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第4章 晩秋に舞う想い
第26話 謝罪
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戦いの翌日は学校を休むことが多かった。由美は今まで、それを特に意識することなく過ごしていた。
体調を気に掛ける友人は紗奈子だけで、雇われ教員は経営者からの圧力で口を塞がれていたからだ。
しかし、今回からは状況が大きく異なってしまったようだ。
いつものように教室後部の出入り口から自席に向かおうとすると、由美にクラス中の視線が数秒間集中する。すぐに散ったそれは、敵意や揶揄といった類ではなく、どちらかと言えば好意や温かみを感じるものだった。
「ふぇ?」
普段と違う様子に、由美は思わず後ずさりをしてしまう。教室を見回すと、誠を含めた数人の友人と談笑している哉太を見つけた。
由美が来たことに気付いていないのか、それとも敢えて意識しないふりをしているかは定かではない。
男子生徒からの接触が落ち着いた今となっては、無理に同行する必要はない。変に噂などを立てられないようにするため、別々に家をでることにしていた。哉太なりに由美を気遣ったような提案だった。
結衣とのデートを週末に控え、露骨に浮かれている様子は微笑ましかった。そんな姿を隠しているつもりになっている姿は、由美に静かな笑いを与えてくれていた。
「由美、おはよー。体調はどう?」
軽く叩かれた背中に振り向くと、相変わらずの人懐っこい笑みを浮かべた親友がいた。体調不良という言い訳で休んでいたのを思い出す。
「あ、紗奈子。おはよう。うん、元気。でも……」
「でも?」
由美の表情を確認した紗奈子は細めの眉を寄せ、教室の様子を伺った。
「あー、これね。実は謝らないといけないことがあってね」
「謝る?」
クラスの雰囲気を察した紗奈子は、由美に向かいばつの悪そうな顔を向けた。彼女が悪意を持つことはないと断言できるため、ただ単に疑問だけが湧き上がってくる。
「由美と霧崎君が一緒に住んでること、教えることになってしまいまして」
「えええええ」
大声を上げた由美に再び視線が集まり、またすぐに散っていった。中には小さく吹き出しているクラスメイトも目に入った。
「さささささささ紗奈子、ど、どういう?」
「ほんとごめん! こうするしかなくて」
両の掌を合わせた紗奈子は大きく頭を下げる。小柄な体格が、さらに小さくなって見えた。
「え? え?」
混乱を隠せないまま哉太の方に目をやると、露骨な苦笑いを返された。どうやらこの状況について既に理解しているようだ。先に教室へと到着したのだから当然ともいえる。
「ちゃんと説明するので、まずは座ろう」
「うん……」
判断力の低下した由美は、促されるまま自席に腰を下ろす。紗奈子は「ここ借りるねー」と大きめの声で呼びかけ、前の席の椅子ごと由美へと向き直った。
「霧崎君が由美を呼んじゃったの、けっこう聞かれてたみたいでね」
顔を寄せ、由美にしか聞こえない程度の大きさで紗奈子は語り出した。神妙な面持ちに、由美は息を飲み込んだ。
「騒ぎにもなったし、由美は困るだろうしで、その時は皆触れずにいたみたいなんだけどね」
「うん」
「二人そろって学校休むじゃん? そしたら私の所に、ぐわーって」
「ああー」
相槌を打つことしかできなかった。確かにタイミングを考えてみれば、怪しすぎる。
上級生に絡まれていたところを助け、数日間一緒に登下校をする。そして、下の名を叫ぶ。特別な関係を疑わずにはいられないだろう。
「で、付き合ってるのかって聞かれて、違うって言っても信じてもらえないわけよ」
「それは、そうだろうね」
「そこで納得してもらうために仕方なく、という流れでして」
そこまで話した紗奈子は「ごめん!」と再度、両掌を合わせた。由美としては驚きはしたものの、怒りは感じていなかった。紗奈子なりに場を鎮めようとしてくれたことは、充分に理解できる。
