たぬきの嫁入り

いんげん

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後編

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お屋敷の、中庭を臨む部屋。
その柱に押し付けられ、頭の上には文鎮を当てられている。

「やはり、とまったのかしら」
「そうだな」

月に一度、背丈を図られている。
その印は、もう何か月も動いていない。瞬く間に伸びた身長は止まり、見た目の成長も止まったようだ。
二年半ほどで二十歳まで成長し、この半年は変化なしだ。

「もーいい?」
「ああ」
「やったぁ」

頭上の文鎮が、秋久の懐にしまわれた。
それと同時に、私は膳に置かれた団子に飛びついた。

「いただきます」

いつも、大人しくしていると団子がもらえた。
私は、目を輝かせて串をつかみ大口を開けて食らいついた。

「中身は、幼子の頃や、たぬきの頃から変わっていないのにな」
「そうですね」

秋久の言葉に、母が袖で口を隠して笑っている。
最近の母は、私に美しく重い着物を着せようとする。
しかし、ずるずる引きずる着物なんて冗談じゃない。
相変わらず小袖姿で走り回っていたら「足が見えておるではないか!」と怒られ、以来袴も履かされ、いつのまにか水干にかわった。客人があるときは、菓子を釣り餌にして、ここぞとばかり豪奢な着物を着せられる。
母は、髪も必要以上に伸ばそうとする。
まだ背が半分くらいだったときは、邪魔だから切ってというと嫌々ながら鋏をいれてくれたのに、もう絶対に切ってくれない。
秋久に頼んでも「勿体ない」「姉上が恐ろしい」と逃げていく。
腰まで伸びた髪は、頭からしっぽが生えているようで妙な気分だ。

「なんか、ひった?」
「いいえ、なんでもありません。おたぬは変わらず、ずっと可愛いという話です」
「ほんと?」
「ああ」
「私の顔、まんまる?」

団子を口に詰めた私は、串を皿に投げ、立ち上がった。

秋久とは、小さな頃よりは目線が近くなった。
でも、その胸あたりで止まってしまった。
秋久に接近し どん、と体当たりをしたが秋久の体はびくともしない。最近気が付いた、秋久は体躯が割としっかりしている。たぬきの頃、彼がガリガリだと思ったのは勘違いだった。

「まんまるかどうか……そうだな……」

秋久の大きな手が左右合わさって円を作った。
その手が、私の顔に当てられた。その円から顔を出そうと、背伸びをする。

「どちらかというと、卵だな」
「そうですね、とても美しい卵です」
「えー!じゃあ、鼻は?大きい?黒い?」

鼻を見ようと目を寄せてみたが、みえない。
だから、指でつまんだ。

秋久は、うっすら笑いながら、思案する顔をみせて
「丁度よい」
と頷いた。

「そう怒った顔をするな」

少し眉を下げて、とろけたように笑う秋久に、あいかわらず尻が、うずうず。

結局よく分からない。
屋敷に鏡はあるけれど、すぐに変わってしまうから見ていなかった。
私は、秋久の細い顔を掴み、引き寄せた。

「おたぬ?」
秋久の顔は細くて小さいが、抵抗にあって重い。
「わたし見せて」
「は?」
「あー、秋久の目に映った、おたぬですか」
「そう!」
「それは、参考にならん。私の目に映る おたぬは愛らしいに決まっている」

秋久が、縦長の目を見開いた。
変な顔だったから思わず笑って、その顔を ぽい と捨てた。

「じゃあ母の」
「私もですよ。この世で、そなたほど愛しい者はおらぬ」
「えへへへ」
「おたぬの部屋にも鏡を置きましょう。ああ、やっと容姿に興味をもってくれましたか。何を買いましょうか」

