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幼少期
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しおりを挟むお嬢様はその言葉に、少し肩が揺れた。なのでギュッと手を握り締める。大丈夫、殿下は大丈夫。
「リリスは平民になるって事でしょう?平民は婚約とかしないで、恋人になるんでしょう?
だから、リリーナラリス。僕のリリス。結婚を前提に、僕とお付き合いしてくれませんか?」
殿下はお嬢様の前に膝をつき、優しくそう言い放った。お嬢様は目を大きく見開き、涙を目に浮かべて破顔した。そのまま私達の手を離し、殿下の手を取り返事する。
「はい…はい!」
彼らはまだ互いの事をよく知らない。もっと言えば出会ってから精々ひと月ほどの付き合いではあるが…それでも確かに紡いだものはある。
多分最初は妥協だったんだろう。王侯貴族として、結婚相手は誰でも良いわけではないから。殿下は侯爵家という家柄の娘であり年齢が近く、面白いからという理由でお嬢様を選んだ。
お嬢様は実家を出るため、侯爵家より家格が上で、よほど人柄に問題があるとか年が離れすぎてるとかでなければ誰でも良かった。もしかしたら、ヒュー様でも良かったかもしれない。
要に、2人とも自分の条件に一番近い相手で手を打った訳だ。まあでも貴族ってそんなもんだし、私も殿下がお嬢様を傷付けない限りは祝福したよ。
それでも…数度手紙のやり取りをし、実際に会って話をして。一緒に歩いて遊んでたりしてるうちに、少しずつ…「誰でも良い」から「この人が良い」に変わったんだろう。川で遊んでいた時すでにいい雰囲気だったし。暫く2人きりにしてみたが…楽しそうに会話してたよ。
今日だって100%演技じゃないし。ちょっとオーバーだったけど、全くの嘘だったら周囲も騙されまい。
そして今殿下は、平民でもいいと言った。
…お嬢様はきっと、殿下が幸せにしてくれるよ。私達も頑張って良かった。
あの日、お嬢様が襲われた時。行動して良かった。多分記憶が戻っていない私だったら動かなかっただろうね。それどころか、お見送りなんてしないだろうよ。お母さんが死んだことを引き摺っていたままで、他人と関わろうとしなかっただろう。そうしたらお嬢様はもう2度と教会に来る事は無くて、今とは全く違う人生だったはずだ。
こういったお茶会でも横暴に振る舞ったりして、アイニーはそれに便乗して振り回されている不憫な姉のフリをしていただろう。
たったひとつのきっかけで、全く違った展開、結末になるんだもんな。
人生って運も結構重要かもね。きっかけ…で…?
なんだか急に…音が遠くなったような…?目が回る…
あれ…あたまいたい…?
『……………!!』
だれかのこえ、が…きこえるよ?
『……なんで、なんでなんでなんで!?何度やり直してもなんで助けられないの!!?これが運命とでも言うつもりか!?ふざけるな、次こそは!!
絶対に死なせない、誰かを犠牲にしてでも!!私にはもう、あの人しかいないのに…!!』
やばい、たっていられない…
『何度でも何度でも繰り返してやる。諦めない、絶対に!神への冒涜?知ったことか!!※※※の生を許さない神など認めない。いらない!
でも、どうすればいいの…?何か、きっかけさえあれば…!』
あたまがガンガンする…あなた、だれ…?
「アシュリィ!?」
………!!?はっ、ここは!?
私はアシュレイに抱きとめられている?どうしてこうなった?
「お前、急に倒れそうになったんだぞ。酷い顔色だ、どうした?」
アシュレイの言葉を受けて周囲を見渡すと、お嬢様が殿下と笑顔で抱き合っていて、観衆は大騒ぎ、アイニー陣営は顔面蒼白…あれ、少し記憶飛んだ?
私の様子がおかしいことに気付いている人は…いた。第3王子殿下が心配そうにこっちみてる。あと…ミーナ様の影。忍べや。
「大丈夫か?」と言って飲み物渡してまた消えた。今のタペストリーの裏に隠れてた人だな。お気遣いありがとうございます。
「ごめんアシュレイ、ちょっと目眩みたい。もう大丈夫、ありがとう」
「…無理すんな、このまま掴まっとけ」
いや、まだこの騒ぎの収拾つけなきゃ…と言ったのにいいから!と返された。…まあ、また倒れるかもしれんし、いっか?
えー、気を取り直して。今日の事で、アイニーの評判は流石に地に落ちただろう。お嬢様が傍若無人に振る舞っているという噂なんかより、聖女の化けの皮を剥がされた女の噂が駆け巡るはずだ。
ついでに侯爵家もな。アイニーがお嬢様を虐めていたってのと功績を横取りしていたって事実が明るみになった訳ですから。ただこっちに関しては、まだ言い訳の余地があるが…
更にお嬢様と殿下のラブストーリーでも広めてくれれば御の字だ。殿下も結構まだ評判は良くないからね、婚約者が平民になったとしても共にいたいと願う王子様なんてそれこそ平民にはウケそうだ。
もちろん自主的に広めるつもりだよ?ミーナ様、ランス様、あと…いたいた、リエラ様。この辺はお願いしなくても良さそう…あとは。
アシュレイの手を引いたまま、こっそり移動する。彼も黙って付いてくるが、目的はそこだ!!アシュレイには、私に合わせるように指示する。よく分かっていないようだが、相槌をうってくれればそれでいい。
「お兄様、素敵です素敵すぎます!!悪女という障害を乗り越えて心が通じ合うお2人!マルガレーテは感動ですよ!」
「わかった、わかったから背中を叩くな」
「ヨハネスお兄様も早く素敵な女性を見つけないと!私のお義姉様候補ですよ!」
「お前も私の義弟候補を見つけてみせろ」
「もう!…誰か来ました!」
もちろん私達です。申し訳ないけどトゥリン兄妹、利用させていただくよ!彼らに声が届くギリギリまで寄り、アシュレイに語りかける。世間話のような、内緒話のように。
「これでお嬢様が、本来はお優しくて可愛らしい方だと皆様に伝わるかな?」
「どうだろうな…」
「私悔しいもの。リリーナラリスお嬢様は家では侯爵様、お兄様やお姉様に虐げられているというのに、彼らは逆にお嬢様の悪口ばかり広めるもの。
だから今回の事で、お嬢様の良い評判が広まってくれれば嬉しいな」
「ああ、オレもそう思う」
あー、この口調疲れる。だがお嬢様の執事が品のない奴だと思われるのは避けたい。アシュレイもすぐそこに人がいることには気付いているので、ちゃんと気をつけているし。
そのまま私はお嬢様の良いところ、侯爵家の酷いところを愚痴のように語った。どうしたらいいのかな…なんて儚げにな!
そうしてそろそろ戻ろうか、と言ってお嬢様達のところに向かう。後は任せたぞ、スキャンダル好き兄妹!!
「なんだったんだ今の演技?」
「そのうちわかるさー」
さてと、このお茶会も終わりにしようか。
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