「ううん、謝らないで。ありがとうね」
由美は自然に表れる笑みのまま、必死に頭を下げる親友の手を握った。こんな優しい人と知り合えてよかったと、心から思った。
「ありがとうねー」
「ケーキ、今日行こうか? 約束通り奢るよ」
「ゆーみー」
目に涙をためた紗奈子を見て、由美は思わず吹き出してしまった。紗奈子の行動の結果、哉太との関係をクラスメイトに誤解されることはなかったということだ。感謝こそすれ、怒るなどという感情が湧くことはない。
ただし、あくまでも今現在という前提で理解されていることを、由美は気付かずにいた。そのため、あの生暖かい視線の意味もわからずじまいだった。
時は十一月。私立辰浦高等学校にとっては文化祭の時期だ。
他の私立学校のように大きな規模感ではないが、生徒にとっては青春を彩る重要なイベントだ。基本的には文科系部活動の発表が中心で、生徒の希望があれば模擬店の出店も検討される。
基本的に有志による出し物のみとなるため、強制的に何かをさせられるということはない。ただし、各クラスから二名の実行委員を選出することだけは求められていた。
実行委員の役割は、主に実行委員会を取り仕切る生徒会の応援要員だ。生徒から出た各種要望の取りまとめや資材の手配など多岐に渡る。簡単に表現してしまえば、雑用だ。
大抵の場合、そのような面倒を自ら引き受ける生徒はおらず、くじ引きやじゃんけんなどにより決められることとになる。それは、由美の所属する二年五組でも同じだった。
人付き合いの苦手な由美としては、何としてでも外れを引くのは避けたかった。この手の役割は、人当たりの良い紗奈子や哉太が務める方が望ましいと思う。
二十四名のクラスの中から二名だから、確率は高くない。祈りを込め、担任教諭が用意した簡易的なくじを引いた。白紙であれば由美の平穏は担保される。
全員がくじを引き終わり、自席につく。由美は恐る恐る、折りたたまれた紙を広げた。
「じゃぁ、実行委員は佐々木と矢辻だな」
担任教諭が黒板に二人の名字を大きく書き出す。
星印の書かれた紙を手にした由美は、額に脂汗を浮かべた。
体調を気に掛ける友人は紗奈子だけで、雇われ教員は経営者からの圧力で口を塞がれていたからだ。
しかし、今回からは状況が大きく異なってしまったようだ。
いつものように教室後部の出入り口から自席に向かおうとすると、由美にクラス中の視線が数秒間集中する。すぐに散ったそれは、敵意や揶揄といった類ではなく、どちらかと言えば好意や温かみを感じるものだった。
「ふぇ?」
普段と違う様子に、由美は思わず後ずさりをしてしまう。教室を見回すと、誠を含めた数人の友人と談笑している哉太を見つけた。
由美が来たことに気付いていないのか、それとも敢えて意識しないふりをしているかは定かではない。
男子生徒からの接触が落ち着いた今となっては、無理に同行する必要はない。変に噂などを立てられないようにするため、別々に家をでることにしていた。哉太なりに由美を気遣ったような提案だった。
結衣とのデートを週末に控え、露骨に浮かれている様子は微笑ましかった。そんな姿を隠しているつもりになっている姿は、由美に静かな笑いを与えてくれていた。
「由美、おはよー。体調はどう?」
軽く叩かれた背中に振り向くと、相変わらずの人懐っこい笑みを浮かべた親友がいた。体調不良という言い訳で休んでいたのを思い出す。
「あ、紗奈子。おはよう。うん、元気。でも……」
「でも?」
由美の表情を確認した紗奈子は細めの眉を寄せ、教室の様子を伺った。
「あー、これね。実は謝らないといけないことがあってね」
「謝る?」
クラスの雰囲気を察した紗奈子は、由美に向かいばつの悪そうな顔を向けた。彼女が悪意を持つことはないと断言できるため、ただ単に疑問だけが湧き上がってくる。
「由美と霧崎君が一緒に住んでること、教えることになってしまいまして」
