1000人の特盛召喚記 mobに憧れた876番目の転移者

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交通の都ヘパイドン

15.不穏な空気

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 時間は少し遡る。

 緑朗太が気絶から目を覚ますと、ここ最近は割と世話になっているギルドの仮眠室であった。
 どうしてここで自分が横になっているのか?重い瞼をこすりながら思い出そうとすると、鼻腔を嗅ぎ覚えのある臭いが擽る。だが、何の臭いだったかまでは思い出せない。

 転んで怪我をした時とか、鼻を強打するとよく嗅いだことがあるような…臭いの正体を探り、ふと爪の間に視界の端に映ったその色に暫し時を止める。彼の両手には乾燥した血がべっとりと付着しており、目を擦った際に粉状にポロポロと顔の上に降りかかったのだ。

 それが彼自身の血であれば、何も問題はなかったのだが、彼はその正体が血だと解るや、それまでの記憶を思い出した。スナークラットを狩ると拓郎に言われ、延々と狩り続けて――そこから先の記憶がない。だが、混乱は然程起きはしなかった。初めてであれば困惑は極まったのだろうが、マーヴィスとの戦いの際にもこれと似たような症状は起きていた。
 あの時も気絶をし、ここで目が覚めたところだったが、今回も同様の条件である。前と違うのは、戦いの記憶はあれども気絶する間際の記憶がないことぐらいだ。
 拓郎は簡易ベッドから降りると、壁に立てかけられた変わり果てた自身の武器を見てその戦いの凄まじさを改めて振り返る。
 その刀身は勿論のこと、握っていたであろう柄の部分まで、綺麗な部分を探すほうが難しいほどに血と泥に塗れて悲惨な姿になってしまっている。最後の最後は鈍器として使用していたこともあって、至るところに罅が入り、柄の中に仕込まれた鉄芯まで露になってひしゃげている。

 「買い換えないと駄目か…」

 貰い物だとは言え、1回狩りに使用しただけで駄目になってしまうのは如何なものかと思わざるを得ない。それもこれも数え切れない程の敵を呼び込んだ拓郎のせいなのだ。無事に終わったからいいものの、命を落としていた可能性も高い修行方法だった。強くなったのかと聞かれたらステータスを見てみないことには何とも言えないが、緑朗太自身は強くなれた実感がわかない。

 「とりあえず拓郎を探すか。」

 ステータスの確認もそうだが、ここまで拓郎が運んでくれたことに感謝をしないとならない。
 使い物にならない槍を布で包み、仮眠室を出てギルドカウンターを訪れるも、リヴィはまだ帰ってきておらず、カウンター内に見知った顔はあれども声をかけられる雰囲気ではない。
 トーリ達もおらず、酒場にいると思ってたマーヴィスも今日はいないので、酒場そのものも営業をしていない。

 ギルドメンバーが入口から入ってくる際、外の光景が視界に入ったのだが、そこで違和感に気付く。外が暗い。にも関わらず、今日は酒場の営業がしていないのだ。時折マーヴィスの都合で休むことがあるのだが、それにしても事前に告知がある為、酒場に訪れようとしたギルドメンバーも営業をしていないことに驚いた様子である。
 
 「なんか急用があったのかな?」

 緑朗太が姿を見せない拓郎とマーヴィスの事を心配しているその頃、件の2人はギルドマスターの執務室を訪れ、来賓用のソファに腰掛けていた。
 拓郎が緑朗太を連れて狩りをしたことを責められているのではなく、最後の最後に姿を見せたトロールをマーヴィスに報告したところ、付いてきて欲しいということであった。

 「トロールがでたのは【ヘパージオ平原】で良かったか?」
 「あぁ。スナークラットを狩ってる時に出た。1体だけだったが間違いない。」

 トロールは本来平原に出るようなモンスターではない。森林の奥に巣を作り、単独で行動することなく群れを成し、人間を恐れる。今回出現したのはそれら全てが当てはまらない。

