神様のひとさじ

いんげん

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したいと思わない事は、してくれなくていい。

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「鳩、ラブもお仕事しようか?」

 フラフラと畑までやってくると、鳩がニワトリ小屋の金網を掴んで中を覗いていた。
「ラブさん、おはようございます」
 鳩がラブを振り返り、大きな体を二つ折りにして頭を下げた。

「何してるの?」
「いやぁ……卵を採りたいんですけど、俺、凄くニワトリたちに嫌われてて、攻撃されるし、糞かけられるから、頃合いを見計らってました」
 一羽の攻撃力は高くない。しかし二十羽になると、それなりに大変だ。

「そうなの? じゃあ、ラブやるよ」
 ラブは、言い切る前に、扉の前に置かれた籠を手に取って、ニワトリ小屋の扉に手を掛けた。
「あっ……ラブさん」
「お邪魔します、卵下さい」
 ラブが小屋の中に足を踏み入れ、ニワトリたちが暴れ回るのを想像した鳩は、ギュッと目を瞑ったが、いつまで経ってもニワトリたちの鳴き声がしないので、ちらっと瞼を持ち上げた。

「卵、何個貰えばいいの?」
 金網の中から、ラブが聞いた。
 二十羽のニワトリたちは、小屋の端に大人しく座っている。

「えっ……あっ、有るだけ採ってください」
「わかった」
 ラブは、籠を手に小屋の中を歩き回り、卵を採取した。

「他には何かやる?」
「あっ、じゃあ、ついでに水を替えるので……」
「うん」
 ラブと、鳩は役割を分担し、動物たちの世話を行った。動物たちは、ラブの指示に従い、大人しくしている事に、鳩は驚き、感心した。

「じゃあ、最後に、このダストシューターに、ゴミを全部入れちゃいますね。落ちないように気をつけてください。戻って来られませんから」
 鳩は、畑の壁に埋め込まれている、ダストシューターの鉄扉を開いた。扉は一メートル四方の大きさがある。

「何処へ行っちゃうの?」
「詳しくは知りませんが、細かく切り刻まれて、堆肥にされたりするみたいです」
「へぇ~、よく分からないね」
 二人は顔を見合わせて笑った。

「そうですね。それより……ラブさん、凄いですね」
 作業が、予定より早く終わったので、二人は木の根元で、お喋りをすることにした。ラブの膝には、サルーキが頭を乗せて寛いでいる。
「そうなの?」
「はい、こんなに動物に好かれるなんて、特技みたいなものですよ」
 鳩に拍手されて、ラブは嬉しくて、はにかんで笑った。

「鳩は特技ある?」
「えっ……特技ですか? え……頭も良くないし、気も弱いし……あえて言うなら、体が大きくて頑丈なことぐらいですかね」
 鳩は、昔から人一倍、大きかった。不幸なことに、それは自分が小さいことを気にしていた驢馬のコンプレックスを刺激し、嫌がらせを受ける対象になった。同じく、昔からヘビも背が高かったが、余りに出来が違う彼は、妬み嫉妬の対象にはならなかった。

「鳩は強い?」
「残念ながら……強くは、ないですかね」
「どうして? 優しいから?」
 ラブは、ヘビよりも背が高く、ウェイトもありそうな鳩を見上げ、首を傾げた。鳩は、ラブに対しても腰が低い。

「それは、コイツが馬鹿で、気が小せぇからに決まってんだろ」
「驢馬……」
 二人の背後の木陰から、驢馬が現れた。背後には彼の取り巻きの同世代の青年がニヤニヤ笑って立っている。サルーキが、ラブの影に隠れて唸りだした。

「そろそろ、お前の仕事が終わった頃だろうから、俺達を手伝わせてやろうと迎えに来てみれば……女とお喋りとは、偉くなったなぁ」
 驢馬が、体育座りをして居た鳩の背中を蹴りつけた。

「ちょっと! 意地悪やめて!」
「ワンワン」
「はっ、意地悪って何だよ、コミュニケーションだろ」
「意地悪だよ!」
 なおも鳩を蹴ろうとする驢馬を止めようと、ラブが立ち上がり、驢馬に腕を伸ばした。