「えええええ」
大声を上げた由美に再び視線が集まり、またすぐに散っていった。中には小さく吹き出しているクラスメイトも目に入った。
「さささささささ紗奈子、ど、どういう?」
「ほんとごめん! こうするしかなくて」
両の掌を合わせた紗奈子は大きく頭を下げる。小柄な体格が、さらに小さくなって見えた。
「え? え?」
混乱を隠せないまま哉太の方に目をやると、露骨な苦笑いを返された。どうやらこの状況について既に理解しているようだ。先に教室へと到着したのだから当然ともいえる。
「ちゃんと説明するので、まずは座ろう」
「うん……」
判断力の低下した由美は、促されるまま自席に腰を下ろす。紗奈子は「ここ借りるねー」と大きめの声で呼びかけ、前の席の椅子ごと由美へと向き直った。
「霧崎君が由美を呼んじゃったの、けっこう聞かれてたみたいでね」
顔を寄せ、由美にしか聞こえない程度の大きさで紗奈子は語り出した。神妙な面持ちに、由美は息を飲み込んだ。
「騒ぎにもなったし、由美は困るだろうしで、その時は皆触れずにいたみたいなんだけどね」
「うん」
「二人そろって学校休むじゃん? そしたら私の所に、ぐわーって」
「ああー」
相槌を打つことしかできなかった。確かにタイミングを考えてみれば、怪しすぎる。
上級生に絡まれていたところを助け、数日間一緒に登下校をする。そして、下の名を叫ぶ。特別な関係を疑わずにはいられないだろう。
「で、付き合ってるのかって聞かれて、違うって言っても信じてもらえないわけよ」
「それは、そうだろうね」
「そこで納得してもらうために仕方なく、という流れでして」
そこまで話した紗奈子は「ごめん!」と再度、両掌を合わせた。由美としては驚きはしたものの、怒りは感じていなかった。紗奈子なりに場を鎮めようとしてくれたことは、充分に理解できる。
「ううん、謝らないで。ありがとうね」
由美は自然に表れる笑みのまま、必死に頭を下げる親友の手を握った。こんな優しい人と知り合えてよかったと、心から思った。
「ありがとうねー」
「ケーキ、今日行こうか? 約束通り奢るよ」
「ゆーみー」
目に涙をためた紗奈子を見て、由美は思わず吹き出してしまった。紗奈子の行動の結果、哉太との関係をクラスメイトに誤解されることはなかったということだ。感謝こそすれ、怒るなどという感情が湧くことはない。
ただし、あくまでも今現在という前提で理解されていることを、由美は気付かずにいた。そのため、あの生暖かい視線の意味もわからずじまいだった。
時は十一月。私立辰浦高等学校にとっては文化祭の時期だ。
他の私立学校のように大きな規模感ではないが、生徒にとっては青春を彩る重要なイベントだ。基本的には文科系部活動の発表が中心で、生徒の希望があれば模擬店の出店も検討される。
基本的に有志による出し物のみとなるため、強制的に何かをさせられるということはない。ただし、各クラスから二名の実行委員を選出することだけは求められていた。
実行委員の役割は、主に実行委員会を取り仕切る生徒会の応援要員だ。生徒から出た各種要望の取りまとめや資材の手配など多岐に渡る。簡単に表現してしまえば、雑用だ。
大抵の場合、そのような面倒を自ら引き受ける生徒はおらず、くじ引きやじゃんけんなどにより決められることとになる。それは、由美の所属する二年五組でも同じだった。
人付き合いの苦手な由美としては、何としてでも外れを引くのは避けたかった。この手の役割は、人当たりの良い紗奈子や哉太が務める方が望ましいと思う。
二十四名のクラスの中から二名だから、確率は高くない。祈りを込め、担任教諭が用意した簡易的なくじを引いた。白紙であれば由美の平穏は担保される。
全員がくじを引き終わり、自席につく。由美は恐る恐る、折りたたまれた紙を広げた。
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