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最終章 さよならを言う前に
第40話 告白
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矢辻家のリビングには、冷たい沈黙が流れていた。由美はソファーの端に体を預け、反対側に座る哉太を盗み見る。
「ごめんね、変に誤魔化して」
「……いや、あれでよかったと思う」
紗奈子の病室で、由美は哉太を同居人だと紹介した。本心では忘れていることを指摘して、思い出してほしかった。なぜ忘れたのかと、問い詰めたかった。だが、心身共に傷付いた親友にそんなことはできない。
作った笑顔で、以前と同じ説明を口から吐き出すだけだ。隣の哉太も、明るく苦笑いを浮かべていた。由美は涙を堪えるので精一杯だった。
紗奈子と同じく怪我を負った誠のことも気にはなっていた。しかし、哉太と会わせる勇気は持てなかった。爆発しそうな感情に耐えられず、由美は逃げるように病院を後にした。哉太は黙って着いてきてくれた。
「ねぇ、哉太」
「ん?」
「あのね……」
話しかけてからも、由美は言おうか言うまいか悩んでいた。本心ではあるものの、口にしてしまえば哉太の心を否定することになる。
意を決して、由美は自分の気持ちに従った。
「もう、代人の力は使わないでほしい」
「……そっか」
どうやら、その発言は予想されていたようだ。諦めたような、簡素な返事だった。
「これ以上使ったら、哉太は……」
「さっきも言ったろ、加減すれば大丈夫だよ」
家を出る前と同じ言葉。ただし、由美にとってその重さは大きく異なっていた。消える可能性があるのではなく、既に消えかかっているのだ。
「ううん、だめ」
「だめって、一人じゃ戦えないだろ」
「私は大丈夫」
「大丈夫って……」
「ちょっと前まで、一人でやってきたから、戻るだけ」
哉太と共に戦うようになるまで、一人で代人を務めてきた。土地神から貸し出されたという《動》《造》《調》《伝》、この四種の力を全て扱える由美は、天賦の才を持っているとおだてられてきた。だから、哉太なしでもできるはずだ。
「そっちこそ、だめだろう。一人なんて」
「哉太が消えるよりはまし」
「だからって」
身を乗り出す哉太に、由美は目を合わせなかった。大切な人を失うくらいなら、自分一人が戦った方がいい。いくら相手が哉太でも、譲るつもりはない。
「由美がなんと言おうと、俺はやるぞ」
「どうして!」
「俺は、荒魂と戦うって決めたからだよ。ここに来た時に言っただろ」
頑なに意見を主張する同士がぶつかっても、結論にたどり着くことは無い。話しは平行線のまま、口調が激しくなっていくだけだ。
「だけど、消えちゃうんだよ。今だって……」
「危険なのはわかってた、それに」
「だめだって言ってる!」
哉太の言葉を遮り、由美は声を張り上げた。自分は今、酷い表情をしている。背中に敷いていたクッションを持ち上げ、顔を覆った。止められない嗚咽が漏れてしまうのが、無性に気に食わない。
「由美」
「……なに」
ゆっくりと呼ばれる自身の名に、クッションから口だけ出して返事をする。もっと近くに来てほしいのに、彼は自分から離れていくつもりだ。そんなこと許せるはずがない。
「荒魂は憎いし、全滅させたい。最初からこの気持ちは変わってない」
「だからって、自分から消えに行かなくてもいいじゃん……」
「でも、今はそれ以上に、由美を一人で戦わせたくない」
由美の頬に何かが触れる。やや硬くて温かい感触は、恐らく哉太の指だ。前を見ていないのをいいことに、乙女の肌に触れる。なんて酷い男だろう。
「ずるい」
「わかってるよ」
由美は、それ以上何も言い返せなかった。
「でも《操》はだめだよ」
「前向きに検討する」
「哉太のばか」
「わかってるよ」
哉太の左手に、自らの指先を絡める。こうなってしまえば、由美の負けだ。惚れてしまった弱みとはこのことなのだろう。
次の新月までに残された時間で、少しでも哉太の負担が減る方法を考える。冴えわたっていく思考と相反するように、鼓動だけがひたすら高鳴っていった。
「鍵を開けたままでは不用心だよ」