「ラ、ラブさん……大丈夫です。全然、問題ないです」
 鳩は、困ったように笑いながら立って、二人の間に立った。相変わらず、姿勢が悪く前屈みの為に、少し小さく見える。

「だろー、ちょっとじゃれてるだけだ」
「じゃあ、ラブも あなたの事、蹴る!」
「やれるもんなら、やってみろよ」
 驢馬は、ラブを馬鹿にしたように笑い、手招きをした。
 ラブは口をヘの字に曲げて、拳を握り、驢馬に一歩近づくと、取り巻きの男達が、囃し立て始めた。畑で暮らす動物たちが、鳴き声を上げたり、騒がしく飛び回っている。

「ろ、驢馬さん、もう、行きましょう」
 不穏な空気を感じ、鳩が驢馬の腕を引こうとすると、驢馬は鳩の腹を殴った。鳩が前屈みになり、尚も笑っている。

「最低!」
 頭にきたラブは、驢馬に向かって行った。驢馬のツナギに掴みかかろうと腕を伸ばしたけれど、手は届かずに両手首を掴まれた。

(あれ? 全然、手が動かせない!)

 ラブは、ヘビや鳩と違い、目線も同じくらいの驢馬を、敵わない存在だと思っていなかった。
 しかし、現実的に力の差を思い知らされて、ショックを受けて呆然と驢馬と目を合わせた。

「おい、さっきまでの威勢はどうしたんだよ」
「……」

 ラブは、一歩足を下げて、驢馬の腕を引き剥がそうと藻掻いたけれど、腕を引くことも出来なかった。
 怖い――初めて直面した感情に、ラブの顔が泣きそうに歪んだ。

「気の強い女は嫌いじゃねーぞ」
 驢馬は、ラブを引き寄せて顔を近づけた。ラブは、必死に仰け反った。

「キボコは嫌いじゃないけど、貴方は嫌い!」
「あぁ?」
「ワンワン!」
 けたたましく吠えていたサルーキが、駆け出した。一斉に皆の視線が注がれた先には、ヘビとクイナが、此方へ向かってきていた。

「何を揉めているんだ」
 いつになく低い声のヘビが聞いた。彼の鋭い視線が、ラブの腕を掴む驢馬に向けられた。そして、その視線は驢馬に注がれ、目が合った驢馬は慌ててラブの腕を離した。

「なっ、何でもねぇよ。この女が殴り掛かってきただけだ」
「……」
「行くぞ!」
 ラブが言い返すことなく、俯いてワンピースの裾を握りしめていると、驢馬たちは、いそいそと、その場を立ち去ろうと歩き出した。

「驢馬」
 目の前を通り過ぎる驢馬に、ヘビが声を掛けた。驢馬は、ぎくりと体を揺らし、足を止めるもヘビを見ようとはしない。

「AIも、執行部も同性間の諍いや、多少の暴力には介入せず、ペナルティは科さないが、異性へのそれは話が違う。疑われる行動は控えた方が良い。周囲で傍観していた者たちもだ」
「……」
「ヘビさん、今のは本当に何でも無いんです」
「本当に誤解ですよ、気をつけます」

 取り巻き達が、両手を上げて手を振りながら、情けなく笑い、押し黙った驢馬を促し、去って行った。

 以前、彼らは若気の至りで、粋がって執行部に楯突き、暴力に訴えたが――一瞬で制圧され、一週間ほどコロニーから追い出された。それ以来、言動は少し大人しくなった。

「……ラブさん、大丈夫?」
「……」
 驢馬たちが去って、クイナがラブに寄り添った。
 鳩と、サルーキも心配そうにラブの様子を窺っている。

「……おい」
 ギュッと目を瞑って俯いているラブの様子が気になって、ヘビも歩み寄りラブの顔を覗き込もうと体を倒した。
「男さん……ラブと全然違った」
「は?」
 ラブが顔を上げて、ヘビに掴みかかる様に迫った。

「ラブの方が、全然弱かった!」
「あ……当たり前だろう。お前、驢馬に勝てると思ったのか?」
「どうして勝てないの⁉」
 ラブは、怖くて、悔しくて目に涙が浮かんできた。

