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第十六章 最終学年

65、夏休み最後の週末

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もう、夏休みも終わりかけて、最後の週末を迎えた。

辻の車が来る時間にはナカが家の前に出てくれていて、さっと坂本に手紙を渡してくれた。

端的に出版社がいるかもしれないので裏口から行くようにとの書き置きだった。


裏口から入ると、他の女中はおどろいていた。
「坊ちゃん、どうしてこんなところから?」
「ああ、たまにはいいだろ。」

神出鬼没の辻ならやりかねないと女中二人は笑った。

そして、辻はリビングにいる佐藤支店長に挨拶し、櫻の部屋へ向かった。

トントン。

「はい。」
「入るよ。」
「どうぞ。」

いつものように、部屋に入ってくるとさっとスツールを出し、そこに座った。
櫻は勉強机の椅子で向かい合いになった。


「先生、実は。」
「うん、さっき書き置きもらったよ。」
「どうやら私を探っている出版社があるようで。」
「そうだね。もし僕が通っていることがバレたらそれは重版になるだろうね。」
「冗談言って。」
「いや、それくらい世間は下世話ってことさ。」
「でも、他人の恋愛とか結婚に何が面白いんでしょうか?」
「これは、僕の所感だけどね、自分より上流階級にいる人だって低俗だって思いたいんじゃないかい?」
「え?」
「江戸の時なんて所狭しと自由恋愛だったんだよ。一部の金持ちや武士を除いてね。町娘は自由に恋愛してた。」
「でも、それは江戸って場所だから。田舎は。。。」
「田舎の研究をしている仲間がいるんだけどね、女学生の君にいうのもなんだけど、祭りとかで恋仲になってそのままことに及ぶなんてこともザラにあったらしいよ。」
「本当ですか?」
「まあ、人間の本能だしね。」
「先生、色々お待たせしてすみません。」
「何を?」
「私がもっと大人だったら。」
「大人だったら出会ってなかっただろ。」
「でも。」
「女学生の君だから、僕は君を見つけられた。」
「でも、佐藤の家にも入れてくれて。」
「僕はね、自分がしていることは全然重荷じゃないんだよ。」
「え?」
「むしろ、楽しんでる。」
「楽しいですか?」
「今度から、この家に来るときは仮装しようかな。」
「先生!」
「ほら、真面目だね。」
「だって、先生、逆に目立ちます。」
「ああ、そっかあ。でも、こんな風になるなんて去年の今頃には考えてもなかったね。」
「そうですね。私、先生のこと、まだ信じられなくて。あのときは。」

はははと辻が笑った。
「そりゃ、身元不明な教師が近づいてきたら怖いよね。」
「身元不明。。。」
「まあ、今はなるべく記事ならないように気をつけよう。しかし、大杉くんと外で会うのもちょっとやめた方がいいかな。」
「先生にお任せします。」
「もし、櫻くんが嫌じゃなかったらこの家でどうかな?」
「え?」
「佐藤支店長が仕事の日にさ。」
「父がいいのなら。」
「まあ大杉くんは僕の車に乗せてくるから、スクープの輩は巻くよ。」


辻は笑っていたが、内心大杉とのことはきちんと進めなくてはと思っていた。
それは櫻はまだ気がついていなかった。
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