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第十六章 最終学年

96、ヨアケハナビラ

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櫻はふと、夜に目が覚めた。
いや、それは夜というよりも夜がふけて、もう朝に近づいていた。

九月の夜は気持ちがいい。
庭の鈴虫はまだ鳴いている。

こうやって夜を楽しんだことはなかったな、と櫻はおもった。

ふと部屋から庭を見ていた櫻は庭に行きたくなった。

父も在宅の女中二人も夢の中のようで、リビングへはそろそろと行った。

「わあ。」

テラスに入ると、月明かりが差し込んで眩しかった。

満月ではないのに、とても不思議だった。

櫻は玄関から持ってきたサンダルを履いて、テラスのドアを開けて庭に出た。

カエルが横切った。
「わ!」

大きな声を出してしまって、櫻は寝ているみんなを起こさないかちょっと心配になった。

「ねえ、カエルさん。」
カエルは止まったまま、佇んでいる。

「私ね、この庭大好き。あなたはいつからいるの?」
カエルはゲコと鳴いた。

「そう。ずいぶん先輩みたいね。私ね、こんな夜更けに楽しい時間を過ごせるのが幸せよ。」
カエルがこちらをみた。

「あなたは私とどこかで縁がったのかしら?」
カエルの目はすわっている。

「あなたは素敵なカエルさんだからちょっと付き合って。」

櫻はもう一度カエルと月を眺めた。
いや、カエルはただ、空を見ていたのかもしれない。
でも、櫻の中では友人になっていた。


「ねえ、カエルさん。私、あなたと一緒に過ごせて嬉しいわ。」

カエルは笑いもしない。しかし、もう一度、ゲコと鳴いた。

「ありがとう。こんなとき、辻先生がいたら、多分、あなたに名前をつけたりするんでしょうね。」

そう。多分、ハイカラな名前をつけて、人間同様に扱いそうだな、と櫻は思った。

どうやらカエルとおしゃべりをしていたら、空が白んできた。

そして、櫻の肩に花びらが落ちてきた。
「なんていうお花のかしらね?押し花にしましょう。」

花びらがお落ちてきたことを見て、再度、櫻は辻との思い出を思いだした。

あれは、紫陽花だった。

この花の名前と花言葉を知りたいと思った。

櫻は夜明けをカエルと迎え、部屋に向かった。

すると、早起きをしたナカがいた。

「櫻お嬢様、こんな早くどうしたんですか?」
「お庭が綺麗で。」
「あらまあ。まだ乙女なんですから、用心してください。」
「いえいえ。あ、ナカさんこのおはなわかりますか?」
「ああ、これは秋桜ですよ。」
「え?」
「櫻お嬢様だから拾われたのかもしれませんね。」
「秋に桜なんて知りませんでした。」
「そう、洋名はコスモスというんですよ。」
「コスモス。。。」
「辞書がありますから、花言葉を調べるといいですよ。」
「そうしてみます。」

櫻はワクワクした気分で、自室へと向かった。
花言葉は「乙女の真心」と書かれていた。
その言葉をしっかりと心に刻んだ櫻だった。
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