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第一章 運命の書、ただし俺のページは白紙
隣の席の幼馴染(ただし美少女)
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『――止まっていた彼の物語が、再び動き出す』
浮かび上がった文字を見つめ、一樹は全てを理解する。
この本は、未来予知の書なんかじゃない。
俺の過去を記録し、未来を白紙にしたのは、あくまで莉緒がいなくなったことによって、俺の物語が停滞していたからだ。
そして、今。
橘莉緒という存在を触媒にして動き出す、リアルタイムの年代記なのだと。
彼女の帰還が、俺の白紙だった物語に、再びインクを落としたのだ。
七年間、ただの無気力なモブキャラとして生きてきた俺の人生が、今、まさに、物語の主人公として再起動した。
(嘘だろ……こんなことって……)
喜び、困惑、そしてほんの少しの恐怖。
ジェットコースターみたいに感情が乱高下する。
これから、このページには、どんな物語が綴られていくのだろうか。
俺の人生は、一体どんな展開を迎えるんだ?
期待と、それ以上に大きな不安が、俺の心を支配していた。
(……いや、待て。とりあえず落ち着け、俺。この本は、ただの記録媒体だ。物語を紡ぐのは、他ならぬ俺自身だ。省エネ主義を貫くなら、無駄な心配はしないに限る。よし、まずは状況整理だ)
俺は、自分に言い聞かせるように深呼吸を繰り返した。
窓の外は、もう夕焼けに染まっている。
オレンジ色の光が、カーテンの隙間から差し込んでいるのが見えた。
そういえば、やけに外が騒がしいな。
ガラガラ、ゴトゴト、と、何かが運ばれるような音が聞こえる。
普段は静かな住宅街だ。こんな音は、あまり聞かない。
(なんだ? 近所で工事でも始まったのか?)
まさか、こんな時に、と、眉をひそめながら、俺はふと、窓の外に目を向けた。
俺の部屋の窓からは、隣の空き家がよく見える。
もう何年も誰も住んでいなくて、庭には雑草が生い茂り、窓ガラスも割れたまま放置されていた、
あの廃墟みたいな家だ。
それが今――。
(……え?)
信じられない光景が、俺の目に飛び込んできた。
隣の空き家だったはずの家の前に、見慣れない引っ越しのトラックが、堂々と停車している。
そして、数人の引っ越し業者が、忙しなく段ボール箱や家具を運んでいるのだ。
つまり、あの空き家は、新しい住人が来た、ということになる。
こんなタイミングで引っ越しか? しかも、俺の隣に?
(なんという運命のいたずらだ……いや、物語が動き出したってのは、こういうことか?)
俺は、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
すると、その時だった。
「こらー、お兄さん! その段ボール、逆さまじゃねーか!」
聞き覚えのある、快活で、それでいてどこかぶっきらぼうな声が、夕焼け空に響き渡った。
(まさか……)
俺は、吸い寄せられるように窓に顔を近づけ、外を覗き込んだ。
そこには、荷物を運ぶ業者たちに、テキパキと指示を出している、一人の少女の姿があった。
陽の光を溶かしたような、艶やかなハニーブラウンの髪。
スラリと伸びた手足。
くるくると表情を変える大きな瞳は、夕焼けの色を映して、キラキラと輝いている。
(…………嘘だろ)
それは、さっき別れたばかりの、美少女になった幼馴染。
橘莉緒、その人だった。
彼女は、俺の視線に気づいたのか、ふと、二階の俺の部屋の窓を見上げた。
そして、目が合うと、悪戯っぽく、ニッと笑い、片目を瞑った。
「よっ、カズ! 今日からお隣さん、よろしくな!」
その言葉に、俺の心臓は、またもやドクン、と大きく跳ね上がった。
マジかよ。
隣の席の幼馴染(ただし美少女)が、隣の家の幼馴染(ただし美少女)にもなったってのか。
これはもう、神様が「お前、物語を紡げ」って言ってるようなもんだ。
いや、神様じゃなくて、『運命の書』が、か。
俺の物語は、本当に、今、ここから始まるんだ。
白紙だった未来のページに、これからどんなインクが染み込んでいくのか。
俺は、ただ、呆然と窓の外の莉緒を見つめることしかできなかった。
夕焼けに染まる二つの家が、まるで、これから始まる壮大な物語の舞台みたいに、俺には見えた。
(……なあ、莉緒。俺の白紙の未来に、お前は一体、どんな色を塗ってくれるんだ?)