 平原にたった1匹で現れ、負傷しているとは言え緑朗太に襲いかかった。確率的にはとてつもなく低い確率である。
 俗に【はぐれ】と呼ばれる個体も存在はするのだが、そういたモンスターは他の個体に比べて頭2つは突き抜けるほどに強い。群れをなさずとも1人で生きていけるのではぐれになるのだ。
 だが、緑朗太に一撃で両断された個体ははぐれと呼ぶには余りにも弱すぎた。可能性としては興味本位で外に出たというのも捨てきれないが、それでは緑朗太に襲いかかったのはどういうことだったのか?
 人を恐れるからといって襲わないわけではない。トロールはオークに似て猪に似た頭部を持つ亜人とモンスターの中間地点にいる存在だが、その知能は低く、オークに比べると体の大きさも小さく、力も弱い。明確な違いがあるのは、性別と繁殖方法だろう。オークには雌雄が在るのだが、トロールは雄しか存在しない為、繁殖期になると他のモンスターや亜人、人間の雌を襲う習性がある。

 だが、時期さえ気をつければまず森の中で生涯を終える。弱いからだ。スナークラットやヤスリヘビには勝てるが、レッドコブラやプレインバイソンなどになると手も足も出ない。武器を持とうにも扱うだけの技術もなく、ただ振り回すしか能がない。実際、緑朗太を襲った個体も型なんかない力任せの攻撃だった。

 「繁殖期が近付いてるのか?森に雌がいなくなって外に溢れ出てきたとか。」
 「だったら女を襲うだろ。ロクさんは男だ。食いもんがなくなったとか?」
 「ちょっと待ってろ…トロールの確認されている生息地でヘパージオに近いのは…ここだな。直線距離で10は離れてる。この間この村に依頼を受けに行ったパーティがいたが、そいつらは何も言ってなかったな。」
 「そのパーティが虚言の報告をした可能性はないのですか?或いは帰ってきたあとに襲われたか。」
 「非常に低いですね。依頼主は村長で原因だったのはヤスリヘビでしたから。きちんと証明の印も押されてます。帰ってきたのは昨日で、そいつらは馬車を利用しています。今日この村からヘパージオに着くとなると、馬車よりも早く歩かんことには辿りつけんでしょう。」

 マーヴィスの挙げた可能性を頭を振って否定するアリバ。ゴブリンであれば、ゴブリンライダーと呼ばれる四足歩行のモンスターを使役するものも存在するが、知能が低いとされるトロールでは、有り得ないだろう、と。
 スナークラットの死体の山が死角になっていて気付かなかったが、拓郎の視界からはトロールはいつの間にか現れたようにも感じられた。だが、瞬間移動などのスキルだったにしては、その負け方はあっさりしすぎであった。

 「ロクさんが槍で真っ二つにしたのも驚きだったぜ。少し無茶な訓練をしたけど、あっさり順応しちまうし…」
 「それなんだが…拓郎、本当に緑朗太があんなふうにやったのか?」
 「あぁ。俺は一切手助けしていないことを保証する。」
 
 マーヴィスの確認に、拓郎が肯定をすると「そうか」とどこか悩み込むように俯いて拓郎から表情を隠す。

 「緑朗太の武器を見たか?」
 「見たよ。槍でスラッシュを使ったのは間違いないけど…どうしたんだいマーヴィスさん。らしくないな。」

 いよいよ只事ではなくなってきた雰囲気に拓郎が尋ねると、マーヴィスではなくギルマスのアリバが1つの錠前を拓郎の前に置いた。
 誘拐事件の折、緑朗太が切断をした厩舎の扉を閉めていた代物である。金属部分が完全に切断され、もはや鍵としての効果は発揮できないだろうことを物語っている。
 だが、これをなんなのかわからない拓郎は、これがどういったものかをマーヴィスに訊ねた。

 「なんだいこれ?」
 「緑朗太が切断した錠前だ。」
 「……冗談だろ?」
 「本当だ。緑朗太はそれを扉越しから切断をした。カティ嬢も証言をしていて俺らも半信半疑だったが間違いない。そいつを斬るのに使用した短剣はタカシムの数打物で壊すと同時に折れている。使用したスキルはスラッシュだそうだ。」

 話の途中から拓郎はその光景を想像し、呆然としていた。拓郎でも金属を斬る程の域に至るまでは相当な経験を積まなければならなかった。それを訓練したてでレベルもスキルも低い、緑朗太が成したというのか。金属が切断できるのならば、トロールぐらい余裕で切断できるだろうと納得もしたのだが、そこで不思議な問題が浮上する。

 「ちょっと待ってくれ。狩りに行く前のロクさんのステータスを見たが、レベル3でスラッシュのスキルレベルも低かったぞ」
 「緑朗太がレベル3にあがってたのか?どうやって?」
 「それは知らんけど…マーヴィスさんとの模擬戦で勝ったからじゃないか?」
 「そんなことが……」

