のいちばん近くにいる人物として、テレビ番組などにともに出演する機会もそれなりにある。テレビやYouTubeなどを良く見る世代であろう(と、光臣は思っている)子どもがいる家庭に突然光臣本人が聞き込みに行くよりは、タレント・錆殻光臣の相棒というポジションの長田を向かわせた方が良いと判断したのだ。
山本一家の引っ越し先は、旧知の私立探偵に調べさせた。訪問前の連絡は長田が入れた。山本一家と、政岡・秋元両人が自死したマンションの関係をどこで知ったのかは……適当に誤魔化した、と長田が真顔で言うので、光臣も詳しいところは突っ込んで聞かなかった。
長田が山本一家を訪ねた日、家には夫婦──夫・孝と、妻・茉莉子、それに小学生の娘・由花がいた。夫婦は、嘗て同じマンションの同じフロアで暮らしていたアベックが自死したという情報を既に得ていた。由花は知らないという話だったから、長田は直接的な言葉を使わずに山本一家に問い掛けを行った。
孝と茉莉子は、あのマンションで暮らしていて怪奇現象のようなものに見舞われたことはないと言った。だが、由花は違った。
「エレベーターでまちがって上の階にいっちゃうとね」
と、無邪気な声音で少女は語った。
「こわいのがいるの」
「怖いの……?」
小首を傾げて微笑む長田に、由花は「まっくろなの!」と続けた。
「真っ黒……で、怖いの……ちょっと、いや、かなり不思議ですね……」
「由花、お母さんにはそんなこと教えてくれなかったじゃない。どういうことなの?」
「だって……」
顔色を変えて迫る茉莉子に由花は肩を縮めて、
「お母さん、政岡さんに言ったらダメって言ったから……」
「まあ、まあまあまあ」
今にも泣き出しそうな由花と、困り果てた様子の孝、それに真っ青になる茉莉子を同時に宥めながら長田は長年のマネージャー生活で培った爽やかな笑みを浮かべる。
「由花ちゃん、教えてくれてありがとうね。お父さんとお母さんも、由花ちゃんのことを怒らないであげてくださいね。実はこの案件、うちの……錆殻が関与していまして」
「みっちー先生?」
パッと笑みを浮かべる由花に「そうだよ~」と長田は自身のスマートフォンに納めてある光臣の近影(ファッション誌に私服の着回し特集で参加するために撮影したものだ)を見せ、
「みっちー先生ね、いま、お祓いのお仕事をしててね。それで、由花ちゃんのお話を聞いてきてって頼まれたんだ~」
「そうなんだ! あの……それじゃ、言っても、いい……?」
「ん~? 何かな~?」
両親の顔色をチラチラと窺う由花に笑みを向けつつ、(いいですよね?)と目顔で長田は確認を取る。孝と茉莉子が頷くのを確認し、
「なんでも教えて! みっちー先生以外には絶対言わないから」
「あのね、それじゃね、……政岡さんのおうちでも鳴ってたと思うんだけど……」
「マンションの敷地そのものが曰く付きとは」
駆け付けた警察官は、小燕向葵だけではなかった。数え切れないほどのパトカーがマンションの周りを包囲し、錆殻光臣は苦笑いを浮かべ、靴下を履き直した、仕事を終えた木蓮は心底嫌そうに「帰りたい」と呻いた。
意識を取り戻した吉井一葉は「インチキ霊能者が不法侵入してきた!」と大騒ぎをしていたが、彼女の言い分を聞き入れる者はいない。長田は本当に有能なマネージャーだ。
──吉井一葉を含めた親族経営の不動産会社『株式会社アース』が、随分と悪質な手段で奪い取ったのが現在マンションが建っているこの土地だった。以前の持ち主は長くこの土地で暮らしていた一族で、
「……嘗てはここに神社もあった、か。ふむ」
長田から送られてきた長文のメッセージを確認しながら、光臣は息を吐く。
「ジンジャ?」
木蓮が薄い眉を寄せて見上げてくる。
「ジンジャがあったわけ? じゃあアタシが蹴り落としたのは、カミサマ?」
「まさか」
肩を竦めた光臣は、自身のスマートフォンを木蓮に手渡す。液晶画面には、長田のメッセージに添付されていた写真が表示されている。
「あ~。このヒトだ。落としたの」
「この土地の元々の所有者らしい。その女房が、こっち」
「あ~」
首を吊って自死した、土地の所有者夫婦の顔を光臣は知っていた。小燕向葵に見せられた、政岡涼子と秋元慎也の検死写真。アベックの顔は見知らぬ男女のものに変わっていたが──
「もう少し早く元に戻してやれれば良かったな」
「何のハナシ?」
「こっちの話」
「錆殻光臣! ……と、そちらは?」
不服げな表情をする木蓮と、スマートフォンをポケットに押し込む光臣に大きく手を振りながら声をかけてきたのは、小燕向葵だ。ひらりと手を振り返し、
「おう。木蓮、こいつが厄介ごとを持ち込んできた刑事だ」
「刑事? キライ」
