1000人の特盛召喚記 mobに憧れた876番目の転移者

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交通の都ヘパイドン

19.明晰夢

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すみません、遅くなりました。



 明晰夢を見ていた。これは夢だと一目で理解できる。そうでなければ、これはきっと疲れが見せた幻覚だ。

 緑朗太の目の前に、その女は座っていた。地べたとも水面とも草むらとも宇宙空間とも――なにがなんやらよくわからないその場所に、女は座っていた。
 一切手入れの行き届いていない黒髪を無造作に伸ばし、一糸纏わぬ全裸でその女はあぐらをかいている。漫画やアニメなどの湯気的演出もなく、丸見えではあるのだが、緑朗太は性的興奮を覚えることはなかった。

 「なんだ…縁緑朗太は不能か?」

 馬鹿を言ってはいけない。緑朗太も健全な男性だ。若いときに比べれば幾分かは勢力は減退しているとは言え、未だに女性には興味津々である。転移前も親友とそういう話題に―――

 緑朗太の思考が外れそうになったとき、目の前の女性――少女がヒヒヒと愉快そうに喉を引きつらせた。
 目の前に座るのは女は女でも少女である。歳は10行くか行かないかと言った程度で、口調や笑い方からその性格は傲慢で傍若無人そうである。

 「失礼な。こう見えて私は謙虚謙遜を心得ているつもりだ。」

 首を傾げ、値踏みをするかのように全身隈なく嬲るように視線を向ける少女に、緑朗太は自身の見る夢のくだらなさに嘆息しそうになる。
 夢の中でくらい、良い夢を見せてくれても罰は当たるまいと思っていたが、少女から「いやいや、そんな世の中甘くないぞ?」と考えを否定され、嘆息ではなく舌打ちに切り替えた。

 「さっきから人の考えを読んでいるけど…お前はなんだ?」
 「私か?私は縁緑朗太だよ。」

 「俺は実は女だったのか?」
 「いや、男だろ。」

 「じゃあ潜在意識下で女に憧れてたとか?」
 「気持ちわるいことこの上ないな。」

 「露出癖もないぞ。」
 「別に人前に出るわけでもなしに、気にする必要もないだろ。」

 「生意気なのは……まぁ、そういう気はあるな。」
 「うむ。」

 思考が読まれているのと、これが自分の夢であるということからそこそこの予測はできていたが、実際にそれを認めるとなると、些か腹が立つのもまた事実。緑朗太が不機嫌そうな態度になればなるほど、少女は嬉々として緑朗太の言葉に答えていく。

 「なんで今になって出てきた?」
 「これは奇なことを訊ねる。私は自分がなんなのかを知っているのか?」

 「なんとなくだがな。だが、今まで出てこなかった自分が出てきたのが、なにが引き金になったのかがわからん。」
 「初めて、私を私として認識してくれたから…って答えじゃ駄目か?」

 「それだけで出てこれるなら、もっと前から出てこれるはずだ。」
 「なら、付け加えるとしたら、今まさに私が自分の体に干渉していて、尚且つ意識が目覚めようとしているから、こうして夢という場で会話ができるようになった――というのはどうだ?」

 「そうか」と釈然としないような返事を口にするのだが、緑朗太は自身がそれが答えであると認識している。
 ほかでもない自分のことだ。今、彼が行っているのは言うなれば自分自身との対話に過ぎない。他の人間には絶対に見せられないな、と苦虫を潰したような顔をすれば、少女はまたもやキャッキャキャッキャと大喜びする姿を見せた。

 「自動発動型って聞いてたけど、どうして発動する時としない時があるんだ?」
 「ん?発動自体はずっとしてたぞ?」

 その言葉に、緑朗太が首を傾げる。常に発動をしているのなら、その効果が表れるのと表れないのとの効果の違いがわからないからである。

 「正確には、私は自動発動型であり、強制発動型でもある。」

 強制発動型…知らない単語に緑朗太の目が細められるが、取りあえずは「任意発動型」だと思えばいいと言われ、それで納得をすることにした。

 「さっき俺に干渉してるって言ったけど、そこは自動発動型。マーヴィスさんと戦っているときに無理やり発動させたのは強制発動型ってことであってるか?」

 「相違ない。」
 「尚更おかしいだろ。スキルにはMPが消費されるはずだ。」
 「だが、マーヴィスと戦ってた時はMP切れは起きなかった。そう言いたかったんだろ?」

 聞こうとしていたことを先んじて口にする相手に、緑朗太は怒るよりも寧ろ便利だなとさえ思い始めた。そんな態度に「順応早すぎじゃろ」とつまらなそうに口を尖らせるが、緑朗太に急かすように促されて渋々と言った調子で解説を継続させる。

