74 / 354
第一章 第四部 シャンタリオへの帰還
13 責任
しおりを挟む
「ええ、そのような話は伺っております」
キリエも同意する。
「そうですか」
アランが続ける。
「ただ、どこの国のどういう方かは今もまだ申し上げられません。落ち着くまでは言わぬとの契約になっています」
「そうですか、分かりました。それで?」
顔色一つ動かさずそう言うキリエに、ややアランが気圧される。
「あ、え、そのですね、そういう事情の上でお願い申し上げます、どうぞ奥様をこの宮で保護していただきたい。俺たち、いえ、俺だけではとても無理だと思うので」
そう言ってアランが深く頭を下げ、隣にいる包帯に巻かれた男もそれに倣った。
「あの」
後に続くようにストールに包まれて目だけを出した侍女も、
「どうぞお願いいたします。どうぞ奥様をお助けください!」
そう言ってから奥様に何か耳打ちをし、奥様もゆっくりと頭を下げる。
キリエは頭を下げる4人を変わらぬ表情でじっと見ている。
沈黙が場を支配した。
ほんの数秒の間であったであろう。その間、アロとディレンは動けずにいた。
「頭を上げてください」
静かな声で奥様に向けてキリエが声をかけ、全員が顔を上げると、キリエが黙ったまま、順番に一行の顔をゆっくりと見ていった。
まずはアランから。
主に話をしている者を、何を考えているのか全く読めぬ、鉄の仮面のような表情のままじっと見つめる。茶色の瞳は、侍女頭の深い黒い瞳をじっと受け止めるだけで精一杯だが、それでも動かさずにじっと受け止め続けた。
しばらくアランの目を見つめた後、キリエは視線を動かすと、次に包帯で巻かれた黒髪の男に目を止めた。
包帯から出ている唯一本人を現す一つだけの目に、視線を止めてじっと見つめると、男も正面からじっと見返した。それほど長い時間ではないが、キリエの目と男の目が相手の中にある物を探るようにぶつかり合った。
やがてふいっとキリエが視線をはずし、次にストールから出ている濃い茶の瞳をじっと見つめる。
侍女は、先の2人がそうされていたのを見ていたので、なんとかじっと耐えて鋼の侍女頭の瞳をじっと見つめ返した。おそらく、ストールの下では冷や汗をかいてはいるだろうが。
キリエはゆっくりと侍女から視線をはずすと、今度は見えない奥様の瞳をじっと見つめた。
奥様の反応は見えはしないが、それでもなぜか優しげにキリエの視線に視線を返しているように思えた。
キリエは少し視線を緩めると、一度目をつぶってから奥様から視線をはずす。
「はっきりと申し上げます。宮としては、あなた方の身を預かるわけにはまいりません」
きっぱりと言う。
「そ、そんな、キリエ様……」
昨日、アランに脅かされたからか、それとも引き合わせた自分の責任を感じたのか、アロが半分立ち上がるようにしてそう言った。
「あの、しばらくの間でよろしいのです。なんとか、なんとか」
「いいえ」
アロを見ることもなく言う。
「どこの何者とも分からず、その申すことも本当かどうか分からぬ。そのような者たちをシャンタル宮が責任を持って預かるなどできるはずもない」
「キリエ様……」
アロはもう言葉もない。
言われてみればその通りだ。
懇意にしているディレンの言葉を聞き、実際に街で噂になっている奥様に会っての身の上を気の毒になり、将来的に何か有利に働くことがあるかも知れない、そうも思った。そして昨日アランに言われたことに不安になったことも理由の一つではあるが、そのどれもがなんとも頼りない理由でしかない、あらためてそう思った。
「ですが」
アロが身の置きどころがないと考えていた時、鋼鉄の侍女頭がもう一度口を開く。
「シャンタルは慈悲の女神、この宮はシャンタルの慈悲の御心を広く民に知らしめ、慈悲の光であまねく世を照らすために存在するもの。遠くから来訪なされた貴人がそのようにお困りであるのを知り、知らぬ顔はできるものではありません」
「え、で、では」
アロの顔がぱあっと明るくなった。
「このキリエの、侍女頭の責任であなた方の身をお預かりいたします」
「あ、ありがとうございます!」
アロがこれ以上の喜びはない、という声を上げ、奥様の御一行、そして船長のディレンも頭を下げる。
「ありがとうございます、奥様も感謝のお気持ちをお伝えくださいとのことです」
侍女が明るい声で言う。
「もう一度申し上げますが、これはあくまでこのキリエの責任ですることです、上に上げるわけには参りません。そのことを重々承知しておいてください。それからアロ殿」
「は、はい」
「念の為に手形を預からせていただきます、よろしいですね」
「あ、はい」
「あの、手形につきまして」
船長ディレンが口を開いた。
「その手形は、自分が一時的に一行の身分を隠すために切ったもので、偽名になってます」
「偽名?」
キリエがディレンをじろっと見る。
「はい、何しろ奥様の名前を明かすことはできないものですから。船に乗っている間だけの保証という形でその名前で切ったものです」
そう言って4枚の手形をキリエに渡す。
キリエは4枚の手形を1枚ずつくりながら丁寧に見ていくと、
「エリス、ミーヤ、アラン、ルギ。偽名なんですね、これが」
知った名前が2つも入っているにも関わらず、無表情のままそう言った。
キリエも同意する。
「そうですか」
アランが続ける。
「ただ、どこの国のどういう方かは今もまだ申し上げられません。落ち着くまでは言わぬとの契約になっています」
「そうですか、分かりました。それで?」
顔色一つ動かさずそう言うキリエに、ややアランが気圧される。
「あ、え、そのですね、そういう事情の上でお願い申し上げます、どうぞ奥様をこの宮で保護していただきたい。俺たち、いえ、俺だけではとても無理だと思うので」
そう言ってアランが深く頭を下げ、隣にいる包帯に巻かれた男もそれに倣った。
「あの」
後に続くようにストールに包まれて目だけを出した侍女も、
「どうぞお願いいたします。どうぞ奥様をお助けください!」
そう言ってから奥様に何か耳打ちをし、奥様もゆっくりと頭を下げる。
キリエは頭を下げる4人を変わらぬ表情でじっと見ている。
