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Beauty or dead
界立神妖学園1年蝶組
しおりを挟む「やれやれ…あの子は中々は良かったんですけどね。」
露峯達が勝利の余韻に浸っているその頭上、地上から70m離れた空中に立つ1つの影。ボロ雑巾のような黒いマントで全身を覆い隠しているのだが、その口元だけは露出させたままである。
そんな彼だか彼女だか老人なのか幼子なのかわからない、性別年齢不詳の人物であるが、1つだけ分かることがあるとすれば、それは楽しんでいること。なぜなら、その口は大きな三日月のような弧を描いており、時折綺麗に揃った歯を剥き出しにしている。
「一体彼女には何が足りなかったのでしょう?あのまま行けば立派な『絡新婦』として成長できたはずなんですけど」
口裂け女という怪異は、蜘蛛の変化である絡新婦が自らが本当に人間に化けれているかを試すため、或いは人を食うために身動きが取れやすい人を、しかも人が油断をしやすい女性の姿を形取ることになったのではないか。それが露峯等の見解である。
だが、事実は異なる。彼女は、ここにいる黒マントが偶々作り出した怪異であり、しかも、意図して絡新婦になったのですらない。それすらも偶然である。
「彼らが予想以上に優秀なのか…別に痛くも痒くもないんですけど…先日の1件といい、なんだか邪魔をされ続けられるのは気持ちがいいものではありませんね。」
先日の1件。ほんの数日前に彼らの通う学校の近辺で発生した『怪人トンカラトン』のことである。あれも黒マントが生み出した怪異であり、奇しくも下校途中に銀羽が被害に遭い、露峯等によって討伐をされたのである。あれも黒マントの作品であり、あれは学校の保健室の包帯を怪異にしたのは良いが、思ったよりもつまらなかったので廃棄てた失敗作である。
今回の絡新婦も、特に思い入れ自体はなかったのだが、思いのほか面白い進化を遂げたので、晴れて観察対象となったのだ。
「んー…一層のこと…」
「一層のことなんですか?」
背後から声をかけられた黒マントが振り返ると、マンションの屋上に佇む影が1つ。白装束に紅袴、両袖を垂らさぬように紅白の細い注連縄で襷掛けにし、右手に白鞘に収められた日本刀を携えた陽向千影である。
そこには入学をしてから学校で見せていたようなオドオドとした雰囲気は垣間見せず、瞳を細めて黒マントを睨みつけている。
「こんなにも簡単に尻尾を出すとは思いませんでしたが、彼らが私の家に来たことで、貴女が今日仕掛けるであろうということは察しがついてました。」
「あらあら…なんのことでしょう?私は偶然ここに居合わせただけですよ?」
空に浮かぶ黒マントが白々しく言い放ち、おどけた様子で両手を肩の上まで挙げる。降参の意でも示すかのように。だが、相対している陽向は一向に気を緩める素振りを見せない。目の前の相手がどれほど恐ろしい存在であるのかということを散々知らされていたからだ。
「これ以上の愚行はおやめください、幼先生。」
「あれあれ?なんでバレてるんでしょう?」
名前を呼ばれ、黒マントはそのフードを取り払う。その下から表れた顔は、陽向の言うように露峯達の担任である幼美伊那であった。
「陽向さんも学校で見た時と比べて随分と凛々しいですけど…もしかして猫を被ってたんですか?」
「幼先生。今一度申します。これ以上の愚行はおやめください。」
「愚行?はて…なんのことでしょうか?」
人差し指を顎に当てて小首をかしげる素振りを見せる幼。普段の様子とは違う陽向だが、幼も普段学校で見せているような愛くるしい外見と、人には見せないような小馬鹿にした態度で陽向の言葉に恍けた様子を見せる。
「白々しい……貴女がここ数ヶ月の間で様々な怪異を生み出しているということは、既に我々が掴んでいます。先日の一件だけではなく、1月前の『赤マント』やその前の『ひきこさん』――貴女の犯行だと思しき全6件の怪異事件、それらは私ども『陰陽塾』でも把握をしていました。」
