月のない夜、命は仄青く光る

日諸 畔(ひもろ ほとり)

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最終章 さよならを言う前に

第41話 本心

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 戦いから解放と、彼は言った。代人にとってそれは、死を意味する言葉だ。

「それって……」
「だよな!」
 
 遠回しに殺意を告げられたと受け取った由美は、諦めと納得を同時に感じた。澄ました表情で言っていい言葉でないことは、向こうもわかっているはずだ。
 叫んだ哉太が腕を振り上げ、久隆に飛びかかった。

「言ってなかったが、殴ったところで」

 久隆が言い終わるより先に、哉太の拳は空を切った。そのまま男の姿をすり抜け、たたらを踏んだ。

「な……」

 絶句する哉太には目をやらず、久隆は薄い唇を歪めた。

「俺の体は、別の所にあってね。殴ったところで、意味はないぞ」
「それって、どういう……」
「《伝》の応用だよ、由美」

 由美は文化祭の日を思い出す。あの時は昼間にも関わらず《調》を感じた。久隆は、新月の夜以外にも力を使えるということなのだろう。

「え、でも」

 久隆の言い分に違和感を覚え、由美は自分の耳に手を当てた。《伝》は意識を繋ぐ力だ。しかし、由美の耳は彼の声を聞き、目はその姿を映していた。

「そう、さすが由美だ。俺でも昼間は完全な《伝》は使えないからね。視覚と聴覚にだけ伝わるようにしている。戦うつもりのない証明のようなものだよ」

 顎を上げ、どこか自慢げに解説をする。由美が気付いたことが嬉しいのか、自身の力を誇りたいのか。

「なら、さっさと出ていけよ」
「殴りかかってきたのは君だろう。まぁ、いい。言い方が悪かったのは確かだ。由美に誤解を与えてしまったね」
「何を偉そうに……!」
「哉太、とりあえず聞こう」
「由美がそう言うなら……わかったよ」

 久隆はあくまでも由美に向けて話をしたいらしい。現段階では、その意図まで窺い知ることはできない。ならば、一旦は話をさせてみてその後の動きを考えるべきだ。
 自分の身の危険に対しては、妙に冷静な判断ができる。五年前に一度、生きることを諦めた由美だからこその思考だった。

「さて、落ち着いたかな。長くなるから、座るといい。ああ、そのソファーも懐かしいな」

 二人が腰を下ろしたのを確認し、久隆は満足げに頷いた。相棒であった頃の彼とは、よく隣合って座っていたことを思い出す。美しい記憶はそのままにしておいてほしいと、由美は内心で舌打ちをした。

「そもそも、荒魂と呼ばれているものは何なのか、知っているかい?」

 それは問いかけでなく、続く言葉への導入であることは理解できていた。由美も哉太も、無言を返答とした。

「君達は謎の化け物として教えられて来ただろう。俺もそうだった。しかしな、奴らはその正体を知っていたんだよ」
「奴らって?」
「神社の連中だよ」

 思わず質問をしてしまった由美に、久隆は苦々しく吐き捨てた。余程の不満があるような表情だった。

「あれは、人のうらみや憎しみの思念が集まり、形になったものだ。後暗い感情は光に弱く、新月の夜にだけ現れていた。夜も明るい今となっては、過去を踏襲しているだけなのだろうな」

 久隆は流暢りゅうちょうに説明を続ける。まるで、どこかで見たかのように断定的な口ぶりだった。

「なぜ、そんなことを知っている?」
「見たからだよ。矢辻やつじ 由隆ゆたか嗣久つぐひさの中を」
「人に力を使ったのか?」
「ああ、隠し事をしているのは明白だったからな。続けても?」

 哉太は由美に目をやり、黙って首を縦に振った。これ以上、久隆の倫理観に口を挟んだところで、得るものはないとの判断だ。

「あれは人を喰うだけの化け物ではなかった。被害者は、道中で存在を保つための餌だったんだよ。奴らはその事実を隠して、俺達を戦わせていた。あれが何を目指しているのか、力を持つ者に知られると困るからね」
「荒魂が、目指す?」
「そう、あれは幕森大社を目指していたんだよ」
 
 眉をしかめる由美に、舐めるような視線がはしる。苛立ちと高揚の入り混じった、不気味さを感じる表情だった。
 
「この国には”脈”というものがある。由美、聞いたことはあるかい?」
「知らない」
「網の目のように張り巡らされた、様々な力の通り道のことだよ。それらが交わる場所は、古来から神がいるなどと考えられてきた。人が文化を持ってからは、主に人の意思が流れていると思ってくれていい。幕森大社は、その脈の中心に位置する場所なんだよ」
「荒魂はそこを目指していると?」
「ああ、勘が良いな少年。人の負の感情が集まったものは、脈に溶け込んで流れることで、再び人に還ろうとしている。あれを止めている本来の意図は、せっかく吐き出した悪意を消し去るため、ということだね」
「で、何が言いたい?」
 
 久隆は哉太に向け、ため息をつくような仕草をし「ここまでが前提だ」と口にする。荒魂の正体や目的だと言われてたところで、あまりにも眉唾な話だ。由美としては完全に信じることはできなかったが、今のところ嘘を言っているようにも見えない。

「その事実は古くから統治者には知られていてね。脈から悪しき感情が人々に逆流しては、国が亡ぶと。それで、代々この地を守る矢辻家と繋がりを持っていたわけだよ。新月の夜、幕森大社を守れと」
「それが、何か悪いの?」
「国や人を守るってなら悪くないさ。ただし、矢辻家の連中は別だ。俺達を代人なんて大層に呼んで、使い捨てのように戦わせておいて、裏では富と権力を貪っている。本来ならば、俺達こそ、その立場にいるべきだろう」
 
 ようやく久隆の本音が見えた。そして、それは由美を酷く悲しくさせた。
 目の前で家族を亡くし、その悲しさを繰り返さないように戦うことを決めた由美と哉太。対して久隆は、矢辻家直系としての地位と名誉で代人を務めていた。
 そもそも、戦う理由が違っていたのだ。話しがかみ合わないのも当然だ。

「だから、俺は一度姿を消した。あの化け物を部分的に操ることもできた。いつかは、俺の意思を国中に伝えることができるようになるはずだ。由美にはそれを手伝ってほしい。俺がこの国を操れるようになれば、戦う必要なんてなくなるよ。希望するなら少年を仲間に加えてやってもいい」

 尊大な物言いに、由美は怒りすら感じなかった。そして、どこかほっとしていた。もっと早くこの事実を告げられていたら、甘い言葉に従っていたかもしれない。この数カ月での自分の変化が誇らしかった。変わることができた大きな理由である少年を、ますます愛しく思った。

「久兄、好きだったよ。次に会うのは、新月の夜だね」

 だから、はっきりと言葉にすることができた。

「由美、後悔するぞ」
「しないよ」
「それは、そいつのせいか?」
「そうだね」
「もう俺のだからな」
「……消してやる、二人ともだ」

 まさに捨て台詞だった。由美から目を離さないまま、久隆は軽く手を振る。次の瞬間、青白い光と共にその姿は消えていた。荒魂が霧散するときに似た色だった。

「いなくなった、みたいだね」
「そうだな」
「うん、母さん達に報告しないと。あっ……」
 
 極度の緊張から解放された由美は、全身の力が抜けた。結果、隣へ座る哉太へと寄りかかる格好になってしまう。

「さっきさ、俺のって、言わなかった? 二回」
「言った、かも」
「そっか」
 
 すぐさま離れることもできたが、由美は更に力を抜いた。
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