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第二十三話 結婚生活

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 寧々は、あの美怜の言葉を、大学の卒業間近で理解した。
 
 当初は、自分は詠臣の出世の馬かと思った事もあったが、今では違うと思っている。詠臣は自分の実力だけで驚異的に階級も上がっているし、海竜被害から日本を守る第一線のエースだった。本人の宣言通り、怪我することもなく健やかだ。それに優秀さと人柄、優れた容姿とカリスマ性で、軍の中にファンが多かった。

 そんな彼から指輪を贈られ
「卒業したら、結婚してください」
 と、真摯にお願いされて、断れる女性は居ないと、寧々は思った。
 しかし、健康面で就職は難しいとしても、幾つか在宅の仕事が決まっていたし、寧々は一人暮らしをしてみたかった。
 それを伝えると「それは、おすすめできませんし、空将も許可しないと思います。私も、心配で眠れません」と悲壮な顔で言われてしまった。
そして、会うたびにくどかれ、卒業前に同棲が始まり、ごく少数の結婚式を執り行った。

(美怜ちゃんの言う通りになったなぁ……)

 寧々は、隣で眠る詠臣をジッと見つめた。
 出会ってから、二年で結婚して、この生活も三年が過ぎた。
寧々は二十五歳、詠臣は二十九歳になった。詠臣は、出会った頃から落ち着いていたが、より精悍になり大人の男としての色気まで出てきたと、寧々は思っている。

(どんどん格好よくなるなんて……反則です。結婚して、もっと好きになるとは思わなかった……)
 寧々は、伏せられ影を落とす睫毛に、手を伸ばし、触れる前に戻した。
(肌綺麗……髪の毛、漆黒で艶々、鼻が高い、眉毛が格好いい、唇が……色っぽい! 鍛えられた逞しい胸に抱きつきたい!)
 寧々は、滅多に見られない詠臣の寝顔に、大興奮している。しかし寧々が少しでも動くと気配に聡い詠臣が起きてしまうので、ぐっと耐えている。

(好きすぎて、苦しい……これ、言ったら、また美怜ちゃんに呆れられちゃうけど)
 チラッと視線を時計に向けると、詠臣が起きる十分前だった。今日はお休みだけれど、詠臣は、休みの日でもランニングを欠かさない。そろそろ、起きる頃だし、やっぱり触ってしまおうか、と詠臣の顔に手を伸ばした。
「おはようございます」
 寧々の手が詠臣の頬に触れる前に、詠臣の目が開いた。寧々は、起き抜けは、ぼーっとするタイプなので、同棲当時は、起きた瞬間からシャキッとしている詠臣が不思議でたまらなかった。

「おはようございます」
 寧々が答えると、詠臣が目を閉じて優しく微笑んだ。
「あぁ……」
 寧々がベッドに顔を埋めて、足をバタバタさせた。
「どうしました⁉」
 詠臣は、急いで体を起こし、うつ伏せで悶える寧々の肩に優しく手を置いた。いざというとき飲むベッドサイドのクスリに手を掛けようと思ったら、寧々が首を回して振り返った。
「詠臣さん……これ以上、素敵にならないでください」
 寧々の言葉に詠臣が、キョトンと目を見張った。

「私は、別に素敵ではないです。普通の男です」
 具合が悪いわけではないと知り、安心した詠臣は、もう一度横になった。
「普通の男?」
 驚いた寧々が、ガバッと手をついて起き上がった。
「はい、特別何と言うこともないと思います」
「……詠臣さん、本気ですか?」
 寧々が四つん這いで移動し、横になる詠臣に覆い被さった。
「はい」
 詠臣が寧々を見上げて頷いた。
「……こんなに整った顔をしているのに?」
 詠臣の顔の横に付いた右手を、詠臣の頬に移動させた。

「あるべき物は、所定の位置に付いてますが……」
「所定の位置……黄金のバランスだと思います。最初にあった時は、精悍なお内裏様だと思いました。最近は更に、頼もしさがまして……魅力的過ぎます」
 寧々は恥ずかしくなって、詠臣の胸元のTシャツに額を付けた。そして、そのまま詠臣の胸の上に縋り付くように抱きついた。
「寧々に、そう思って貰えるなら良かった」
 詠臣の腕が寧々の背中に回った。
(し、幸せが過ぎて死にそうです……胸はドキドキで、顔は熱いし、きゃーって叫びたい、でも我慢、我慢)

「貴方と居られて幸せです。魅力的なのは、いつだって寧々の方です」
 詠臣が、少し首を起こして、寧々の髪に顔を寄せた。
「詠臣さん……」
 寧々が顔を上げて、よいしょ、と上へあがり詠臣の頬にキスをした。
「寧々……」
 微笑む詠臣が、寧々を抱きしめながら体を起こして、その細い体をギュッと抱きしめた。
「お亡くなりになった空将が、いつも孫は華よりも可憐で美しく、賢くて優しいと言っていました」
「お爺様……そんな恥ずかしいことを! 孫だからですよって何時も言ってたのに」
 去年、病気でこの世を去った皇成は、最後まで孫の心配をしていた。くれぐれも、よろしく頼むと詠臣に何度も語りかけていた。
「私も空将と同じ意見です。今まで何度、貴方を狙う不埒な男を警察に突き出した事か……」
「すみません」
「寧々が悪いわけではありません。ただ、気をつけてください。近づいてくる男は全て敵だと思って欲しいくらいです」
「それは言い過ぎですよ」
 笑いながら、寧々は詠臣の腕の中から抜け出した。
「言い過ぎていません」
 真剣な目をした詠臣が寧々の肩を掴んで言った。
「じゃあ、詠臣さんも近づいてくる女性が全て、詠臣さんに惚れているって思ってください」
「それは無いですが、妻以外の女性に興味が無いとは常々言っていますし、周囲もそう理解しています」
「……負けました」
  土下座をするようにベッドに突っ伏した寧々に、詠臣が「私が寧々に勝てたことなんて一度もありません」と笑った。
「折角の休みですし、出かけますか?」
「はい」
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