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第一章 運命の書、ただし俺のページは白紙
そして、物語は再び動き出す
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時が、止まる。
いや、正確には、俺以外の世界の時間が止まったように感じた。
教室中のすべての視線が、レーザービームみたいに突き刺さってくる。
一点集中。その照射ポイントは、教壇で悪戯っぽく笑う絶世の美少女――橘莉緒と、椅子に座ったまま完全にフリーズしている、哀れな男子高校生――俺、青葉一樹だ。
(なんだこの状況……なんだこの状況……!)
脳内で同じ言葉が、壊れたレコードみたいにぐるぐる回る。
特に、男子生徒からの視線が痛い。いや、物理的に突き刺さってきている。
嫉妬、羨望、そして純度100%の殺意が込められた心の声が、まるでサラウンドスピーカーで再生されているかのように、俺の鼓膜に直接響いてくるようだ。
『誰だお前!』
『あの女神とどういう関係だ!』
『カズ……だと? 気安く呼んでんじゃねえぞゴルァ!』
『昨日までどうでもいいモブだと思ってたのに……許さん、絶対に許さんぞ青葉一樹!』
ひぃぃ、こわい! 皆の心の声が雄弁すぎる! 省エネを信条とする俺の穏やかな日常が、今、まさに崩壊しようとしている!
そんな地獄絵図のような教室の空気を、当の本人は全く意に介していない。
莉緒は、タナカ先生に「席は、あそこでいいか?」と、俺の隣の空席を指さして尋ねた。
そこは、確かクラスで唯一の空席だったはずだ。
タナカ先生が頷くのを見ると、莉緒は「うっす」と、およそ美少女らしからぬ返事をして、ヒラヒラと手を振りながら、当然のようにこっちへ向かって歩いてくる。
カツン、カツン、とローファーの軽やかな音が、静まり返った教室に響く。
それはまるで、ファッションショーのランウェイを歩くトップモデルのようだった。
彼女が通るたびに、男子生徒たちがモーゼの海割りみたいに道を空ける。
艶やかなハニーブラウンの髪がふわりと揺れ、シャンプーの甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。
(近い近い近い近い!)
心臓が、暴れ馬みたいに胸の中で跳ね回る。
そして、彼女は俺の隣の席に、すとん、と腰を下ろした。
まるで、七年前もずっとそうしていたかのように、ごく自然に。
ガサゴソとスクールバッグから教科書を取り出しながら、俺の顔を覗き込んで、ニッと笑う。
「いやー、しかしカズ、ちっちゃい頃の面影あるなー。ひょろっとしてて、すぐ折れそうなとこ、全然変わんねーのな!」
「…………」
「あ、なんだよその顔。もしかして、俺のこと忘れちまったとか?」
「……………」
「え、マジで? ショックなんだけど! ほら、俺だよ、俺! 橘莉緒だって!」
俺じゃない、わたしだろ!
……というツッコミを、俺の喉は発することを許してはくれなかった。
質問攻めにしたいのに、言葉が出てこない。
お前は本当に、あの莉緒なのか? なんで、女の子になってるんだ? しかも、なんでこんな超絶美少女に……? そもそも、今までどこで何をしていたんだ?