「どうしても、何も……」
 ヘビは、どうしたら良いのか困惑した。ラブが本気でこんな質問をしているのか、精神的な動揺から言っているのか、両手を広げ、目を泳がせた。

「ずるいよ、男さんのが強いのずるい!」
 ラブの無茶苦茶な訴えに、クイナが目を見開いていた。

「か、必ずしもそうとは限らない」
「ん?」
 ラブは、ヘビを下から睨み付けた。

「俺は、お前に何時も振り回されてる。それに……よく考えてみると、俺はお前の手下のような行動をとっている……なぜ、俺はお前の機嫌を取るようなことを?」
 ヘビが、首を捻りだした。

「恋愛は惚れた方が負けだと聞いた事があります……あっ、すいません何でも無いです。黙ります」
 口を挟んだ鳩が、ヘビに睨まれて小さくなった。

「ラブ、男さんが良かった。なんで女なんだろう」
「それは、私にも少し分かる感情だわ」
 クイナが同意すると
「それはちょっと!」
 と鳩が再び口を挟んで、顔をそらした。

「思考が短絡的すぎる。困ったら助けを呼べば良い」
「AI神に?」
「……俺でも良い」
 ヘビの声は、小さく掠れていた。

「ん?」
「俺は、このコロニーの出来事に責任がある……」
「それで、ヘビがいつも通り、ご機嫌悪い感じで、嫌々ラブの面倒見るの? ラブにしてあげたいと思わないこと、しなくて良いって言った」
 ラブは、握っていたヘビの服を離した。

「……お前が、困っていれば、個人的に気がかりにはなる」
「どういうこと?」
 ラブが眉を顰めた。クイナは、すっと二人から離れ、鳩に この場から離れようと目配せをした。鳩が頷き、クイナの後を追った。

「だから――お前に何か有れば、確認したいから、呼び出せ」
 ラブから視線を逸らしているヘビは、視線をラブの端末に向けた。

「確認してどうするの?」
「いや、違う。何かある前に言え。お前に何か有るのは……あれだ……」

 ヘビは、ふと自分の前で亡くなっていった女性を思い出した。
 バンビが外に出たいと言い、外で運悪く獣に遭遇した、彼の母親、蛍を……。

 ヘビが駆けつけた頃には、獣は集団で彼女に噛みついていて、助からない事は明白だった。彼女の望みを優先し、バンビを連れて撤退した判断は、間違っていない。

 バンビの感情も、母を失った子供と思えば、どんな悪しく罵られても、仕方ないことと割り切っていた。

 ただ、もしも、その襲われていたのが、彼女ではなくラブだったら。自分は撤退しただろうか。
 ヘビは自分の想像に、心臓が重くなった気がした。

「……ヘビ? どうかした?」
 暗い顔で黙ったヘビが心配になって、ラブがヘビの目の前で手を振った。

「……今から、コールの仕方を教えるから、ちゃんと覚えろ」
「え?」
「いいか、妙な発想をもって、行動をする前にも、必ず知らせろ。俺は、お前に危険な目に遭って欲しくない」
「それは、ヘビがそうしたい?」
「……ああ」
「えへへ、じゃあ、ヘビが困った時や、ラブに側に居て欲しい時は、ヘビがラブを呼んでね」
「それは、無い」
「何でよ! もー、なんか、上手くいかない!」
 ラブは、文句を言いながら、キボコのことを思い出した。

 自分は、早く何とかしようと、しすぎているのだろうか? 
 ラブは、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせた。

「どうした?」
「ううん、何でもない。ラブ、ヘビが呼んでくれるの待ってるよ」
「……」

 ヘビは、ラブを見つめ押し黙った後、ラブに端末の使い方を説明し始めた。
 ヘビの大きな手に腕を取られ、ラブは先ほどの驢馬との違いを感じた。

 ヘビの手は、ラブに礼儀正しく触れていて、くすぐったいほどだった。
 思わずラブが微笑むと、ヘビが顔を逸らした。でも、彼の手は離れなかった。


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