 「そもそもステータスとはなんだと思う?」

 突然の質問に緑朗太は「自分の身体能力だろ?」と即答するが、「それでは50点」と辛い評価が下される。
 
 「魔力という概念から説明しようか。この世界ではご存知のとおり魔力が存在する。魔物だけじゃなく、犬や牛や人間にも魔力は存在する。草木にも存在するなら、もしかしたら道端の石ころにもあるかもな。」
 「で?」
 「せっかちだな。まぁ、私達は魔力なんてもんがなかった世界から来たから仕方がないとして…。形あるものには必ず魔力が存在するって思っててくれ。で、スキルを使用すると魔力は消費され、魔力が切れると体力に移行して消費を開始する、と。」

 MP切れの概念を説明され、頷く。今までの説明で何ら間違っているところはない。その説明が間違っていないことが間違っているのだ、少女はそう口にする。

 「拓郎から聞かされただろ?【肉体】と【ステータス】は別物で、人の強さはステータスのレベルだけで決まるわけではない、って。」

 確かに言われた。あれは、転移した初日のことである。ステータスのパラメーター項目がそもそも緑朗太のよく知るゲームと酷似していることから、緑朗太自身もいつの間にかそういった類であると信じていたが、実際に目の前でそう言われると、違和感が生じてしまった。

 「ステータスっていうのは、肉体と服の間に存在する薄い膜の部分のことだ。実際に私達の体の力を数値化したわけではない。やれ筋力だ速さだと言っているが、それはHPとMPも同じことが言える。MP切れという現象に関して言うなら、ステータス上のMPを使い切るとステータス上のHPを消費する…この考え方がそもそも間違いだ。」

 「MP切れはHPじゃなくて、自分自身の魔力を消費していたから、起きた、と。」

 「ご明察。私は話が早くて助かるね。先のマーヴィスとの戦闘で気絶をしなかったのは、自分が気絶しないように魔力の底上げとスキルの低コスト化を一時的にだが書き換えたからだ。」

 「勝てたのはお前のおかげか。ありがとな。」

 緑朗太からの感謝に「よせやい、気持ち悪い」と少女が口をへの字に曲げながら嫌悪感を顕にした。嫌がる行為を率先して行うのが好きな天邪鬼だけあって、自分への感謝とやらは好かないようである。緑朗太が頻りに感謝や賛辞を述べ続けると、「自分で自分に感謝する気分はどう?」と返され、敢え無く両者KOという形で収まった。



 「そういえば……なんでいきなりお前にレベルが出てきたんだ?」


 あまりのダメージに思わず横たわった状態で、緑朗太が少女に疑問を投げかけた。こればかりは、緑朗太自身が知りえない情報であり、少女にしかわからないであろう、もしかしたら少女にもわからないかもしれない情報だからだ。

 「先も告げたが、私が私を認識したから。というのが第一条件だ。」

 あまりにも感謝や褒め言葉が苦痛だったのか、苦しそうに胸元を抑えながら反対側の手で人差し指を立てて、1と表す。

 「そして、誰かの為に私を使うための覚悟を決めた。」

 中指を続けて立てて「2」とする。覚悟?なんのことかさっぱりわからなかったが、「誘拐事件だよ」と言われ、ようやく思い出すことができた。確かに、あの時は自身の事よりもカティのことを何よりも優先した。
 作戦を提示した段階で、彼自身絶対に成功をさせたいという思いもあり、それが自分自身の成長に繋がったということかと納得した。

 「そして、今回私はまた1つレベルがあがったというわけさ。恐らくは明確な意志を持って私を発動させたのが理由だろう。」

 2つ目と何が違うのか?そう緑朗太が尋ねると、「大して変わらないんじゃない?」とそれまで明確に答えていたはずの少女が、初めて曖昧な答えを口にした。

 「こればかりは私にもわからない。もしかしたら、レベルが1だとマーヴィスには勝ち目がないと判断したから、無理やり引き伸ばされたのかもしれないな。」

 「誰にだよ」と緑朗太が顔だけを起こしながら少女を見ると少女自身もわからないのか両手を肩よりも高く上げ、お手上げとポーズを取っている。

 「ご都合主義が嫌いな私にとっては苦痛かもしれないけれど、諦めることだね。拓郎を追いかける為だろ?」

 拓郎の名前を出され、寝転がっていた緑朗太はそろそろ自分自身が起きるのだろうと思い始め、ゆっくりと体を起き上がらせる。

 「次もまた寝たらお前に遭遇するのか?」
 「さぁな。今回のようなことは初めてだから何とも言えない。もしかしたら毎晩のように出てくるかも知れないし、金輪際もう出てこないかもしれない。」

 程々という選択肢はないのかな、と緑朗太が考えると「毎晩出てやるよ」と思考を読んで意地が悪そうな顔でニヤつき始める。だが、その発言が本当かどうかは緑朗太でも嘘だとわかった。
 