聞きたいことは、銀河の星の数ほどある。
だが、俺の口は、金魚みたいにパクパクと動くだけだった。
混乱したまま、授業再開のチャイムが鳴る。
そこからの時間は、拷問に近かった。
右隣の席から感じる、圧倒的な美少女のオーラ。
時々、ノートの文字を追う彼女の長いまつ毛が視界に入り、そのたびに心臓が跳ねる。
思い出の中の、泥だらけで笑っていた「少年」の面影はどこにもない。
なのに、時折「あ、シャーペン貸して」とか、「この問題、意味わかんねー」とか、ぶっきらぼうに話しかけてくる口調は、紛れもなく、記憶の中の莉緒そのものだった。
そのギャップが、俺の脳をさらにバグらせていく。
もはや、授業の内容など一ミリも頭に入ってこない。
俺はただ、早くこの悪夢のような時間が終わることだけを、神に祈り続けていた。
◇
キーンコーンカーンコーン。
終わりを告げるチャイムが鳴った瞬間、俺は弾かれたように立ち上がった。
「あ、カズ、この後……」
莉緒が何かを言いかけるのを遮るように、俺は猛烈な勢いで机の上の教科書とノートを鞄に叩き込む。
もう無理だ。限界だ。
俺の省エネライフは、ライフポイントゼロだ。
一刻も早く、ここから逃げ出さなければ。
「わりい、急用思い出した!」
自分でも驚くほどマヌケな台詞を残し、俺は脱兎のごとく教室を飛び出した。
背後から「ちょ、待てよカズ!」という莉緒の声と、クラスメイトたちの「一体何が……」という呆然とした声が聞こえた気がしたが、もう振り返る余裕はなかった。
廊下を走り、階段を駆け下り、昇降口で靴を履き替えるのももどかしく、校門を飛び出す。
そして、走った。
ひたすら、家へと走った。
ごちゃごちゃになった頭を整理したかった。
この非現実的な出来事と、どう向き合えばいいのか、答えが欲しかった。
(そうだ、あの本だ!)
あの『青葉一樹年代記』。
俺の過去を全て記録し、そして未来を「白紙」だと突きつけた、あの不気味な本。
莉緒が、七年ぶりに俺の前に現れた。
この、あまりにも出来すぎた偶然。
もし、この再会が、俺の「物語」に何か関係しているとしたら……。
息を切らしながら自宅に駆け込み、自室のドアを開けるや否や、ベッドの上に放り出してあった『運命の書』をひったくる。
震える手で、昨日、呆然と見つめることしかできなかった、あの真っ白なページを開いた。
そこには――。
昨日まで、確かに白紙だったはずのページに。
まるで、今まさに、見えない誰かの万年筆が、インクを染み込ませていくかのように。
震える文字が、ひとりでに浮かび上がってきていた。
『――止まっていた彼の物語が、再び動き出す』
それは、予言でも、過去の記録でもない。
今、この瞬間に起きている、俺の人生の、リアルタイムの実況だった。
莉緒との再会が、引き金になったんだ。
彼女という存在が、触媒となって、俺の白紙だった物語に、再びインクを落としたのだ。
俺は、浮かび上がったその一文を、ただ、呆然と見つめていた。
これから、このページには、どんな物語が綴られていくのだろうか。
期待と、それ以上に大きな不安が、俺の心を支配していた。
いや、正確には、俺以外の世界の時間が止まったように感じた。
教室中のすべての視線が、レーザービームみたいに突き刺さってくる。
一点集中。その照射ポイントは、教壇で悪戯っぽく笑う絶世の美少女――橘莉緒と、椅子に座ったまま完全にフリーズしている、哀れな男子高校生――俺、青葉一樹だ。
(なんだこの状況……なんだこの状況……!)
脳内で同じ言葉が、壊れたレコードみたいにぐるぐる回る。
特に、男子生徒からの視線が痛い。いや、物理的に突き刺さってきている。
嫉妬、羨望、そして純度100%の殺意が込められた心の声が、まるでサラウンドスピーカーで再生されているかのように、俺の鼓膜に直接響いてくるようだ。
『誰だお前!』
『あの女神とどういう関係だ!』
『カズ……だと? 気安く呼んでんじゃねえぞゴルァ!』
『昨日までどうでもいいモブだと思ってたのに……許さん、絶対に許さんぞ青葉一樹!』
ひぃぃ、こわい! 皆の心の声が雄弁すぎる! 省エネを信条とする俺の穏やかな日常が、今、まさに崩壊しようとしている!
そんな地獄絵図のような教室の空気を、当の本人は全く意に介していない。
莉緒は、タナカ先生に「席は、あそこでいいか?」と、俺の隣の空席を指さして尋ねた。
そこは、確かクラスで唯一の空席だったはずだ。
タナカ先生が頷くのを見ると、莉緒は「うっす」と、およそ美少女らしからぬ返事をして、ヒラヒラと手を振りながら、当然のようにこっちへ向かって歩いてくる。
カツン、カツン、とローファーの軽やかな音が、静まり返った教室に響く。
それはまるで、ファッションショーのランウェイを歩くトップモデルのようだった。
彼女が通るたびに、男子生徒たちがモーゼの海割りみたいに道を空ける。
艶やかなハニーブラウンの髪がふわりと揺れ、シャンプーの甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。
(近い近い近い近い!)
