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三章 魔神の過去世界『傲慢』

القصة الرابعة عشرة(十四個目の物語)

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「呪って、やる……。世界を、人間を……!」

寂れた、掃除などされてない不潔な牢に連れ去られた男の子は、世界を呪った。
本来なら関わらない人たちと関わったような、変な気分になる不思議な夢を見ていた気がするが、目覚めれば牢だった。男の子は、カーミルは……僕は、すべてを思い出した。完ぺきと豪語していた自分が情けない。神の子と誇っていた自分さえ憎らしい。本当は、神の子だなんて崇高なものではなく、使い勝手のいい生け贄だったというのに。

神の子と持て囃したシルトの仲間たちは、カーミルが連れ去られようとしても、歪んだ笑みを浮かべるばかりだった。なかには、ほっとするような顔の者もいた。長は、声高らかに言った。この者が、神のこである!と。

敵国の王の前に差し出され、長寿の方法を告げよと命令された。正直に知らないと答えた。そんなこと、誰にも教わった記憶はない。
そうか、と王は告げた。ほっとしたと同時に、王は近づいてきた。意味が分からず、
ぼう、となにをするのかと見つめていれば、となりに控えていた兵の耳元でなにかをささやいた。次の瞬間、兵は、腰につけていた短剣でカーミルの左手の親指を切り落とした。

「い"、う"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!?」

鋭い痛みに、感じたこともない熱さに絶叫する。
知らないという真実の言葉を、王は信じなかった。

そのあとは地獄の日々だった。吐くまで拷問しろと王が兵たちに命令し、殴られ、蹴られ、剣で切りつけられた。

(呪ってやる、殺してやる、皆殺しだ、すべて消えてしまえ!!)

拷問され続ければ、そう思うのは時間の問題だった。まずは、拷問するこの兵士たちを。そして命じた王を。生け贄にした屑なシルトの民たちを!いつか呪い殺してやる。

痛め付けるのに飽きた兵たちが去ったあと、牢で一人呪い続ける。
……それが神に届いたのか、カーミルの耳元で【人間たちを殺したいのか?】と声がした。
自分が作り出した幻聴でもかまわない。この怒りを、どこかにぶつけたかった。迷わず殺したい、とその声に答えるように叫ぶ。

【ならば、この短剣を、自分に突き刺せ。なに、恐れることはない。その短剣には膨大な力が宿っている。その力をおまえに移すだけだ。深く突き刺して、力をすべて移しては狂って使い物にならなくなるだろうから、腕にほんの少し突き刺せばいい。】

目の前に、紫の輝きを放つ短剣が空中から落ちる。
甘美な罠だと思った。あまりに怪しく、姦しいものだった。しかし、それの思惑がなんであろうと、この地獄から抜け出し、あいつらに地獄を見せるためなら、なんだって。震える手で、短剣を自らの腕に掲げれる。
そのとき、一人の兵士が、誰かを連れて牢へやってきた。すぐさま、背中に手を回しナイフを隠す。

「いやだ、離せ!」

それは、カーミルの双子の兄弟のナーだった。

「シルトの民が、そいつではなくそっくりなこいつを讃えていると知った王はカンカンだ。本当の神子ではなく、偽物を差し出したとご推察だからな。」

ナーは、雑に牢の地面へ叩きつけられた。兵が去ったあと、生気を失った顔で、ゆらりとナーは立ち上がる。

「どうして、俺が……?カーミルの役割だったのに!!おまえなんて、おまえなんて……!この、役立たず!!」

怒りに染まった表情で、ナーは僕の首を絞める。咄嗟に、つい。手に持っていたナイフをナーの胸に突き刺してしまった。

「え……?は……?」

唖然とした表情で、心臓に刺さるナイフを見る。どくどくと流れ落ちる真っ赤な血は、しだいに紫と黒が合わさったような、ゾッとするような液体へと変化していった。
怒りに染まっていた表情は、いつからか不思議そうにナイフを見ていた。まるで痛みを感じていないようだった。

「ひっ…!!化け物……!!」
「まさか、本当に神子だったのか……!!」

様子を見にきたのだろう、兵を引き連れた王が、牢の前に立っていた。兵たちはひきつった顔で、何人かは今にも卒倒しそうだった。反対に、王の顔は興奮したように頬を紅潮させ、いまにも長寿という願いが叶いそうなそんな希望にすがり付いていた。

「あ、はは。そうだよ、俺は讃えられるべきなんだ。」

ナイフを事も無げに抜き取り、投げ捨てる。その顔に正気の色はない。もうすでに、彼は狂っていた。首を絞めていた僕のことなど忘れるように、僕から離れ、王たちについていく。シャラン、と音がして、僕が喉から手が出るほどほしかった、母さんと父さんからもらったのだろう、ナーのつけていたブレスレットが落ちてしまった。ナーはそれに気がつかず、王たちと共に牢をあとにする。

どうせ、やつはここでも歓迎され敬われるのだろう。どうして一緒に生まれたのに、こんなに違うのだろう。なんで、なんでいつも横取りするの。邪魔なやつめ、邪魔なやつめ!

