私の可愛い悪役令嬢様

雨野

文字の大きさ
162 / 164
学園

75

しおりを挟む

 明日にはもう魔国に着く…と言われた夜。なんとなく甲板までやって来て、星空を眺めてみる。
 キレーだなー…星が落っこちてきそう、ってこんな時に使うのかな。


「眠れないのか?」
「え?」

 ベンチの上に横たわっていたら、散歩中なのかエヴィがオレに気付いて歩いてきた。

「そっちこそ」
「ん…まあな。流石に緊張もするさ。何せ相手は、高名な魔王陛下だからな。穏やかそうな人物ではあったが…戦闘時ともなれば豹変してもおかしくない」

 エヴィもオレの隣のベンチに横になった。それから…ぽつぽつと会話をする。



 互いの言葉が途切れて、数秒の沈黙。

「………なあ」
「んー?」

 オレは「あ、流れ星!」とか考えながら返事をした。

「…人は平等じゃない。それは生まれながらに、ほぼ決まっている。…キャンシー・グラウムとタンブルが、大した裁きを受けなかったように」
「…………」

 エヴィが…自分からその話題を口にするとは。余計な相槌は打たず、続きを待つ。

「シュリが言っていた。
「いつか…何百年後かもだけど、身分制度を廃止する日が来ると思う。それでも人は貧富や才能、血統、容貌なんかで『階級』というものを必ず作る。魔族だって赤目は特別だしね。
 社会に完全な平等が訪れる事は、未来永劫無い…残念ながら。人に知性と感情がある限りは」と…」

 …アシュリィが…

「俺は兄さんが復讐をやめてくれて、心底ホッとしている…が。
 今もこの下で…俺の家族を皆殺しにして、兄さんを苦しめた奴がのうのうと生きていると考えると。どうしても…モヤモヤするんだ。
 田舎で…使用人に世話をされて、毎日穏やかに生きているんだぞ!?なんで…!人間は、ここまで不平等なんだよ…!!」
「…タンブルもそうだよな。あいつが殺した赤ちゃんは、私生児でもなく平民の子。だから罪には問われない…」

 エヴィの言葉の端々から、誰に向ければいいのか分からない感情が伝わってくる。
 それに…話に聞いただけのオレですら、彼らに殺意を抱いたというのに。当事者達は…どれほどの絶望を覚えて、怒りを押し込めたんだろうな…

「オレもアシュリィから聞いたけど。
 帝国の司法によって、2人の処遇は「公的に」決まった。それを覆す、踏み躙る事は…アシュリィには簡単に出来る事」



『でも…そうして私刑を下したら。私は…私を見失ってしまう』



「って、苦しそうに唇を噛んでた」
「そう…か…」
「………誰にも言わないでおこう、と思ってたんだけど。あんたの胸のつかえが下りるんなら…知っておいて欲しい事がある」
「?」

 近くに人がいないのを確認…声を落として…と。


「実はアシュリィな…タンブルに呪いを施してんだ」
「え」

 エヴィが上半身を起こしてオレを見下ろす。いや…ね。アシュリィって、大人しく引き下がる性格じゃないじゃん?だから…ね?

「生涯……不能、になる呪いを……ね?」
「…………」

 エヴィが目を見開いている。これはオレと魔族の皆さんしか知らない話だからな。

「かなーりキツめの呪いらしくて。治療はもちろん効かない、解呪も人間には到底無理。魔族は協力する訳がない…ので。
 タンブルは一生、女性に手を出す事はできねえよ」
「………そ…か…」
「ついでに『月に1回どこかの角に足の小指をぶつける』『痔になりやすい』呪いとの3本立てだ」
「ブッッッ!!!」