二人だけのリビングで、いるはずのない者の声が聞こえた。過ぎ去ったはずの甘酸っぱい記憶が、強引に呼び起こされる感覚。由美は反射的にソファーから立ち上がった。
「え……」
「矢辻……久隆……」
由美を庇うように、身構えた哉太が体を滑り込ませた。黒い刺繍の入った、白い道着袴が目に入る。
線の細い顎に、肩までかかる長髪。相棒の背中越しに見えるのは、忘れることのできない男だった。
「ここも久しぶりだな」
目を細めた久隆は、家の中を見回す。声は涼しく、言葉も何気ない。唐突に表れたその姿に由美は目を疑った。哉太から話は聞いていても、現実感が乏しい。
「なぜ、ここにいる?」
「ああ、俺の由美をたぶらかされるのが不快でね、邪魔をしにきた」
こらえきれずといった様子で、久隆が含み笑いをする。由美の知る彼は、こんな風に他者を小馬鹿になどしなかった。戦った記憶は消えてしまっているが、哉太が敵と断定するのも頷ける不愉快さだった。
「悪いな、今は俺のなんだ」
「まぁ、今は預けておくがな」
精一杯の憎まれ口も、意に介すことはない。久隆は哉太の奥にいる由美を見つめていた。その瞳は深い闇のような黒さだった。荒魂の断面が思い起こされる。
「私に、何の用?」
喉がからからに乾いていた。それでもなんとか、言葉を発することができた。
久隆は何らかの理由で由美を狙っている。彼がなぜ今ここにいるのかは、全くもって理解ができない。どう対応すべきが判断するためにも、何か情報がほしかった。
「そう身構えられると、悲しいな。それと、残念だ。消した意味がなかった」
久隆は由美に向け薄ら笑いを浮かべる。言っていることと表情がかみ合っておらず、由美にはそれが酷く不自然に見えた。
これは私の好きだった久兄とは違う。由美は直感的に確信した。思慕の残滓は、いつの間にか霧散していた。
「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
「安い挑発をありがとう、少年。確かに本題を忘れるところだったよ」
「本題だ?」
「ああ、気乗りはしないが由美のついでだからね、少年にも聞かせてやろう」
声を低くする哉太を一瞥すると、久隆は仰々しく両手を広げた。
「由美、君を戦いから解放しに来た」
「ごめんね、変に誤魔化して」
「……いや、あれでよかったと思う」
紗奈子の病室で、由美は哉太を同居人だと紹介した。本心では忘れていることを指摘して、思い出してほしかった。なぜ忘れたのかと、問い詰めたかった。だが、心身共に傷付いた親友にそんなことはできない。
作った笑顔で、以前と同じ説明を口から吐き出すだけだ。隣の哉太も、明るく苦笑いを浮かべていた。由美は涙を堪えるので精一杯だった。
紗奈子と同じく怪我を負った誠のことも気にはなっていた。しかし、哉太と会わせる勇気は持てなかった。爆発しそうな感情に耐えられず、由美は逃げるように病院を後にした。哉太は黙って着いてきてくれた。
「ねぇ、哉太」
「ん?」
「あのね……」
話しかけてからも、由美は言おうか言うまいか悩んでいた。本心ではあるものの、口にしてしまえば哉太の心を否定することになる。
意を決して、由美は自分の気持ちに従った。
「もう、代人の力は使わないでほしい」
「……そっか」
どうやら、その発言は予想されていたようだ。諦めたような、簡素な返事だった。
「これ以上使ったら、哉太は……」
「さっきも言ったろ、加減すれば大丈夫だよ」
家を出る前と同じ言葉。ただし、由美にとってその重さは大きく異なっていた。消える可能性があるのではなく、既に消えかかっているのだ。
「ううん、だめ」
「だめって、一人じゃ戦えないだろ」
「私は大丈夫」
「大丈夫って……」
「ちょっと前まで、一人でやってきたから、戻るだけ」
哉太と共に戦うようになるまで、一人で代人を務めてきた。土地神から貸し出されたという《動》《造》《調》《伝》、この四種の力を全て扱える由美は、天賦の才を持っているとおだてられてきた。だから、哉太なしでもできるはずだ。
「そっちこそ、だめだろう。一人なんて」
「哉太が消えるよりはまし」
「だからって」