俺の口元には、知らず知らずのうちに、ほんの少しだけ、笑みが浮かんでいた。
退屈だった日常は、もう、どこにもない。
浮かび上がった文字を見つめ、一樹は全てを理解する。
この本は、未来予知の書なんかじゃない。
俺の過去を記録し、未来を白紙にしたのは、あくまで莉緒がいなくなったことによって、俺の物語が停滞していたからだ。
そして、今。
橘莉緒という存在を触媒にして動き出す、リアルタイムの年代記なのだと。
彼女の帰還が、俺の白紙だった物語に、再びインクを落としたのだ。
七年間、ただの無気力なモブキャラとして生きてきた俺の人生が、今、まさに、物語の主人公として再起動した。
(嘘だろ……こんなことって……)
喜び、困惑、そしてほんの少しの恐怖。
ジェットコースターみたいに感情が乱高下する。
これから、このページには、どんな物語が綴られていくのだろうか。
俺の人生は、一体どんな展開を迎えるんだ?
期待と、それ以上に大きな不安が、俺の心を支配していた。
(……いや、待て。とりあえず落ち着け、俺。この本は、ただの記録媒体だ。物語を紡ぐのは、他ならぬ俺自身だ。省エネ主義を貫くなら、無駄な心配はしないに限る。よし、まずは状況整理だ)
俺は、自分に言い聞かせるように深呼吸を繰り返した。
窓の外は、もう夕焼けに染まっている。
オレンジ色の光が、カーテンの隙間から差し込んでいるのが見えた。
そういえば、やけに外が騒がしいな。
ガラガラ、ゴトゴト、と、何かが運ばれるような音が聞こえる。
普段は静かな住宅街だ。こんな音は、あまり聞かない。
(なんだ? 近所で工事でも始まったのか?)
まさか、こんな時に、と、眉をひそめながら、俺はふと、窓の外に目を向けた。
俺の部屋の窓からは、隣の空き家がよく見える。
もう何年も誰も住んでいなくて、庭には雑草が生い茂り、窓ガラスも割れたまま放置されていた、
あの廃墟みたいな家だ。
それが今――。
(……え?)
信じられない光景が、俺の目に飛び込んできた。
隣の空き家だったはずの家の前に、見慣れない引っ越しのトラックが、堂々と停車している。
そして、数人の引っ越し業者が、忙しなく段ボール箱や家具を運んでいるのだ。
つまり、あの空き家は、新しい住人が来た、ということになる。
こんなタイミングで引っ越しか? しかも、俺の隣に?
(なんという運命のいたずらだ……いや、物語が動き出したってのは、こういうことか?)
俺は、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
すると、その時だった。
「こらー、お兄さん! その段ボール、逆さまじゃねーか!」
聞き覚えのある、快活で、それでいてどこかぶっきらぼうな声が、夕焼け空に響き渡った。
(まさか……)
俺は、吸い寄せられるように窓に顔を近づけ、外を覗き込んだ。
そこには、荷物を運ぶ業者たちに、テキパキと指示を出している、一人の少女の姿があった。
陽の光を溶かしたような、艶やかなハニーブラウンの髪。
スラリと伸びた手足。
くるくると表情を変える大きな瞳は、夕焼けの色を映して、キラキラと輝いている。
(…………嘘だろ)
それは、さっき別れたばかりの、美少女になった幼馴染。
橘莉緒、その人だった。
彼女は、俺の視線に気づいたのか、ふと、二階の俺の部屋の窓を見上げた。
そして、目が合うと、悪戯っぽく、ニッと笑い、片目を瞑った。
「よっ、カズ! 今日からお隣さん、よろしくな!」
その言葉に、俺の心臓は、またもやドクン、と大きく跳ね上がった。
マジかよ。
隣の席の幼馴染(ただし美少女)が、隣の家の幼馴染(ただし美少女)にもなったってのか。
これはもう、神様が「お前、物語を紡げ」って言ってるようなもんだ。
いや、神様じゃなくて、『運命の書』が、か。
俺の物語は、本当に、今、ここから始まるんだ。
白紙だった未来のページに、これからどんなインクが染み込んでいくのか。
俺は、ただ、呆然と窓の外の莉緒を見つめることしかできなかった。
夕焼けに染まる二つの家が、まるで、これから始まる壮大な物語の舞台みたいに、俺には見えた。
(……なあ、莉緒。俺の白紙の未来に、お前は一体、どんな色を塗ってくれるんだ?)
俺の口元には、知らず知らずのうちに、ほんの少しだけ、笑みが浮かんでいた。
退屈だった日常は、もう、どこにもない。
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