沈黙が場を支配した。
ほんの数秒の間であったであろう。その間、アロとディレンは動けずにいた。
「頭を上げてください」
静かな声で奥様に向けてキリエが声をかけ、全員が顔を上げると、キリエが黙ったまま、順番に一行の顔をゆっくりと見ていった。
まずはアランから。
主に話をしている者を、何を考えているのか全く読めぬ、鉄の仮面のような表情のままじっと見つめる。茶色の瞳は、侍女頭の深い黒い瞳をじっと受け止めるだけで精一杯だが、それでも動かさずにじっと受け止め続けた。
しばらくアランの目を見つめた後、キリエは視線を動かすと、次に包帯で巻かれた黒髪の男に目を止めた。
包帯から出ている唯一本人を現す一つだけの目に、視線を止めてじっと見つめると、男も正面からじっと見返した。それほど長い時間ではないが、キリエの目と男の目が相手の中にある物を探るようにぶつかり合った。
やがてふいっとキリエが視線をはずし、次にストールから出ている濃い茶の瞳をじっと見つめる。
侍女は、先の2人がそうされていたのを見ていたので、なんとかじっと耐えて鋼の侍女頭の瞳をじっと見つめ返した。おそらく、ストールの下では冷や汗をかいてはいるだろうが。
キリエはゆっくりと侍女から視線をはずすと、今度は見えない奥様の瞳をじっと見つめた。
奥様の反応は見えはしないが、それでもなぜか優しげにキリエの視線に視線を返しているように思えた。
キリエは少し視線を緩めると、一度目をつぶってから奥様から視線をはずす。
「はっきりと申し上げます。宮としては、あなた方の身を預かるわけにはまいりません」
きっぱりと言う。
「そ、そんな、キリエ様……」
昨日、アランに脅かされたからか、それとも引き合わせた自分の責任を感じたのか、アロが半分立ち上がるようにしてそう言った。
「あの、しばらくの間でよろしいのです。なんとか、なんとか」
「いいえ」
アロを見ることもなく言う。
「どこの何者とも分からず、その申すことも本当かどうか分からぬ。そのような者たちをシャンタル宮が責任を持って預かるなどできるはずもない」
「キリエ様……」
アロはもう言葉もない。
言われてみればその通りだ。
懇意にしているディレンの言葉を聞き、実際に街で噂になっている奥様に会っての身の上を気の毒になり、将来的に何か有利に働くことがあるかも知れない、そうも思った。そして昨日アランに言われたことに不安になったことも理由の一つではあるが、そのどれもがなんとも頼りない理由でしかない、あらためてそう思った。
「ですが」
アロが身の置きどころがないと考えていた時、鋼鉄の侍女頭がもう一度口を開く。
「シャンタルは慈悲の女神、この宮はシャンタルの慈悲の御心を広く民に知らしめ、慈悲の光であまねく世を照らすために存在するもの。遠くから来訪なされた貴人がそのようにお困りであるのを知り、知らぬ顔はできるものではありません」
「え、で、では」
アロの顔がぱあっと明るくなった。
「このキリエの、侍女頭の責任であなた方の身をお預かりいたします」
「あ、ありがとうございます!」
アロがこれ以上の喜びはない、という声を上げ、奥様の御一行、そして船長のディレンも頭を下げる。
「ありがとうございます、奥様も感謝のお気持ちをお伝えくださいとのことです」
侍女が明るい声で言う。
「もう一度申し上げますが、これはあくまでこのキリエの責任ですることです、上に上げるわけには参りません。そのことを重々承知しておいてください。それからアロ殿」
「は、はい」
「念の為に手形を預からせていただきます、よろしいですね」
「あ、はい」
「あの、手形につきまして」
船長ディレンが口を開いた。
「その手形は、自分が一時的に一行の身分を隠すために切ったもので、偽名になってます」
「偽名?」
キリエがディレンをじろっと見る。
「はい、何しろ奥様の名前を明かすことはできないものですから。船に乗っている間だけの保証という形でその名前で切ったものです」
そう言って4枚の手形をキリエに渡す。
キリエは4枚の手形を1枚ずつくりながら丁寧に見ていくと、
「エリス、ミーヤ、アラン、ルギ。偽名なんですね、これが」
知った名前が2つも入っているにも関わらず、無表情のままそう言った。
0
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~
さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。
全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。
ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。
これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話
yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。
知らない生物、知らない植物、知らない言語。
何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。
臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。
いや、変わらなければならない。
ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。
彼女は後にこう呼ばれることになる。
「ドラゴンの魔女」と。
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
廃城の泣き虫アデリー
今野綾
ファンタジー
領主の娘だったアデリーはある日家族を殺され育った領地から命からがら逃げ出した。辿り着いた先は廃城。ひとり、ふたりと住人が増える中、問題が次々とおこって…
表紙はフリー素材です
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる