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第6章 どうやらフィツロイは八虐の不孝のようです。

フィツロイとの戦い

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 「『百円パンチ』」

戦いのゴング代わりの一撃。

「無駄です。霊体になったら……ゴフッュ!?」

しかし、彼女が霊体化になるよりも俺の拳は早く決まったようだ。
吹っ飛ばされた体は窓ガラスを割り外へ。
彼女の体が地面に追突する。

「ゲホゲホ。酷いですよ明山さん。でも、風圧でこれほどとは!?」

フィツロイは土を払いながら立ち上がって、自分が元いた階を見上げた。

「百円が……。あと、いくらだ? これは使っちゃ駄目だし……。はぁ、十円にしとけばよかったかな」

そんな嘆き声が聞こえる。

「どうしました? 明山さん金欠ですか?」

敵に金欠を心配される主人公は今までにいただろうか。俺は今の状況が恥ずかしく感じる。

「いいや、大丈夫だ」

そう言って俺は外へ降り立つ。
自分がいた階が一階じゃ無いことも忘れて……。



 凄い音と共に重力に逆らえず体は地面に落下する。
そんな男を見ながらフィツロイは狙いを定めた。
フィツロイは何やら呪文を唱え出ると、

「『蠢く暴風雨(リグル・レインストーム)』」

そう言って魔法を発動した。
その魔法は激しい流水と暴風が混ざり合いながら俺の方角へ放たれる。

「おま……少しは加減って物を知れよ」

俺が立ち上がった時にはもう既に遅かった。
フィツロイの放った魔法に俺の体は飲み込まれたのだ。



 その魔法が威力を失い、消え去った後。
俺は魔法を何とか耐えきり、魔法という物の凄さを知った。
そして、今まで手加減していたということが少しだけ理解できた。
いや、もしかしたら今のも手加減かもしれない。
何とか大丈夫だろうと敵の事を軽く思っていたが、こんな原理もわからない物をどう攻略するか。
全く考えが思い浮かばなかった。
しかし、それはフィツロイも同じであった。
金を使って戦う付喪人なんて会うことなど少ないだろう。
それに、先程のパンチは風圧だけで異常な威力を持っていたのである。
いくら魔法を撃っても、もしかしたら効果が少ないかもしれないのだ。
フィツロイは今までに打撃系の敵と本気では戦ったことがなかった。
今までなら攻撃されても霊体になり、能力を使うだけでよかった。
だが、今回は魔王様からの暗殺命令の対象者である。
そして、霊体化も恐らく通用しないだろう。
余裕で勝てる相手だが油断はできない。
フィツロイはそう考えて下手に攻撃を仕掛けることが出来なかった。



 お互いが睨みあったまま時は進む。
静かな真夜中。誰もが眠る時間。
誰もが知らない状況で二人の人間が殺し合いを始めていた。
二人は決闘を始める西部劇のガンマンのようにただ静かに時を待っている。
耐えきれず英彦は窓の外へ身を乗り出し、俺の名前を叫ぶ。

「明山さァァァァん!!!」

英彦の叫び。それが攻撃の合図となった。

「『五十円波動光線』」

「『煉獄雷鳴(パーガトリー・サンダー)』」

二人の放った技がぶつかり合う。打ち消しあう。
お互いの技が消え去った後も決着はついてはいなかった。
魔法と金の対決。異様な戦いだが、軽く見てはならない。
二人はお互いの放った技を避けつつ、放ちあっている。
その攻防によって土煙は舞い上がり、地面は削り飛ぶ。
俺は地面を蹴り土煙に紛れて近距離での拳を喰らわせようとするが、フィツロイは霊体になることで回避を続けていた。



 激しい攻防の中でフィツロイは焦っていた。
いくら魔法で突き放しても向かって来るのだ。
彼の諦めない心にフィツロイは焦っていた。
これまで数々の魔法を放ったのだが、どれも致命傷にはいたっていない。
魔法は激しい轟音を真っ暗な夜空に響かせ続けている。

「あなたは何者ですか? これほどの数の魔法を放った戦いはホントに久しぶりですよ」

そう言いながらもフィツロイは魔法を放ち続ける。
それに答えるかのように俺は能力を使って魔法を打ち消しながら言った。

「そりゃよかった。そうじゃないと勝つ自信が無くなっちゃうからな」

「まだ勝つなんて言うんですか? いい加減実力の差を理解してください」

二人の戦いは終わらない……。


────────────────────────────────

「黒さん?」

黒のいる部屋ではつい先程酔いが覚めたお爺さんは静かに食事中の黒に話しかけた。

「ほふぃ。ふぁんふへほふぅ?(はい。なんでしょう?)」

先程のサポートで能力を使ったので黒はエネルギー補給として、また食事を取っているのだ。
そんな黒は一応名前を呼ばれたので耳だけは傾けている。

「今、外が騒がしいですが? まさか孫娘と先程の二人が戦っているのですか?」

そう質問した彼の目は遠くを眺めていた。
その質問に対して黒は食事を一度止めて口の中の物を飲み込むと、それなりに長い文章は使わずに一言、

「はい」

それに対してお爺さんは椅子から立ち上がり、床に両膝を付けると、

「お願いです。孫娘を殺してあげてください」

頭を床に伏せ、深々と頭を下げた。

「いったいどうしたんですか。いきなり孫娘を殺してくれなんて?」

帰って来た返答があまりにも異様だったので黒は理由だけでも聞こうと試みた。
お爺さんは両手を膝に乗せたまま、

「孫娘は魔王の命令を終えて涙を隠しながら辛そうに帰って来る日の晩はいつもうなされているんです。
元々、人を傷付けるのが嫌いな性格だったので……。あいつにとっては辛いんです」

お爺さんは次第に声を上げ始めた。

「ですが、あいつには魔王は恩人。あいつは恩人を裏切りたくないという想いと、人として人を殺さず傷付けたくないという願い。
その二つが心の奥底で深く絡み合っているのです。
このまま永遠に苦しむ事になって貰いたくない。
だからお願いです。あいつを殺してあげてください」

確かにお爺さんの気持ちも理解できた。
フィツロイが心の底から救われるには、もうこの世との関係を断つ事が良いことなのだろう。
しかし、そんな事を頼まれても黒にはできない。
例え、幽霊でも八虐でもあいつは……運命に苦しみながらも恩人に恩を返そうとしているのだ。
確かに明山さんには負けてほしくはなかったが、勝って欲しくもない。
この戦いがどうなってもどちらも報われない。
今、黒が思っていることは恐らく明山も思っているだろう。
その想いを胸に殺し合っているのだろう。
黒にはどうすることが正しいのか分からなかった。

「お願いです。もうあいつを恩返しという呪縛から解放してあげてください」

「お爺さん私は……」

返事が決まらない。返事が決められない。返事が思いつかない。
しかし、お爺さんは話を続ける。

「あいつの能力は……。付喪人の能力は……」
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