「意外ときちんと仕事してたんですね…無駄飯食らいの窓際役職だと思ってましたが。」
「当たり前です。我々陰陽師は今でこそ廃れてしまいましたが、それでもお国の為に身を粉にして日夜励んでいるのです。」
「人間の人間による人間の為の国を取り戻す…聞こえはいいですけど、私達にしてみればたまったもんじゃありませんよね。誰の仕業か知りませんが、こんなところに召喚されて、しかも訳のわからない制約までつけられて…。」
「そのことには同情をしましょう。ですが、先生。貴女が今まで行ってきた行為は見過ごせるものではありません。」
鞘から抜き放つ銀色に輝く刀身。まだ暗くなったばかりの浅い夜空の下、光の反射によって生み出されたものとは異なるその煌々とした輝きに、幼の表情が僅かに強張る。
「『八握の剣』…十種神宝まで持ち出してくるとは…随分と本気みたいですね。」
「はい……ここの統治を任されているのはあの『王』ですので…最悪のことを想定してこれぐらいの準備は必要であろう、と。」
互いに一歩も譲らぬ空気の中、先に折れたのは幼であった。
「仕方ありませんね。今回は私の負けですよ。」
「大人しく自首なさってくださいますか?」
「それは嫌です。私にはまだやりたいことがあるんですー。」
「なっ!?この期に及んで!!」
刀を握り締める手に力が篭もり、今にも飛び出しかねない陽向を幼が手で制する。
「まぁまぁ、落ち着いてください。私と貴女が真っ向からぶつかれば、お互い無事じゃ済みませんし、下にいる子達も結界の中にいるとはいえ無事で済むとでも?」
「……自分の生徒を人質に取るつもりですか…どこまでも外道ですね。」
「私としてはそれでも構わないんですよ?彼らがもしかしたら私の邪魔をし続ける可能性も出てきましたしね。」
「……良いでしょう。ですが、今回の事の発端となった呪具だけは破壊させていただきます。」
「それぐらいの譲歩は仕方ありませんね。」
そうして幼が取り出したのは1枚の面である。顔の端から端まで口が裂けたその形相は、般若の面に非常に酷似している。が、この面から生えた角は般若面に比べて些か短いのが特徴的といえよう。これこそが今回の口裂け女を生み出した元凶、『生成り面』である。女性の中の魔性がまだ十分に熟さない状態を表す能の面であり、彼女はこれを使って『中途半端な怨霊化』をする実験を行っていたのだ。完全な怨霊化をさせてしまえば、それはただの怨霊に過ぎない。成熟しきった段階で横槍を入れて進化を促すよりも、成長段階で横槍を入れたほうが全く新しい進化を遂げるのではないかという予想であった。
結果、ただの怨霊になりかけの人体が口裂け女になり、更には絡新婦になりかけたのだ。新たな発見に彼女は大いに喜んだのだが、この呪具での実験はこれまでらしい。ここで嫌だと駄々をこねたところで双方が無事で済むわけでもなく、ここが落としどころだろうと線引きをしたのだ。
「はい、こんなのでもきちんとした文化財なんですよ?」
「人を傷つけてしまえばそれは最早取り返しのつかぬ呪具以外のなにものでもありません。」
投げつけられた呪具を斬光一閃で真っ二つにし、2度と使い物にならなくする。陽向としても出来ることならば幼を今すぐにでも警察に突き出したいが、恐らくそれは難しい。陽向は十種神宝で武装した自分と幼の自力が恐らく互角かややこちらが不利であるというのは重々承知の上である。更に、眼下の友人達に被害が及ぶのであれば、引くしかないのだ。
「それでは、私はこれで退散しますか。陽向さん、脅威も居なくなったことですし、明日はしっかりと出席できますね?」
「えぇ、明日から改めてよろしくお願いします。」
「はい、こちらこそ。」
その返答に満足したのか、幼はにっこりと微笑んで夜の帳へと溶け消えていった。陽向は完全に幼の気配が消失したのを確認すると、刀を鞘に収め、露峯等の周囲に貼った『人避け』と『静寂』の結界を解く。このままにしておくといつまで経っても警察がやってこれないからだ。