「は……? もう嫌われたのか? 私は?」
「そうらしいな。これは木蓮。もしくは林檎」
「その名前、イヤだってば」
色の薄いくちびるを尖らせる木蓮、或いは林檎の顔を覗き込んだ小燕がぎこちない笑みを浮かべ、
「初めまして、木蓮さん。小燕と申します。この度は、事件の解決に協力していただき、本当にありがとうございます」
「……いいけど」
むすっとした顔のままで応じる木蓮に小燕は深々と頭を下げ、
「それで、どういうことだったんだ?」
「あー。吉井一葉とその一族が奪い取ったこの土地には以前神社があり、まあ、なんというか恨みの溜まり場になっていた。神が反転したら何になるかは……あんたにも想像ぐらいはできるだろう、刑事さん」
「反転……あ痛っ」
何かを言おうと口を開く小燕の腰を、木蓮が左足の先で強く蹴る。
「刑事。言わない方がいいこと、あるから」
「あ……? 今、もしかして、助けて」
「刑事はキライ。でも死ぬ必要はない。光臣、もう帰っていいか?」
「おう。ああそうだ、その辺のパトカーに最寄り駅まで送ってもらえよ。なあいいだろ、刑事さん」
「ああ……木蓮さんが嫌でなければ」
「イヤだよ!」
と喚きつつも、木蓮は自分が乗りたいパトカーを吟味し始めている。こっちもこっちで一件落着というところだろうか。「錆殻光臣……」と腰を摩りながら唸る小燕に、
「前に言っただろ。本物に繋ぐことぐらいはできるって」
「つまり、あの少女が……」
「アレは林檎。果樹園っつう化け物の巣窟の生き残りだ。本物だよ。力を失った神の恨みを軽く解くぐらいなら簡単にやってのける」
「はあ……」
「もう二度と会うことはないだろうが、まあ、次に会ったら林檎じゃなくて木蓮って呼んでやれ。林檎は忌み名だからな」
「あんた、普通に呼んでたじゃないか」
「俺はいいの。それより小燕、おまえが持ち込んだ案件のうちひとつは解決したぞ。政岡と秋元の死に顔が変わっていた件、要はこの土地の神の恨みがそうさせたんだ」
早口で説明する光臣に、小燕はいまいち納得のいっていない顔をしている。
「そうすらすらと言われても」
「実際そうなんだよ。まあ、このマンション自体あまり長くこのままにしておかない方が良いだろうな。三階で発生していた現象は木蓮が片付けたが、土地自体が狂っちまってる。次は別のフロアで厄介ごとが起きるぞ」
「……株式会社アースに解決させる。警察が関与できる件じゃないからな」
それで──と、小燕向葵は尋ねた。
「次はどうする? これで全部解決したわけじゃないだろう?」
「もちろん」
大きく伸びをしながら、錆殻光臣は笑った。
「まだ、水は腐りっぱなしだからな」
山本一家の引っ越し先は、旧知の私立探偵に調べさせた。訪問前の連絡は長田が入れた。山本一家と、政岡・秋元両人が自死したマンションの関係をどこで知ったのかは……適当に誤魔化した、と長田が真顔で言うので、光臣も詳しいところは突っ込んで聞かなかった。
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孝と茉莉子は、あのマンションで暮らしていて怪奇現象のようなものに見舞われたことはないと言った。だが、由花は違った。
「エレベーターでまちがって上の階にいっちゃうとね」
と、無邪気な声音で少女は語った。
「こわいのがいるの」
「怖いの……?」
小首を傾げて微笑む長田に、由花は「まっくろなの!」と続けた。
「真っ黒……で、怖いの……ちょっと、いや、かなり不思議ですね……」
「由花、お母さんにはそんなこと教えてくれなかったじゃない。どういうことなの?」
「だって……」
顔色を変えて迫る茉莉子に由花は肩を縮めて、
「お母さん、政岡さんに言ったらダメって言ったから……」
「まあ、まあまあまあ」
今にも泣き出しそうな由花と、困り果てた様子の孝、それに真っ青になる茉莉子を同時に宥めながら長田は長年のマネージャー生活で培った爽やかな笑みを浮かべる。
「由花ちゃん、教えてくれてありがとうね。お父さんとお母さんも、由花ちゃんのことを怒らないであげてくださいね。実はこの案件、うちの……錆殻が関与していまして」
「みっちー先生?」
パッと笑みを浮かべる由花に「そうだよ~」と長田は自身のスマートフォンに納めてある光臣の近影(ファッション誌に私服の着回し特集で参加するために撮影したものだ)を見せ、
「みっちー先生ね、いま、お祓いのお仕事をしててね。それで、由花ちゃんのお話を聞いてきてって頼まれたんだ~」
「そうなんだ! あの……それじゃ、言っても、いい……?」
「ん~? 何かな~?」
両親の顔色をチラチラと窺う由花に笑みを向けつつ、(いいですよね?)と目顔で長田は確認を取る。孝と茉莉子が頷くのを確認し、