「これだって……僕の力だったのに!」

床に落ちた短剣を拾えば、紫の輝きは先程よりも弱まっていた。しかし、完全に消えたわけではない。僕も、とそれを胸の上に掲げる。狂ってもいい、あいつに勝ちたい。敬われたい……愛されたい。

そう思えば、胸に突き刺すことへの抵抗などなかった。しかしその決心を邪魔した奴がいた。いつ、どこから入ったのか分からない、不気味な男だった。

「なんだ?変な力の気配がすると思ったら、自殺志願者がいるな。……って、なんだその短剣。変な呪いが掛かっている。死ぬのはかまわないが、その短剣使うのはやめとけ。こちらに渡すんだ。」
「なんだよ!おまえも僕の邪魔をするのか!?」

意味の分からないことをいう男に苛立ち、吠える。すると男はなんでそんなものを使うんだ、と感情を感じさせない声で聞いてきた。

「僕は、人間どもを虐殺しないといけないんだよ!あいつらを呪ってやる、生け贄にしてやる!!苦しんで死なせてやる!!
そのためには、人間を越えないといけないんだ!!あいつを、あいつらを超えて人間以上にならないといけないんだよ!!」

感情のままそう告げれば、男ははぁ、と息を吐く。

「これじゃあ、なに言っても無駄か……。でも、あのナイフは危険すぎだな……。一緒に封印するか。」

そして、ゴニョゴニョと、なにかを呟く男。小さい声で、聞き取れずますますイライラする。はっきりいえ、と怒鳴れば、まぁまぁ、と余裕ぶっこいて宥めてくる。

「それなら、これも使いなさい。このランプを。擦れば、もっと強い力手に入る。その短剣の力と合わさって、な。もちろん、しっかり短剣持って、擦りなさい。」

笑みを浮かべる男。ナーより優秀にならなくては、という強迫観念に囚われた僕は、その言葉を疑うことなどできなかった。

「ただ、強力な力だからな。他人がいては支障が生じるかもしれない。私はここでお暇させて貰おう。」

どこからきたのか分からない男は、そう告げて姿を消した。その方法は至極明快だった。
なぜなら、堂々と、牢屋の扉を開けて歩いて帰っていったからだ。兵たちに捕まらないのだろうか、あの男は。しばらく耳を澄ませていても、捕獲だ不審者だという声は聞こえないため、見つからなかったのだろう。

手元のランプに目をやる。これを使えば、僕も。

擦ろうとしたとき、手元からランプが奪われた。それと同時に、床にナイフが落ちる。

「なぁ、カーミル。君が俺より優秀で、神の贈り物として愛されるようになったら、俺はどうなると思う?」

ブレスレットを落としたことに気がついたのだろうか。だから戻ってきたのだろう。いつから立ち聞きをしていたのか、ナーはランプのもたらす力を理解しているようだった。短剣を取らなかったのは、もう短剣の力を持っているからだろう。

「俺は、"出来損ない"になるわけにはいかないよ。愛されないと、この世界では……生き残れない。ごめんね、俺は出来ることなら、生きたいんだ。」

僕は、理解した。ナーも、立場は違えど、僕と同じく生きるために必死なのだと。
 そのとき初めて、ナーに対して憐れみを感じた。ナーは、愛されることに慣れてしまい、愛されなくなったときの結果を味わうのが、恐ろしく怖いのだと。きっと彼は立ち直れず、生きていけない。だって、そうして生きてきたのだから。一度出来損ないになれば、生存の天秤から振り落とされ、地獄を味わう。

「可哀想に。」

その言葉が聞こえたのかは分からない。ナーは、ランプを擦った。

「え……?」

次の瞬間、ランプから出た鎖が彼を拘束した。そして、理解できないナーを、ランプへ引きずりこんだ。一瞬のことだった。手からこぼれ落ちた短剣のことなど、僕の頭のなかきら抜け落ちている。

静かな牢のなか。ランプを見れば、
《七つ、願いを叶える》と書かれていた。








「そうや!そういや、昔すぎて忘れ取ったけど、変な短剣持っとる奴がいて、説得できそうになかったからそのまま封印しようと思ったんや!」
「ま、待て待て待て!?これどうなったんだよ!?」

僕たちは、まるでいないもののように扱われ、目の前で劇のように行動が行われた。不思議なことに、いまとは違う口調のファントムが、いまとは全然違う服を着て、登場した。隣にいるというのに、もう一人出てきた感じだ。
しかし、状況を理解するのは簡単だった。なぜか、カーミルの感情、思考が勝手に流れこんできたからだ。

「そうやな……たしか、不思議なランプを持つ神の子から、王は長寿を授かり、神の子は祀られたっちゅー噂があったな。
つまり、魔神としての本能が刻まれたナーがいるランプは、王に献上されて、王は長寿に、そのランプを持っていたカーミルは神の子として祀られたってことか。ちなみに、シルトの民はラーム族と対等な関係になって、共同してガドルという国を築いたって古の精霊がいっとったな。」
「まてまて情報多い……僕たちシルトの民かラーム族の末裔なのかよ!?!?」
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