まぁ、まぁ と手を合わせながら、母が部屋をうろうろと歩き回った。
なんだか、面倒なにおいがする。
ちらりと秋久をみると、姉を見て苦笑している。

「姉上、反対はしませんが、きっと無駄になりますよ。おたぬが、大人しくしているはずがないです」
「いいえ、おたぬも、そろそろ大人の女性として……」
「外で遊んできます」
私は、しっぽを巻いて逃げ出した。

それから、母は、私に色々な事を習わせようとした。
琴、書、刺繍、どれも長続きしなかったけど、踊りと鼓だけは面白くて続けた。
とくに、鼓。
あれはとても、良い。
たぬきの心をくすぐる。
ぽん
という音を聞くたびに、しっぽが飛び出るものよ。
思わず打ち鳴らしながら、ぴょんぴょん飛び回っていたら、耳まで生えてしまった。

それは、秋久にも母にも秘密にしている。

しかし、夜な夜な打ち鳴らして居たら、秋久に叱られた。

「静かにせい。夜は寝る時ぞ」

現れた秋久は、普段のお堅い恰好ではなく、白の小袖姿だった。
ゆらゆらと揺れる燭台の灯りで着物は柿色に見える。

なんだか、妙な心地の悪さが込み上げてきて、やめろと言われた鼓を ぽんぽん鼓動に合わせて打ち鳴らした。

「おたぬ、皆が気になって眠れぬぞ」
「それ以上、こっち、こないで」

私の部屋に足を踏み入れてきた秋久に、ぴしゃりと言い放つと、秋久は胸の前で片手を上げて止まった。
燭台の蝋燭が、じじじ と音を立てている。

長い指に目が行くと、節くれだっていて母のより堅そうなのに、あれで撫でられたいと思った。
そんな自分に、はっとしてイライラした。

「何を怒っている」
「怒ってないよ!」

完全に怒っている私に、秋久は笑った。
秋久は不細工である。
顔は、ちいさな細顔で、威厳は何もない。ぱっと見は意地悪な狐だ。
なのに、その顔に胸がむずむずする。
気になって、ぼうっと見てしまう。

「もうやめて寝る」

鼓を枕元に置いて、布団を頭まで被り丸くなった。
すると、衣擦れの音が近づいてきて、秋久が枕元で止まった。

「いい子だ。おやすみ、おたぬ」

ぽんぽん、やさしく布団が叩かれた。
すると、ふわぁ と心に温かい光がひろがった。
体中が、そわそわする。
走り出したい気持ちだ。

「秋久!」

私は、布団から飛び出して、背を向けていた秋久の背中に抱き着いた。

「おたぬ! 危ないぞ」

秋久は、慌てて蝋燭を吹き消した。
火事になれば、屋敷どころか町すら危うくなる。

「秋久」
「なんだ?」

秋久が顔だけ振り返った。
人間には月明りだけでは物は見えないらしいけど、私にはよく見える。

「私がねるまで抱っこして、ウバステババみたいに」
「それはできぬ」
「なんで!」

いつも甘いくせに、ゆうことをきいてくれない秋久に むっとして背中に頭突きした。

「そなたが大人の姿になったからだ」
「大人の男女もだっこするでしょ」
「それは夫婦めおとになった二人がすることだ」
「じゃあ、それになろう!」

満面の笑顔でお願いした。
すると、秋久は私の腕を解いて、私に向き合った。

「そなたには――まだ早い」

秋久は笑った。
片方だけ口角を上げて、片目をつぶって。

いじわるそうに、笑った。

私は、しっぽが飛び出て。
その場に崩れ落ち、体が勝手に寝たふりを始めた。

「おたぬ、大丈夫か?」

心配した秋久が、燭台を置いて、私を抱き上げ布団にしまった。
そして、再び「おやすみ」と声をかけて去っていった。


なんなの、何で断るの!

秋久なんて、不細工だから嫁来ないのに。
私がなってあげるのに!

早いってなに。

くやしい。

くやしーーーい!

次の日、私は大人の女性みたいな着物を着た。

これで明日になったら、秋久と夫婦になれるかな?









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