 この世界の常識と照らし合わせ、その異常さに流石のマーヴィスも言葉を失う。だが、ステータスが低く、スキルも未熟なのにここまで出来るとなると、その原因はいよいよ[最適化]ということになる。

 「そのスキルですが、今の話を聞いて1つ仮定したことがあります。」

 重々しい雰囲気の中口を開いたのはギルドマスターであった。

 「ステータスが低いということでしたが、彼自身はどうですか?ここ最近体に異常が見られませんか?」
 「筋肉痛とかの症状はないみたいですが、二日酔いとかは普通になってるみたいですね。」

 マーヴィスには気軽い拓郎もアリバ相手だと流石に敬語になり、その姿勢も幾分か正される。
 話を聞いたアリバはそれではと質問を変える。

 「スナークラットを狩っている最中、彼に変わったところは?」
 「変わったところ…あぁ、飲み込みが早かったです。1匹狩ったら次はもっと上手くって感じでセンスを感じました。」
 「…マーヴィスはその話を聞いて思うところはありますか?」
 「あります。確かにあいつは飲み込みが早いです。訓練の次の日には教えたことを覚えてますし、訓練に適応が出来てます。」

 当初は走るのも精一杯だった緑朗太だが、今ではトーリ達と同じペースで走れるほどに体力とスピードをつけている。普通に考えれば有り得ないぐらいおかしなことだったが、マーヴィスもスキルの効果であろうと思っていたので、いつしかマーヴィスも気にしなくなっていた。

 「彼のスキルは彼自身に効果のあるスキルなのでしょう。」
 「俺もそう思います。ですけど、それにしてはステータスに反映されてないですよ。その場その場で効果を発揮するってことですか?」
 「いえ、彼の最新のステータスを確認していないので何とも言えませんが、おそらく上がっていても7か8でしょう。そういった効果もあるかもしれませんね。ですけど、最大の特徴はステータス成長ではなく、肉体変化です。」

 その言葉に反応をしたのはマーヴィスだ。

 「それは自分も思いました。ランニング等の持久力はステータスと関係ない部分も成長を見受けられます。」
 「えぇ。それにスキルも同様でしょう。彼が覚えているスキルはスラッシュですが、おそらくレベルは1か2のまま。けれど、彼自身の熟練度が彼が気づかないうちに金属やトロールをも切断するレベルに上昇をしているとすれば納得できます。」
 「ステータス表記はあくまでもおまけみたいなもんってことですか?」
 「おまけではないのでしょう。彼の肉体を彼の固有スキルが成長させ、成長した肉体が経験値を積むことで彼の肉体とステータスを成長させる。素晴らしい能力ですね。」

 アリバの説明を聞かされた拓郎は、緑朗太という存在を初めて恐ろしいと感じた。拓郎は口にはしていないがいずれ自分の世界の戻りたいと思っている。それは魔王を倒すことで叶う願いだとも転移前に言われているのだが、その際、ステータスなどの恩恵は一切なくなるということも公言されている。
 こんな能力はあっても日常生活には無駄なだけなので、別にどうでもよかったのだが、緑朗太の場合、元の世界の戻ったとしても超人的な能力はそのままに放とうと思えばスキルをも放つことが出来るのだろう。

 マーヴィスはこれらの予想を緑朗太に話すべきか否かを悩んでいた。確かに凄まじい能力ではあるが、これを聞かされた緑朗太がどういった反応をするのかが怖かった。
 緑朗太は皆が思っているよりも強い男ではない。ちょっとしたことで悔やんだり、泣いたりするような不安定な、ただの普通の男である。このスキルの情報を開示し、誰かの目に留まれば、彼を利用しようとする輩も当然のごとく出てくるのは目に見えている。

 「このスキルの情報は誰の目にも留まらぬように私のところで止めるようにしましょう。拓郎、緑朗太にもあまりスキルのことを口にしないように釘を刺しておいてください。」
 「わかりました。」
 「すみません、ギルマス…。」