 直接命に関わらないから、アシュリィの中でもセーフ!って事らしい。オレもいい気味としか思えないな。

「でもキャンシー・グラウムは…愛の女神・メイテリニアの加護を持っている。だからアシュリィも、簡単に呪える相手じゃなかったんだけど…」


 これは本当に偶然なんだが。メイテリニア様と、魔王陛下を守護する豊穣の神・ファインスマーテルは兄妹神なんだ。

 なので陛下が、ファインスマーテル様に「アナタの妹が守護してる人間、娘の親友の家族にこんな事したんですけど」とチクった。
 そんで兄から妹に話が伝わり、人間を愛する女神ブチ切れ。女神にとって皇族は、愛する人間の子孫ってだけなんだって。だから切る時は一瞬なんだよ。そんでキャンシー・グラウムの加護を消したばかりか…

「なんつったっけ…生命力?違うな…ステータスのLUCとも違うんだけど。陛下が言うには、地上の生命には生きる上で欠かせない、『運命要素』ってのが備わっているんだ。
 それを女神によって剥奪されて…この先キャンシー・グラウムには、大小あらゆる不幸が降り掛かるだろう」
「………………」
「事故に遭うとか、大切な人が死ぬとか…どっちにしても、長生きはできないと思う」

 エヴィは言葉も無いようで、じっとオレを見つめている。だよな…神様がどうこうって、オレらにはスケールがデカ過ぎて訳分かんねえよ。

 なんつーか。この件はアシュリィ、延いては魔王陛下が関与していなければ。キャンシー・グラウムはエヴィの言う通り、田舎で悠々自適に過ごしていただろう。
 もっと言えば、凶行が明るみに出ずに今も玉座に座っていた可能性がある。オレはなんとなく、魔族を利用しているみたいで引っ掛かってたんだけど。陛下が…


『はは、人間は難しく考えすぎだよ。僕はただ、可愛い娘のお友達が泣いていたから、頬を拭ってあげただけ。
 ファインスマーテル様だって、事実を妹に伝えただけ。ね、大した事してないでしょ?』



「って…。それを聞いてエヴィは、どう思う?」
「……………」

「ざまーみろ!」とか?「憐れな…」は無いか。「足りないくらいだ!」なんて。オレは寝っ転がったまま、エヴィの目を見据える。
 すると彼は少し考え…頭を掻きながら困ったように視線を落とした。


「………び…っくりするくらいに、なんとも思わないな…。強いて言えば…」
「言えば?」
「……魔王を敵にした人間の末路だとしたら。制裁としては優しい方なのかな…と」
「かもな」

 エヴィは再びベンチに仰向けになり、空を見上げる。


「「……………」」


 ああ…風が気持ちいいなぁ。



「………さようなら…」


 その別れは誰に向けたのか。オレには読めないし、知らなくていい事だ……





 ………ひゅるー…ん…


「「んっ?」」

 何この音。
 遠くから…なんか近付いて来る?流れ星…まさか?


 …ひゅーん… ドッカアァン!!!

「「うえええっ!!?」」

 ぎゃーーーっ!!ベンチの間に衝撃が…!床は砕け吹っ飛ぶオレ達、真横に落ちてきたのは…人!!?こ、この逞しい背中、上腕二頭筋は…!


「はっはっはぁーーーっ!!さあ勇者よ、いざ尋常に勝負!!!」
「ルーデンさんっ!?」
「またこのパターンか!!!けほっ」

 なんなんだよ一体ーーー!!!ルーデンさんはいい笑顔で武器を構えた、けど…


「「「……………」」」


 オレらは丸腰な上…寝巻き姿だ。

「早く支度して仲間を呼んで来いっ!!!」
「「ごめんね!!!」」
「「「なんだなんだ今の音はー!!」」」バタバタバタ…

 落下音に集まって来た会長達に状況を説明、全員で一旦部屋に戻る。
 廊下を走りながら…エヴィと顔を見合わせると、彼は堪えきれないといった風に小さく吹き出した。オレも思わず笑顔になり…頑張ろうぜ!と握り拳を突き合わせた。


 しっかり装備を整えて…いざ勝負!!ルーデンさんってばずっと待っててくれたわ、ありがとう!!




