神様のひとさじ

いんげん

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食べ物

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 食堂は、真っ暗だった。
 ヘビが電気を点けると、手前のテーブルには、小さなお握りと、厚切りのハムが置かれていた。小さなお握りは、まん丸で、ハムも断面が円で、真っ赤なケチャップが塗られていた。

(美味しそうじゃ無いのに、また見当違いな食べ物なのに……どうして嬉しいんだろう。まだ食べてないのに、胸が苦しいよ)

 ラブの目が潤んだ。

 ヘビは、お皿の向かい側に座った。長い脚が、窮屈そうにテーブルの下に仕舞われている。ラブは、一瞬悩んで、ヘビの隣に座った。

「おい、普通、向こう側に座るだろう」
 眉間に皺を寄せたヘビは、椅子を動かし、ラブの方を向いて座り直した。そして、お皿をラブの前まで引き寄せると、テーブルに肩肘をついた。

「まぁ、いい。さっさと食べろ」
「……うん」
 ラブがお皿を覗き込むと、涙が二つ落ちた。

「お前、稲子と驢馬と揉めて、拗ねてたのか?」

 ラブは、怒った顔をして、ヘビを睨んだ。

 ヘビは、ハジメから報告を受けた。『ラブ、稲子、驢馬の三名が居住区で言い争いをした』報告内容は、それだけだった。

「どうせ、アイツらが余計な事を言って絡んできたんだろ? 此処の人間関係は閉塞的で、一生涯続く。適当に流せ。大きな問題があれば報告しろ、必要なら介入する」

 ヘビは、気まずそうに目を伏せた。
 彼は、人の気持ちを推測するのが苦手だった。コロニーの人間関係の些末な問題は、フクロウが解決していた。解決と言っても、殆どが、とりとめない話を聞くだけで、なぜ何も解決していないのに相手が納得しているのか、疑問だった。

 ラブの不満そうな顔が、ヘビを責めているようで、彼は目を逸らし、お握りに手をのばした。
 それを、ラブに手渡そうと、差し出すと、ぱくり、ラブがお握りにかぶりついた。

「おい……だから、自分で食えと」
 ヘビの小言を無視し、ラブが空中に目線を送り、お握りの味を探るようにゆっくりと噛みしめた。
 どうだ? ヘビの目がラブに問いかけている。

「……最初はつぶつぶしてるけど、そのうち居なくなる」

 ラブの感想は、味ではなく食感だった。
 どうやら、旨くはないようだと悟ったヘビは、小さく溜め息をついた。

「ほら」
 ラブの心の問題から逃げた後ろめたさが、ヘビを甲斐甲斐しくさせた。
 お皿にのったフォークを手に取り、厚切りハムを切り分けて、差し出した。

「えへへ」
 ラブが嬉しそうに、ハムに食いついた。
 ラブのモグモグする顔を、ヘビが、じっと見つめている。

「……ちょっと、くさいけど、上に塗ってる赤いのは、嫌じゃ無いかも」
「ケチャップだ。朝食べた、ミニトマトの仲間みたいなものだ」
「へー、ごちそうさまでした」
「まだ一口ずつしか食べてないだろう」
 ヘビの鋭い目が、くわっと見開いた。

「んー、貸して」
 ヘビの手からフォークを取り上げたラブは、下手くそにハムを刺した。
 やっと自分で食べる気になったのか、ヘビは、ラブの方に乗り出していた体を、椅子の背もたれに預けた。

「はい、ヘビ。あーん」
「は?」
「召し上がれ」
 ラブは腰を上げて、ヘビの太股に手をついて、フォークをグイッと差し出した。ハムが今にも落ちそうだ。

「やめろ、お前が食え」
 ヘビが仰け反って顔を逸らした。

「ラブ、もう良いから、ヘビがどうぞ」
「お前、本当に死ぬぞ。お前が今日、摂取したカロリーは、百に満たない」
 ラブの握るフォークは、ヘビの大きな手に奪われ、「食え」と差し出された。
「……」
 渋々、口を開いたラブが、複雑な表情で咀嚼する。