眼下では壊れた壁などをどうするかと話し合いを続け、瓦礫の撤去を始めている。放っておけばいいのに、真面目な人たちだな、と陽向は思った。だが、同時に優しい人達――強い人達でもあると彼女は思っていた。
露峯に話したことはほとんどが嘘である。だが、その嘘の中にもいくつかの本当が紛れており、向こうでの友人達とはまともにお別れもできず、こっちに来てからは簡単に友達なんて出来ないだろうと思っていた。
自己紹介で「陰陽師だ」と言ったのは、友人関係が出来ることで彼女自身の裏の活動に支障が生じる可能性があったからだ。だが、そんな思惑を裏切るようにあっさりと出来てしまった友人達。そして、最重要監視対象である『露峯』は、彼女の想像を裏切るほどに優しく、拍子抜けするほどにあっさりと接近出来てしまった。
彼女たちは友人でもあるが、同時に監視対象であり、最悪の場合は排除対象となりかねない。だが――出来ることならばこのままずっと友人と接していきたい――それが彼女の偽らざる本心である。
数分後、警察が無事に合流をしたことを確認すると、彼女はその場を後にするのだった。
◇
翌朝、僕らが登校してから少しして顔を見せたのは転入生の陽向――ではなく、先日バラバラに自壊したフレッシュゴーレムの継早 瓦煉である。
「おはよー」
「お、継早。もう直ったのか?」
「おう、もうバッチシだ。全身がバラバラになったときは流石に駄目かと思ったが……あ、そうそう、新発見したわ。首だけになっても内蔵電気さえあれば活動できるみたいだ。」
「どうでもいい情報ありがとう。無事に(?)戻ってきてくれて何より。お前が昨日いればだいぶ楽だったってことに今気づいたわ。」
「昨日?何、またトンカラトンでたの?流石にもう1回やれって言われたらしんどいわー。今度こそ俺死ぬかもー」
いつもよりも継ぎ接ぎ部分3割増で多いのは、どうやら新たにできた傷口から分解したようだ。元から死んでるようなものじゃないの?と誰しもが思うが口にしない。口にしたら負けだと思っているからだ。
剣持が昨夜のことを継早に説明し、足りないところを銀羽が補足をした。確かに、力と重量を兼ね揃えた継早がいれば昨日はもう少し楽に戦えたかもしれない。結局帰れたのは20時を過ぎた頃であり、家に着いた時には21時を回っていた。
「ほー、口裂け女って実際にいたんだな。」
「いたっていうか、絡新婦だったってオチだけどな。」
「でもよ、2人いたなかで蜘蛛になったのは後から来た奴だけなんだろ?最初のやつはなんだったんだ?」
それは昨日の僕らも疑問に思ったことであるが、結論として「変身をする前に倒せた」という意見で一応の納得をすることにした。だが、不可解なのは変身の有無だけではなく、性質の違いもある。1体目は素早い動きを得意としていたが、2体目には素早い動きをする素振りはなかった。姉妹だからといって……いや、はたして姉妹だったのかどうかは不明だが、完全に別の個体であったといえよう。
「なんにせよ、目撃情報にあった口裂け女は無事に倒せたよ。これで陽向も無事に登校できるようになるだろ。」
「あ?陽向って誰だよ。どこの女だよ!俺というものがありながら!」
「五月蝿ぇ、黙れ、土に還すぞ」
「思ってるよりも辛辣な扱い!?」
継早と銀羽の軽快なやりとりは置いといて、陽向のことを説明しようとした。けれど、その説明はする必要がなかった。説明をする前に、教室の後ろの扉が開かれ、赤い髪を頭頂部で縛った陽向が顔を見せたからである。注目を浴びたことが恥ずかいのか、真っ赤になって下を向いてしまっている。
「おー、陽向千影じゃん。おはよーっす」
陽向が最初に声をかけたのは剣持である。陽向は首だけの剣持の姿を見て一瞬たじろきはしたが、すぐに「お、おはよ…う」と挨拶を返した。「おぉー」と声をあげて感動をする僕らと「何々?どういうこと?」と皆に説明を求める継早。