 「これも仕事です。金にはなりませんがね。」




 ギルド会館を後にした緑朗太が向かったのはタカシムの工房である。外はすっかり暗いのだが、活気が溢れるタカシムの工房から外に溢れる熱気と光で、未だにフル活動をしているというのが伺える。
 中を覗くと、お目当ての工房長のシムを見つけるのはすぐであった。だが、彼の横に意外な人物も同じく立っていた。向かいの工房に住んでいるガウディだ。何やら武器を見てはシムに指摘をしているようで、シムもガウディの指示をよく聴き、その都度弟子の職人たちに指示を飛ばす。

 「あの…何か御用ですか?」

 入口で突っ立ったままの緑朗太に職人の1人が声を掛けると、「武器の修理を頼みたい」と持っていた包を解く。
 姿を見せた武器の惨状に思わず職人が引いてしまい、その様子を見ていたほかの職人がからかいにやって来る。だが、近くにきて緑朗太が手にしている武器を見て、その彼も露骨にドン引きしていた。

 「ガウディさんとシムさんがいるんですね。」
 「いるけど……何?工房長になんか用?その武器の修理だったら諦めなよ。何回使ったかわからないけど、そんな手入れも録に出来ない奴だったらまともな武器じゃなくてもっと粗悪品で十分だって。」
 
 小馬鹿にする職人に緑朗太は少しだけ腹を立てるのだが、彼が言うことももっともなので反論が出来ない。隣で最初に対応をしようとしていた職人も同意見なのか、武器を大切に扱わなかった緑朗太に不快げな表情を見せている。
 そんなさっさと帰れと言わんばかりの2人の背後から、聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえてくる。

 「あ、おじさん!!」

 久しぶりに聞かされる幼子の無邪気で鋭利な一言が、緑朗太の心に音を立てて突き刺さる。

 「あぁ、カティちゃんか…今日はガウディさんの付き添い?」
 「うん、おじさんのお陰でお祖父ちゃんも元気になったんだ!!」
 「そっか…」
 「あ、あの……」

 シムが師事をしているドワーフの孫娘と親しげに会話をする緑朗太にそれまで態度から顔を青ざめたものに変えた2人の職人。1人が恐る恐るといった様子で緑朗太に声をかけて、確認をしようとした。だが、その必要はもはやない。更に彼らの後ろから野太い声が聞こえてきたからだ。

 「おい、お前らそこをどかんか」

 ガウディだ。職人2人は直様端に飛ぶように避けると、緑朗太とその手にしている槍を見て視線を細め、眼光を鋭くさせる。

 「なんじゃ小僧…武器を捨てにきおったのか?」
 「やはり修理は難しいですか?」
 「修理なんて出来るか。その槍は完全に死んでおる。何をどんだけ狩ったらそんなことになるんじゃ?」

 鍛冶師としてガウディも職人達と同じく武器を粗末に使われるのは良い気分がしないというのはよくわかる。緑朗太が事の顛末を語ると、それを聞いていた職人は本当の話だと取り合わず、ガウディとカティだけは「なるほど」と何の疑いもなく信用した。

 「え?信じるんですか?」
 「こやつや拓郎の考え方は儂等とは違う。そうやって訓練をする方法もないわけではないし、それならこの壊れ方も納得じゃ。だが…狩ったのはラットだけではないな。」
 「え?」
 「なんじゃ気づいとらんか。中型以上の何かも狩っとるはずじゃ。ラットだけを狩ったにしてはこんなに中の鉄芯が痛むはずはないし、刃こぼれの仕方も不自然じゃ。止めになったのはそいつを狩ったときじゃな。」

 緑朗太の記憶にはない時の攻撃が止めだと聞かされ、しかも捨てる他ないとまで言われれば、諦めるしかなかった。元々タダで手に入れた代物であるが、初めての武器だっただけになくなると物寂しい気分になるのだ。

 落ち込む緑朗太だったが、彼の手をカティが掴む。

 「おじさんおじさん。」
 「ん?どうしたんだい?」
 
 「あのね、お祖父ちゃんにお願いしよ?」
 「いや…おじさんの武器はもう…」
 「直すんじゃなくて、お祖父ちゃんに作ってもらえばいいんだよ!!」

 カティの突然の言葉に、緑朗太はカティからガウディに咄嗟に視線を移した。そこには苦虫を噛み潰したような表情で緑朗太を睨みつけるガウディの顔があり、「絶対に嫌だ」と言わんばかりであるのだが――

 「お祖父ちゃん…駄目?」

 カティが振り向きざまにガウディにそう訊ねると、体を震わせながら「いいぞぃ」と渋々承諾するのであった。
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