月のない夜、命は仄青く光る

日諸 畔(ひもろ ほとり)

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第4章 晩秋に舞う想い

第27話 裏腹

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 由美にできることといえば、紗奈子に泣きつくことくらいだった。そんな時、頼りになる友人はいつも、素晴らしい提案をしてくれる。

「わかった。由美だけじゃ心配ってことで、私もやるよ」
「え、いいの?」

 由美としては願ってもない申し出だ。やはり、頼りになる。しかし、紗奈子に手間をかけてしまうことは、申し訳なくも思う。

「いやいや、利害の一致ですよお嬢さん」

 おどけた調子で紗奈子が指を振る。意味がわからず、由美は首を傾げた。今はもうない長い髪を支えようと、腕が動いてしまう。長年の癖は抜けないらしい。
 虚空を切った指先を誤魔化しながら、由美は思案をめぐらせた。

「ああ!」

 閃いた由美は、手と手を合わせる。乾いた小さな破裂音が耳に心地いい。

「そゆことー」
「それなら、持ちつ持たれつか……って、佐々木君」
「わっ、佐々木いつの間に」

 上機嫌な紗奈子の背後に、くじ引きで選ばれたもう一人の文化祭実行委員、佐々木 誠が立っていた。更にその横には、由美の同居人が妙な苦笑いを浮かべている。

「あのさ、この前の件もあるし、矢辻さんと俺の二人なのは気まずいというか、なんというか」

 快活な誠にしては言葉の歯切れが悪い。言いたいことに概ね見当はついても、結論までは把握しきれなかった。

「はっきりしないなー」
「まぁ、な」

 紗奈子の指摘を受けても、誠は後頭部に手をやるばかりだった。その様子を見ていた哉太が、仕方がないという風に口を開いた。

「佐々木は由美に投げられたくないらしい」
「おいっ」

 哉太の直接的な物言いに、誠が大袈裟に反応する。ボディガードの一件以来、二人は更に仲が良くなっているようだった。

「なるほど理解した。それで霧崎君を生贄にしようということだね」

 由美の隣に立つ紗奈子が、哉太を見上げた。小柄な体から放たれる、くりくりと可愛らしい視線を受け、哉太は無言で頷いた。

「頷くなよ」

 誠の突っ込みは至極真っ当なものだった。由美はなるべく見つからないように、小さく吹き出した。

「で、由美も笑ってくれたし、本題は?」
「ふぇっ」

 完全に不意をつかれた由美を置いたまま、会話は続いていく。ところどころ笑いを交えながら、正しく誤解なくコミュニケーションをとる。紗奈子の対人能力は尊敬に値すると、常々思っていた。

「矢辻さんも、俺と二人じゃキツイかなと思って、こいつを連れてきた。報酬はダブルバーガーセット」
「正直めんどくさかったけど、報酬に目がくらみました」
「哉太、素直すぎ」

 誠も紗奈子に泣きついた自分と同じことをした、ということだ。おかしな共通点に、由美は再び吹き出してしまった。

「あれだね、矢辻 由美ボディガード隊の再結成だね」
「再結成って、山根、どういうこと?」
「私も由美に頼まれてさ。同居の件を話してしまったのとこれで、チャラというわけさ」
「おお、そうか!」 

 わかりやすく嬉しそうな紗奈子と誠。これで互いが互いの想いに気付いてないというのは、由美にとってあまりにも不思議なことだった。だからといって、当人以外から伝えるのは無粋とも思える。
 横槍なく二人でゆっくり関係性を育てる方がいい。それができなくなってしまった由美は、友人たちが眩しく見えた。

「とりあえず、俺と山根で副実行委員ができるか先生に聞いてみるよ」
「え、なんで私?」
「そういう交渉とか得意だろ?」
「まぁ、そうだけど」

 紗奈子は文句を言いつつ、にんまり笑みを浮かべる。
 口から出る言葉と表情に大きな乖離のある友人は、一向に気付かない想い人と共に教室を出ていった。取り残される形になった由美と哉太は、教室の端で立ち尽くしていた。

「これは、待ってないといけないよね」
「そりゃ、そうだろうな」

 結衣との約束を告げられて以来、二人きりになるのは初めてだった。正直なところ、由美は哉太に何と話しかけていいのかわからない。

「あのさ」
「う、うん」
「ありがとうな」
「え?」

 沈黙を破った一言目は、意外な礼の言葉だった。思わず聞き返してしまった由美に、哉太は小さく苦笑いをする。

「結衣さんの件、元々は由美から言ってくれただろ? お礼を言うタイミング逃しちゃってたから」
「ああ、いいよ、そのくらい」
「そっか」

 明るく振舞ってはいるが、心の傷はそうそう癒えることはない。目の前で親しい人を失った痛みは、いつまでも正気を蝕んでいく。
 もう五年経った由美でも忘れられない絶望。数ヶ月前の出来事である哉太は、もっと辛いはずだ。

「少しでも役に立ててよかったよ」

 それは由美の本心だった。優しく強い相棒は報われるべきだ。自分にできることなら、してやりたい。

「あのさ」
「ん?」
「由美は、いいのか?」

 遠慮がちに、様子を窺うように、哉太がこちらを見る。代人の相棒として、由美の心を見たからこその台詞だった。

「うん、もう無理だからね」

 由美は意図して笑ってみせた。おそらく、かなり歪んだ笑顔だったろう。
 あの人はもういない。自分のせいで消えた。その事実は永遠に、由美を苛む。苛まれ続けなければならない。

「何か俺に」
「紗奈子たち遅いねー」

 哉太の言葉を遮り、由美は廊下へと目をやった。彼が優しさを向けるべきは、同居人でも相棒でもない。傷を隠している自分自身にこそ、それが必要なのだと思う。
 義姉との恋が彼の生きる意味になるのなら、とてもいいことだ。仮に結衣が満更でもないのなら、いつか義兄と呼ぶこともやぶさかでない。

「由美……」
「デートはどこ行くの?」
「あー、結衣さんのお任せって。ご褒美だって言ってた」
「いいねー、大人の女性にリードされるなんて」

 強引に話題を変えた由美はもう、哉太の方を見ることはできなかった。少なくとも今は、余計なことを言ってしまいそうな気がしていた。
 具体的に何かは見当つかないが、きっと今の関係性を壊してしまう。漠然とした恐怖が、普段言わないようなことを口にさせていた。

「おーい、副実行委員のオッケーもらえたよー」
「おかえりー、やったねー」

 誠と並んで廊下を歩く紗奈子に、由美は大きく手を振った。
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