 では気を取り直して!!!全員武器を構えて、ルーデンさんを囲んだ!!非戦闘員は、安全な場所から観戦している。

「はははははっ!!!勇者よ、このまま進んでも魔王城には辿り着けんぞ!!何せ城には高度な結界が張ってある、お前らでは解除できん!!」
「なんだとっ!!」
「く…っ、ここまで来たのに…!」

 よく分からんが、アルとリリーがノリノリで答えてる。オレは黙って見ていよう!

「結界は…この俺の持つ、要石を壊せば消滅するがな!!お前らにできるかな!!?」チラッ

 わざわざ教えてくれてありがとう!!行くぞ、ディードの言葉を思い出せオレ…!



『ルーデンはあの見た目でも分かる通り、パワータイプで耐久がかなり高い。魔族には珍しく、他人と呼吸を合わせる事も出来る。敵の注意を引き、攻撃を集めて味方をフリーにして攻撃させる…アシュリィは『タンク役』と言っていたな』



「っしゃ俺の出番だな!行くぞオラアッ!!!」
「来い、トレイシー!!」

 わー!!会長が斧を振りかぶり、ルーデンさん目掛けて叩き込んだ!!その余波だけで床はめくれ、オレ達は圧される…!

「何っ!?」
「効かん効かんわっ!!!」

 な、ルーデンさんは素手で刃を掴んでる!?ブオンッ!!と腕を振り、会長ごと放り投げた。
 会長はアルの魔法でキャッチ、即座に体勢を直して再び斧を振る!!


「「うおおおおおおっ!!!」」


 く…!すごい迫力だ!!オレも負けてらんねえ!

 ルーデンさんは四天王の中でも、魔法耐性がずば抜けて高い。それのみで言えば、魔王陛下にも匹敵するとか。故に…
 ひたすら会長とオレを、アルとリリーの魔法で強化して…とにかく殴る!!!

「大将、右任せたっ!!」
「っしゃあ!!行くぞオラァッ!!!」

 彼の武器は細長い盾。打撃にも使える上に、油断すると拳や蹴りが飛んでくる!!けど!!!

 ルーデンさんは、仲間がいてこそ真価を発揮する戦闘スタイルだ。単騎なら、オレらが圧倒的有利じゃーーーっ!!!


 ズガガッ! ブォンッ バシィッ!!


「「「…………」」」


 疲れたら回復、怪我したら回復、筋力強化とにかく強化!!エヴィはタイミングとかアル達に指示してるけど…


「なんつーか…筋肉同士の…むさ苦しい戦いだなあ…。優雅さの欠片もない…」


 うるせえあんたも入れやっ!!!






 30分後。

「……ふふ…俺の、敗けだ…!」
「げほっ…ぜ、ゼヒュ、ハア、ハ、ハア…うえっ…」

 散々暴れまわったルーデンさんは、ボロボロの床にやっと倒れた…。メインで戦っていた会長も、床に突っ伏して息も絶え絶え。


「では…要石よこせーっ!!」
「「よこせー!!」」
「ぶわっはははははっ!!!」

 今度は遠慮なく、オレとアルとエヴィでルーデンさんの懐を漁る。ついでにくすぐっておこう。
 よっしゃ見っけ!!これを砕いて…終わりかな?


「ふふ…ふぅ。アシュ坊、いい戦いだったぜ!お前さんにならアシュリィ様をお任せできる…頑張れよ!」
「ルーデンさん…!」

 じぃん…オレ感激。頑張るぞーっ!!


「そんじゃ俺は、嫁ちゃんと子供が待ってるから帰るわ」

 また後で!と言い残して、ルーデンさんは闇夜に消えた…。子供いたんだ…新情報だ。





 ヒュウゥ… 一気に静かになった…。みんな部屋に戻ろうとするが…


「…なんで1人ずつ襲って来るんだろう?」

 今のルーデンさんがいい例だけど。4人で掛かられたら…ディードがいても勝てるか分からんのに。
 オレの小さな呟きに、パメラ嬢が隣に立って答えた。


「アシュレイ様。そういうものなんですよ」
「…………そうなんだ…」


 うん、じゃあ…仕方ないか!

しおりを挟む
感想 172

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

処理中です...