 「お前の名前はなんて言うんだ?」

 「私は私だからね。緑朗太でいいんじゃないか?」

 「それだと会話が困るだろ。いちいち[最適化]なんていうのも面倒だし、俺だ自分だ私だなんて言ってたら頭がこんがらがる。」

 「そうだな…私は壊滅的にネーミングセンスがないからな。こればかりは他人に決めてもらわないことには――」

 「面倒だし、お前はクロだな。今度から俺のことはロクでお前のことはクロって呼ぶことにするから。」

 「うっわ、最悪だ…。」

 命名:クロは、今日一番の絶望の表情を浮かべると、そのまま大の字で仰向けに寝るように後ろへと倒れた。
 すると、彼女を中心に暗闇だった世界に白が絵の具を垂らしたように白が広がっていき、眩しさから緑朗太が瞼を下ろし、恐る恐る開けると―――ギルド会館の仮眠室のベッドの裏側が視界に飛び込んできた。



 治療員に意識の確認をされ、緑朗太の意識がはっきりとしており、体のどこにも不調がないことから、そのまま仮眠室を後にしてギルド会館に降りる。すると、マーヴィスの酒場には誰もおらず、ギルド会館にいる人物等も緑朗太の姿を見るなり、顔を逸らす始末である。

 そんな彼ら気にもかけず、緑朗太は空いているカウンターに着くなり、外に行く許可書を大至急よこすように職員に詰め寄る。ギルドカードを提示し、それを確認した職員が裏に引っ込むと、そう間を置かずして今まさに緑朗太が降りてきた階段の上からギルドマスターが顔を見せた。

 「緑朗太、こちらへ。」

 言われるがまま、ギルドマスターの後を追うと、執務室へと連れて行かれる。中には誰もおらず、ギルドマスターであるアリバだけである。

 「それでは本題に入ります。此度のマーヴィスとの勝負ですが、なかったことにしていただきたい。」

 アリバからの突然の申し出に、緑朗太は間髪入れずに「断る」と宣言し、アリバもその答えが来るとわかっていたのか、小さな溜息を吐いた。

 「残念ながら、これはお願いではない。命令です。」
 「…理由を尋ねても?」
 「却下です。」

 その言葉に、2人の間の緊張感が高まる。アリバから発せられる敵対の意志と、緑朗太から発せられる拒絶の意志。
 2つの負の感情が混ざり合い、乾燥した室内の空気をより一層重くさせていき、机の上に置かれた陶磁器のコップには音を立てながら罅が入る。

 「これで満足ですか?」

 そうして、緑朗太の首から下げられたギルドカードがアリバ目掛けて放り投げられる。机の上に落ちたそれをアリバの視線が一種落ちるが、すぐに緑朗太へと戻される。

 「そういうことを言ってるのではないのですよ。貴方がマーヴィスと勝手な賭けをしたとしても、あなたを街の外に出すわけにはいかないんです。」
 「……それはマーヴィスさんも仰ってた若手を殺すわけには行かないということで?」
 「わかっているのならば話が早い。つまり、我々は貴方に死んでもらっては困るのですよ。それに、拓郎は彼自身の意思で向かったと教わってるはずでしょう?」
 「それをただ指咥えて見てるだけっていうのが許せないんですよ。」
 「貴方に許される必要はないんですよ。ここでは私の意見に従っていただきます。」

 「嫌です。」
 「子供じゃないんですから、大人としての協調性を――」

 「拓郎の後をどうやったら追っていいのか教えてください。」

 頑なに引こうとしない緑朗太と一向に答えを変えないアリバ。このままでは、門の前でマーヴィスとやり取りをしていたのとなんら変わりはない。唯でさえ気絶をしていた時間もあり、この一分一秒が惜しいというのに、このままでは本当に取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。

 少なくとも、窓の外を見れば明るかった頃に比べると明らかに外は暗闇に覆われており、数時間は経過している。

 互いの主張が拮抗し合う中、閉められた扉が開かれ、マーヴィスが顔を見せた。

 「ギルマス…っと、緑朗太もここにいたのか。」

 アリバと緑朗太の雰囲気を察し、マーヴィスが室内へと入ってくる。そのまま緑朗太の隣に立つと、直立不動の体勢でアリバに向き、アリバの視線が向けられると、要件を口にするのだった。

 「ギルマス、明日緑朗太をヘパージオ平原の先、【ノージス】に向かわせようと思います。」

 緑朗太とアリバは共に驚きの顔を浮かべ、互いにどうしてだという心境であった。

 「マーヴィス、わかっているとは思いますが、例外というのを作るわけにはいかないんですよ。」
 「わかっています。なので、これを作りました。」

 アリバの傍に歩み寄ったマーヴィスが1枚の羊皮紙を差し出す。「後はギルマスの判子だけです。」と、マーヴィスが指し示す場所にアリバが視線を落とすと、そこには後はアリバの判子を押すだけで適応されるDランク昇格許可書と狩猟許可書であった。

 「こいつをDランクにあげさせてください。戦闘能力は十分Dランク相当です。知識も独特ではありますが、数日後には十分に試験を合格できるものであると思われます。」

 抗議をせんと視線を上げたアリバだったが、断固として譲らないと物語るマーヴィスと緑朗太の眼差しを目撃してしまい、屈する他なかった。
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