身を乗り出す哉太に、由美は目を合わせなかった。大切な人を失うくらいなら、自分一人が戦った方がいい。いくら相手が哉太でも、譲るつもりはない。
「由美がなんと言おうと、俺はやるぞ」
「どうして!」
「俺は、荒魂と戦うって決めたからだよ。ここに来た時に言っただろ」
頑なに意見を主張する同士がぶつかっても、結論にたどり着くことは無い。話しは平行線のまま、口調が激しくなっていくだけだ。
「だけど、消えちゃうんだよ。今だって……」
「危険なのはわかってた、それに」
「だめだって言ってる!」
哉太の言葉を遮り、由美は声を張り上げた。自分は今、酷い表情をしている。背中に敷いていたクッションを持ち上げ、顔を覆った。止められない嗚咽が漏れてしまうのが、無性に気に食わない。
「由美」
「……なに」
ゆっくりと呼ばれる自身の名に、クッションから口だけ出して返事をする。もっと近くに来てほしいのに、彼は自分から離れていくつもりだ。そんなこと許せるはずがない。
「荒魂は憎いし、全滅させたい。最初からこの気持ちは変わってない」
「だからって、自分から消えに行かなくてもいいじゃん……」
「でも、今はそれ以上に、由美を一人で戦わせたくない」
由美の頬に何かが触れる。やや硬くて温かい感触は、恐らく哉太の指だ。前を見ていないのをいいことに、乙女の肌に触れる。なんて酷い男だろう。
「ずるい」
「わかってるよ」
由美は、それ以上何も言い返せなかった。
「でも《操》はだめだよ」
「前向きに検討する」
「哉太のばか」
「わかってるよ」
哉太の左手に、自らの指先を絡める。こうなってしまえば、由美の負けだ。惚れてしまった弱みとはこのことなのだろう。
次の新月までに残された時間で、少しでも哉太の負担が減る方法を考える。冴えわたっていく思考と相反するように、鼓動だけがひたすら高鳴っていった。
「鍵を開けたままでは不用心だよ」
二人だけのリビングで、いるはずのない者の声が聞こえた。過ぎ去ったはずの甘酸っぱい記憶が、強引に呼び起こされる感覚。由美は反射的にソファーから立ち上がった。
「え……」
「矢辻……久隆……」
由美を庇うように、身構えた哉太が体を滑り込ませた。黒い刺繍の入った、白い道着袴が目に入る。
線の細い顎に、肩までかかる長髪。相棒の背中越しに見えるのは、忘れることのできない男だった。
「ここも久しぶりだな」
目を細めた久隆は、家の中を見回す。声は涼しく、言葉も何気ない。唐突に表れたその姿に由美は目を疑った。哉太から話は聞いていても、現実感が乏しい。
「なぜ、ここにいる?」
「ああ、俺の由美をたぶらかされるのが不快でね、邪魔をしにきた」
こらえきれずといった様子で、久隆が含み笑いをする。由美の知る彼は、こんな風に他者を小馬鹿になどしなかった。戦った記憶は消えてしまっているが、哉太が敵と断定するのも頷ける不愉快さだった。
「悪いな、今は俺のなんだ」
「まぁ、今は預けておくがな」
精一杯の憎まれ口も、意に介すことはない。久隆は哉太の奥にいる由美を見つめていた。その瞳は深い闇のような黒さだった。荒魂の断面が思い起こされる。
「私に、何の用?」
喉がからからに乾いていた。それでもなんとか、言葉を発することができた。
久隆は何らかの理由で由美を狙っている。彼がなぜ今ここにいるのかは、全くもって理解ができない。どう対応すべきが判断するためにも、何か情報がほしかった。
「そう身構えられると、悲しいな。それと、残念だ。消した意味がなかった」
久隆は由美に向け薄ら笑いを浮かべる。言っていることと表情がかみ合っておらず、由美にはそれが酷く不自然に見えた。
これは私の好きだった久兄とは違う。由美は直感的に確信した。思慕の残滓は、いつの間にか霧散していた。
「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
「安い挑発をありがとう、少年。確かに本題を忘れるところだったよ」
「本題だ?」
「ああ、気乗りはしないが由美のついでだからね、少年にも聞かせてやろう」
声を低くする哉太を一瞥すると、久隆は仰々しく両手を広げた。
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