「なんでも教えて! みっちー先生以外には絶対言わないから」
「あのね、それじゃね、……政岡さんのおうちでも鳴ってたと思うんだけど……」
「マンションの敷地そのものが曰く付きとは」
駆け付けた警察官は、小燕向葵だけではなかった。数え切れないほどのパトカーがマンションの周りを包囲し、錆殻光臣は苦笑いを浮かべ、靴下を履き直した、仕事を終えた木蓮は心底嫌そうに「帰りたい」と呻いた。
意識を取り戻した吉井一葉は「インチキ霊能者が不法侵入してきた!」と大騒ぎをしていたが、彼女の言い分を聞き入れる者はいない。長田は本当に有能なマネージャーだ。
──吉井一葉を含めた親族経営の不動産会社『株式会社アース』が、随分と悪質な手段で奪い取ったのが現在マンションが建っているこの土地だった。以前の持ち主は長くこの土地で暮らしていた一族で、
「……嘗てはここに神社もあった、か。ふむ」
長田から送られてきた長文のメッセージを確認しながら、光臣は息を吐く。
「ジンジャ?」
木蓮が薄い眉を寄せて見上げてくる。
「ジンジャがあったわけ? じゃあアタシが蹴り落としたのは、カミサマ?」
「まさか」
肩を竦めた光臣は、自身のスマートフォンを木蓮に手渡す。液晶画面には、長田のメッセージに添付されていた写真が表示されている。
「あ~。このヒトだ。落としたの」
「この土地の元々の所有者らしい。その女房が、こっち」
「あ~」
首を吊って自死した、土地の所有者夫婦の顔を光臣は知っていた。小燕向葵に見せられた、政岡涼子と秋元慎也の検死写真。アベックの顔は見知らぬ男女のものに変わっていたが──
「もう少し早く元に戻してやれれば良かったな」
「何のハナシ?」
「こっちの話」
「錆殻光臣! ……と、そちらは?」
不服げな表情をする木蓮と、スマートフォンをポケットに押し込む光臣に大きく手を振りながら声をかけてきたのは、小燕向葵だ。ひらりと手を振り返し、
「おう。木蓮、こいつが厄介ごとを持ち込んできた刑事だ」
「刑事? キライ」
「は……? もう嫌われたのか? 私は?」
「そうらしいな。これは木蓮。もしくは林檎」
「その名前、イヤだってば」
色の薄いくちびるを尖らせる木蓮、或いは林檎の顔を覗き込んだ小燕がぎこちない笑みを浮かべ、
「初めまして、木蓮さん。小燕と申します。この度は、事件の解決に協力していただき、本当にありがとうございます」
「……いいけど」
むすっとした顔のままで応じる木蓮に小燕は深々と頭を下げ、
「それで、どういうことだったんだ?」
「あー。吉井一葉とその一族が奪い取ったこの土地には以前神社があり、まあ、なんというか恨みの溜まり場になっていた。神が反転したら何になるかは……あんたにも想像ぐらいはできるだろう、刑事さん」
「反転……あ痛っ」
何かを言おうと口を開く小燕の腰を、木蓮が左足の先で強く蹴る。
「刑事。言わない方がいいこと、あるから」
「あ……? 今、もしかして、助けて」
「刑事はキライ。でも死ぬ必要はない。光臣、もう帰っていいか?」
「おう。ああそうだ、その辺のパトカーに最寄り駅まで送ってもらえよ。なあいいだろ、刑事さん」
「ああ……木蓮さんが嫌でなければ」
「イヤだよ!」
と喚きつつも、木蓮は自分が乗りたいパトカーを吟味し始めている。こっちもこっちで一件落着というところだろうか。「錆殻光臣……」と腰を摩りながら唸る小燕に、
「前に言っただろ。本物に繋ぐことぐらいはできるって」
「つまり、あの少女が……」
「アレは林檎。果樹園っつう化け物の巣窟の生き残りだ。本物だよ。力を失った神の恨みを軽く解くぐらいなら簡単にやってのける」
「はあ……」
「もう二度と会うことはないだろうが、まあ、次に会ったら林檎じゃなくて木蓮って呼んでやれ。林檎は忌み名だからな」
「あんた、普通に呼んでたじゃないか」
「俺はいいの。それより小燕、おまえが持ち込んだ案件のうちひとつは解決したぞ。政岡と秋元の死に顔が変わっていた件、要はこの土地の神の恨みがそうさせたんだ」
早口で説明する光臣に、小燕はいまいち納得のいっていない顔をしている。
「そうすらすらと言われても」
「実際そうなんだよ。まあ、このマンション自体あまり長くこのままにしておかない方が良いだろうな。三階で発生していた現象は木蓮が片付けたが、土地自体が狂っちまってる。次は別のフロアで厄介ごとが起きるぞ」
「……株式会社アースに解決させる。警察が関与できる件じゃないからな」
それで──と、小燕向葵は尋ねた。
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