「……」
 ヘビは、溜め息をついて、席を立って歩き出した。

「ヘビ?」

(ヘビ、怒ったのかな……ヘビがくれた食べ物、間違いだし美味しくないけど、文句言わなかったのに、美味しいっていった方がよかったんだ)

 ラブは残った、ご飯を見下ろして、縮んだように傷む胸に手を当てた。
 少し経つと、ラブの視界にヘビのブーツが入り込んできた。

「ほら、これはどうだ?」

 ラブの前に、お皿が置かれた。
 これは、きっと。唐辛子せんべいだ。まん丸の、赤い、おせんべいだ。

「……どうした?」
 目を丸くして、口を開いたラブが、時が止まったように動かないので、ヘビが屈んで覗き込んだ。

「ありがとう! ラブ、嬉しい! とっても嬉しい!」
「あ、ああ……そうか」
 ヘビの口が引き結ばれ、顔が逸らされた。

「いただきます!」
 ラブの手が、おせんべいを掴み、かみ砕いた。

「ひぃあああ!」

「ど、どうした⁉」
 ラブが、せんべいを皿に戻すと、両手で口の中を扇ぎだした。

「おく……おくひぃ、イタい! おくち、いたぁぁい」

 ラブは立ち上がり、吸水機へと走った。
 コップの水を、ゴブゴブと飲み干すラブを、ヘビが呆然と見守っている。

「……バカ! ヘビの馬鹿、それ食べ物じゃ無い!」
「た、食べ物だ! 痛いじゃない、それは辛いだ」
「ラブのこと嫌いなの⁉ でも、酷いよぉ」
「別に嫌だとか、そういう感情はない」

「ラブは、ラブは……今日、ヘビに会いたくてワクワクしてた、ヘビの事ばっかり考えていた。でも、会いたく なくなって、名前呼ばれたら嬉しくて、ラブは、こんなにヘビの事で一杯なのに、ヘビは違うし、ラブのことが鬱陶しいの?」

 言葉の波と共に、ラブがヘビに迫った。小さな体で威嚇するようにヘビの元までやって来たと思えば、目の前で頭を垂れて、しょんぼりしていた。

(太陽が昇れば、明るくて、雨が降れば地が潤うように、定められた相手って、絶対じゃないの? 誰に教えられた訳じゃ無いけど、私は、そうだって理解してるのに……まさか、あのAI神を名乗る悪魔に毒されて……)

 ラブは、思考が止まらなくなった。その間、ヘビも物思わしげにラブの つむじを一点に見つめていた。
 先に口を開いたのはヘビだった。

「俺は、この二日、お前の事で気をもんでばかりだ。お前は普通じゃ無い。言動も子供以上に突拍子も無いうえ、食事もしない。何か、やらかしているんじゃないか、今、何してるんだ……何なら食べるんだ。思考をお前に乗っ取られていた。こんなに疲労感を感じることは無い……だが」

「やっぱり、嫌いなんだよぉ」
 ラブは、顔を上げて、八つ当たりで、ヘビの胸を強く押した。しかし、ヘビはビクともせず、ラブがフラついた。

「……おい」
 直ぐ後ろの椅子に接触しないよう、ヘビが腕を回して、ラブを引き寄せた。

「すぐに騒ぐな。暴れるな。人の話を最後まで聞け」
 ヘビの声も、表情も冷静で、ラブには冷たく拒絶しているように感じられた。

「聞きたくないんだもん。もう良いよ、ラブ、一人で頑張る!」
 ラブは、ヘビの腕の中から抜け出した。

「おい!」
 ヘビの顔を、睨み付けて、ポケットの中から、空のケースを取り出すと、ヘビのツナギの胸元にねじ込んだ。

「ごちそうさまでした!」
 ラブは、逃げるように走りだした。後ろからヘビの困惑した声だけが追いかけてきたが、すぐに聞こえなくなった。


(もう良い、朝になったら自分で赤い実も探すし、何でも自分一人で、やる! ヘビになんて、頼らない)


 悲しみと、寂しさが怒りにすり替わって、湧き上がる力になり、何でも出来る気がしていた。


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