【完結】ドグマ

大塚波

文字の大きさ
30 / 43
第四章 視据える。

第四話 三日間

しおりを挟む
 緊急搬送からの一泊の入院を経て、すぐに幾つもの仕事を片付けたのはほたる神社の跡地に向かうためだった。一週間──は不可能だとしても、数日の休暇が必要だった。

「戻られるんですか? その……先生の、弟さんが亡くなった、場所に」
「別に戻るわけじゃない。行くんだ」

 マネージャーの長田おさだは全方位に向かって有能な女性である。光臣みつおみの望み通り山本一家から情報を得てきた上、『錆殻さびがら光臣みつおみには三日間の休養が必要』という医者の診断書を各取引先にばら撒いてくれた。

「自分で診断書をもらってきておいてこんなことを言うのもどうかと思うんですが、三日間……少なすぎませんか?」
「俺は三日以上あんな場所にいたくない。すぐ戻る。──そうだろ、
「ああ」

 応じたのは、小燕こつばめ向葵あおいだ。蛍神社の跡地と干上がった蛍川には彼とふたりで向かうことになる。

「小燕さん……あなたも、私なんかこんなことを言われたくないと思いますが」
「ご安心を。私も休暇に入ったんです。ちょうど三日」

 眉根を寄せた長田の問い掛けに、小燕はさらりと応じる。彼は嘘を吐いていない。曰く付きのマンションで発生したアベックの自殺事件を解決するために設置された捜査本部は解散した。所轄の警察官たちも、小燕のような警視庁から派遣された刑事たちも、皆それぞれの持ち場に戻った。捜査本部に詰めっぱなしだった小燕は、実際、上司から休暇を取るように命じられたのだという。そこで。

「それで……休暇を返上して先生と一緒に蛍神社に行っていたら、何の意味もないんじゃないですか」
「気にするな長田。この刑事さんが持ち込んだ案件だ。解決を見届けたいと思っても別に、おかしな話じゃないだろう?」
「解決……」

 できるんですか、と長田の顔に大きく書かれているのが分かる。付き合いが長い長田のこういった態度に、いちいち腹を立てるほど暇ではない。光臣が本物ではないということを、長田は良く知っている。

「解決は──さあ、どうだろうな」
菅原すがわらさんは同伴されるんですか?」
「いや。奴には甥の面倒を見るという大仕事があるからな」
「甥御さんは……」
「長期休暇でもないのにあんなところに連れて行けない」

 そうでなくとも──光臣としては、甥と、そして菅原をあの土地に近付ける気がなかった。
 禁足地。忌み地。光臣の弟が命を落とした土地。

「長田さん。錆殻さんに関しては……人間からは、私が守ります」
「刑事さん」
「怪異に関しては……」
「ああもう、時間がないぞ刑事さん。長田、俺の留守中に甥に何かあったら頼む」
「う……」

 自家用車の運転席の窓を開けて声を張り上げる光臣に、長田が困り果てた顔を向ける。

「狐の方々にお繋ぎすれば良いんですよね……?」
「ああ。名刺があるよな? 例の弁護士だ。狐が断るならそうだな、中華街の季節の名前にでも繋いでくれ」
「わ、分かりました。先生、どうか」

 ご無事で、という長田の言葉を最後まで聞かず、アクセルを踏み込んだ。いいのか、と隣の席でシートベルトを締めながら小燕向葵が尋ねる。ハンドルを握る光臣は「いいんだ」と即答する。

「長田は有能な女だ。俺がいなくなった場合の対処方法を、十や二十は頭の中に置いている」
「いなくなった場合、か。物騒だな」
「物騒かね? 俺みたいな商売の人間はいつ姿を消してもおかしくない。本物でも偽物でも、条件は同じだ」

 黙って煙草を取り出す小燕を横目で見、「さて行くか」と光臣は殊更明るい声を上げる。

「俺たちが生まれて、そして滅びた土地に」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

処理中です...