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ヘビの好きなもの
しおりを挟む食堂に戻ると、サルーキはラブから離れて駆け出していった。
あっ、とサルーキの背を視線で追っていると、中からやってきたヘビに声を掛けられた。
食堂には、もう人は残っていない。
「お前、食堂すら迷うのか?」
「……ヘビ」
ヘビの顔を見て、ほっとしたラブは、情けない顔でヘビに近づいた。
「ヘビ……」
ヘビのツナギの肘の辺りを掴んだ。
別れた時には、怒っていたラブが、しおらしくてヘビは困惑した。
「どうした?」
「……ヘビ、ラブはヘビと居ると安心するよ」
俯いて愁傷な事を言いだしたラブに、いよいよ心配がつのる。
「お前、本当にどうした。何があった?」
ヘビは、体を倒しラブを覗き込んだ。ヘビのうねる髪が、かけていた耳から広がっていった。
「なんでもない」
ラブは、ふるふると首を振った。そして頭でポニーテールが揺れるのを感じ、手を当ててゴムを取った。
それから、ヘビの髪に手を伸ばした。
「……」
ヘビは困惑しながらも、ラブの行動を見守る。
「ヘビ、小さくなって」
「無理だ」
直ぐに答えると、ラブがむっとした顔をして、ヘビは何処か安心したように息を大きく吸った。
「あっち、座って」
「食事しろよ」
「終わったらね」
ヘビは、用意していた皿を手にして、ラブの指定した席に座った。トレーには、丸く握ったお握りと、トマトがのっている。
「ヘビの髪の毛は、ラブの髪の先っぽと一緒だね」
楽しそうに髪を弄るラブと、固まって席に座っているヘビ。
ヘビの肩と首は、緊張していた。
「髪質が違う」
「そう?」
「お前の方が、柔らかそうだ」
ヘビのうねる髪を後ろで一纏めにした。そんなに長くない髪は、筆先くらいの量にしかならない。サイドの毛は逃げていった。
「ラブの毛、触る?」
「……」
ラブは、くるんとした毛先を掴んで、ヘビに差し出した。ヘビは、暫く固まり、右手をピクリと動かした。
「触らないよね」
ヘビの手が上がる前に、ラブの腕は下げられた。ヘビは数回瞬きをした。
「……良いから、食事しろ」
ヘビが隣の席の椅子を引いた。
「はーい」
ラブは席に着いて、いただきます、とトマトを手に取った。かぶりつくと、ボタボタと溢れた果肉を、ヘビがお皿で受け止めた。お握りは彼の手に取られている。
「おい、しいよ」
ラブの演技は、ヘタだった。
「嘘つくな。食べればそれで良い。不味くても。生きるために必要だ」
「……怒らない?」
「ああ」
「味はしないけど、嬉しいよ。ヘビが私の為に用意してくれたから」
「ああ」
ヘビが、ラブの口に向けて、お握りを差し出した。
「えへへ」
ラブは、用意された物を最後まで、ニコニコしながら食べた。空になった皿を見て、ヘビがそっと微笑んだ。
「あれ? お二人さん、お揃いで」
食堂の前を通りかかったフクロウが、顔を覗かせ、ニヤニヤと微笑んでいた。
「フクロウ、調査隊の収穫物はどうだった?」
「暫く食卓が豊かになること間違いなし。何と野生の牛が居たんだよね。どっかのコロニーで生み出されて自然繁殖したのかなぁ。他にも色々あるよぉ」
「確かめに行く」
ヘビが席を立って、フクロウに歩み寄った。
「いやいや、ヘビ今日は休息日だから、どうぞ、どうぞ、いつのも、ルーティーン通りやって」
「いつも何してるの?」
ラブが、目を輝かせて二人の元へ走った。
「お前には関係無い」
「パパが教えてあげよう。ヘビは、休みの日は、大体、無駄を楽しみにいくんだ」
「フクロウ……」
「無駄?」
「そう、効率が全てみたいに生きてるけど、本当は無駄が大好きなんだよ」
フクロウは、面白いネタを披露するように、満面の笑顔で両手を広げた。
「違う」
ヘビの目は、鋭いを通り越して鋭利な刃物のようだ。
「無駄って?」
「無くても良いものかな? このコロニーにも、無くても良いものが幾つかあるんだ。設計した過去の人類が、新たに生まれる人間に癒やしとか、楽しみを与えようと思ったんだね。ヘビ、そういうの好きで、ぼけーっと眺めてるんだよ」
可愛い所があるだろう、フクロウはオールバックの頭をヘビの肩にのせて、振り落とされている。
「何処にあるの? ラブも見たい」
「連れてって貰いなさい。それを、デートと呼ぶのだよ、娘よ」
「断る」
「でも、ラブ……さっき土竜に、俺達の集会に来いって言われたのを、ヘビと約束があるって断ったの!」
フクロウと、ヘビの空気がピンと張り詰めた。
二人が目を合わせている。
「いいかい、娘。土竜たちの集会には顔を出さない方が良い」
フクロウは、ラブの側に寄って小さな声で言った。
「何、してるの?」
「あー、まぁ……酒を飲んで、男女で騒いでる。AIは、繁殖の実績に至っている、と規制しないが、色々とトラブルが多い。殺傷事件も起きた。暴力事件も茶飯事だ」
フクロウが、言いにくそうに語った。ラブは、助けを求めるようにヘビに視線を送った。
「……良いか、今からお前と過ごすのは、あくまで保護だ」
「ん?」
「デートに連れてってくれるって」
フクロウは、口に手を当ててニヤニヤと通訳した。
「訂正しろ。保護した犬の散歩だ」
「わおーん」
犬の真似をしたフクロウに、ヘビが冷たい視線を送った。
「わんわん!」
楽しくなったラブも、フクロウに体を寄せて真似をした。すると、ヘビが無言で背中を向け歩き出した。
楽しんで来て、フクロウは親指を立てて、ウィンクをした。
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