僕らがおちょくっているのかと勘違いしたのか、更に顔を真っ赤にして「お…おはようございます!!」と力強い朝の挨拶をしていそいそと自分の席へと移動してしまった。着席した彼女を取り囲む女子陣。「大丈夫だった?」とか「安心するにゃー」といった声が聞こえてくるし、陽向自身の明るい声も聞こえてくる。にしても、本当に仲が良くなったなあいつら。仙狸なんて陽向が着席するなり膝の上で丸くなっている。
「あの子が転入生なん?」
「そうだよ。人間で陰陽師だから舐めた態度を取るとあっという間に消し炭にされるぜ。」
「消し炭!いやですー!怖いですー!MAMMY!!」
「五月蝿ぇ、燃やすぞ、畑にばらまくぞ」
木枯の渾身のボケも銀羽は許さないらしい。これに関しては僕も同意見だ。いっそのこと燃やしてしまえと心の中で思っているが、口にはするまい。
「陰陽師っつっても人間だろ?家の事情ってやつか?」
「そういうことみたいだ。結構臆病なんだからあんまり怖がらせるなよ。」
「安心しろよ、意味なく怯えさせるような真似を俺はしない!」
怯えさせる気がなくても陽向は勝手に怯えてしまうのだが…剣持でもなんとか挨拶が出来るようになったし、もしかしたら継早でも大丈夫かな?僕らが楽観ししていると、相談もなく継早は特攻をしていった。
「俺、継早 瓦煉!ピッチピチの16歳だぜ!」
サムズアップをして陽向に白い歯を見せるような笑顔で話しかける継早。ピッチピチってどういう意味だ?ゾンビじゃなくてフレッシュゴーレムだから活きがいいってことなのか?僕らが謎の自己紹介に首を傾げていると、継早のことを見た陽向はどうやら継早の予想外に――僕らの予想通り、完全に怯えていた。
「ひっ…ぞ、ゾンビ…」
「ゾンビじゃねぇよ!フレッシュゴーレムだ!」
「ひぃぃぃっ」
あの馬鹿…怒鳴られたことで涙目になりながら怯えきってしまった陽向だが、そんな彼女と継早の間に種子島が割り込み、糸魚川が継早の首根っこをがっしりと押さえつける。
「てめぇ…何うちらの友達泣かしてんだ。」
「ケケ…世羅、遠慮はいらねぇやっちまいな。」
「ま、待て!俺はただ訂正をしただけだ!俺はゾンビじゃない。フレッシュゴーレムなんだ。もっと知性溢れるれっきとした人造人間なんだ!」
「怯えた陽向にも非がないとは言えないけど、それでも泣かせたことは許せないわね。」
「遺言は死んでから思う存分聞いてやるにゃー」
「待って、俺の話を聞いて!」と弁解をしようとする継早だが、そんな彼を糸魚川は無情にも背面一本背負いで勢いよく地面へと叩きつけた。体重3桁の男を容赦なく投げるってあいつどんだけ馬鹿力なんだ…昨日僕らがくらったダメージとほぼほぼ同じくらいじゃないか?
伽藍、伽藍と鐘の音が鳴り、幼先生が教室に入ってくる。教室を一瞥し、地面にへばりついている継早に一瞬驚いていたものの、涙目になっている陽向と取り囲んでいる女子を見て何かを察したらしく、はぁーとため息をつ吐いた。
「はい、朝のSHRを始めますよ。継早君も陽向さんも出席して、初めて全員がきちんと揃う朝なんですから、しっかりとしてくださいねー。特に継早君。」
「ま、待って先生…俺が一番ダメージでかいんだけど…」
「喋れるならまだ大丈夫ですね。」
「大丈夫の基準をもう少し引き上げてくださいよっ」
継早の必死の訴えも虚しく、皆が自分の席へと戻っていく。
この前まで空席であった僕の左隣の席も、いなかった継早も戻ってきたことで、満席になる教室。皆が話を聞く状態になったことで、幼先生がまずは…と来月に執り行われるオリエンターション合宿のことや、身体測定に関しての連絡事項を話していく。口裂け女のことも学校に連絡が行ったらしく、厳戒態勢は解除されたということである。最後に――
「まずは、継早君。先日全裸でコンビニに買い物にいった件でお話があるので、後ほど職員室に来るように。」
「「「あ……」」」
こうして、妖怪総勢29名、人間が1名。この日、人と妖怪が入り混じった界立神妖学園1年蝶組の全員が揃って出席をした記念すべき初めての日は幕を開けたのだった。
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