心臓が、暴れ馬みたいに胸の中で跳ね回る。
そして、彼女は俺の隣の席に、すとん、と腰を下ろした。
まるで、七年前もずっとそうしていたかのように、ごく自然に。
ガサゴソとスクールバッグから教科書を取り出しながら、俺の顔を覗き込んで、ニッと笑う。
「いやー、しかしカズ、ちっちゃい頃の面影あるなー。ひょろっとしてて、すぐ折れそうなとこ、全然変わんねーのな!」
「…………」
「あ、なんだよその顔。もしかして、俺のこと忘れちまったとか?」
「……………」
「え、マジで? ショックなんだけど! ほら、俺だよ、俺! 橘莉緒だって!」
俺じゃない、わたしだろ!
……というツッコミを、俺の喉は発することを許してはくれなかった。
質問攻めにしたいのに、言葉が出てこない。
お前は本当に、あの莉緒なのか? なんで、女の子になってるんだ? しかも、なんでこんな超絶美少女に……? そもそも、今までどこで何をしていたんだ?
聞きたいことは、銀河の星の数ほどある。
だが、俺の口は、金魚みたいにパクパクと動くだけだった。
混乱したまま、授業再開のチャイムが鳴る。
そこからの時間は、拷問に近かった。
右隣の席から感じる、圧倒的な美少女のオーラ。
時々、ノートの文字を追う彼女の長いまつ毛が視界に入り、そのたびに心臓が跳ねる。
思い出の中の、泥だらけで笑っていた「少年」の面影はどこにもない。
なのに、時折「あ、シャーペン貸して」とか、「この問題、意味わかんねー」とか、ぶっきらぼうに話しかけてくる口調は、紛れもなく、記憶の中の莉緒そのものだった。
そのギャップが、俺の脳をさらにバグらせていく。
もはや、授業の内容など一ミリも頭に入ってこない。
俺はただ、早くこの悪夢のような時間が終わることだけを、神に祈り続けていた。
◇
キーンコーンカーンコーン。
終わりを告げるチャイムが鳴った瞬間、俺は弾かれたように立ち上がった。
「あ、カズ、この後……」
莉緒が何かを言いかけるのを遮るように、俺は猛烈な勢いで机の上の教科書とノートを鞄に叩き込む。
もう無理だ。限界だ。
俺の省エネライフは、ライフポイントゼロだ。
一刻も早く、ここから逃げ出さなければ。
「わりい、急用思い出した!」
自分でも驚くほどマヌケな台詞を残し、俺は脱兎のごとく教室を飛び出した。
背後から「ちょ、待てよカズ!」という莉緒の声と、クラスメイトたちの「一体何が……」という呆然とした声が聞こえた気がしたが、もう振り返る余裕はなかった。
廊下を走り、階段を駆け下り、昇降口で靴を履き替えるのももどかしく、校門を飛び出す。
そして、走った。
ひたすら、家へと走った。
ごちゃごちゃになった頭を整理したかった。
この非現実的な出来事と、どう向き合えばいいのか、答えが欲しかった。
(そうだ、あの本だ!)
あの『青葉一樹年代記』。
俺の過去を全て記録し、そして未来を「白紙」だと突きつけた、あの不気味な本。
莉緒が、七年ぶりに俺の前に現れた。
この、あまりにも出来すぎた偶然。
もし、この再会が、俺の「物語」に何か関係しているとしたら……。
息を切らしながら自宅に駆け込み、自室のドアを開けるや否や、ベッドの上に放り出してあった『運命の書』をひったくる。
震える手で、昨日、呆然と見つめることしかできなかった、あの真っ白なページを開いた。
そこには――。
昨日まで、確かに白紙だったはずのページに。
まるで、今まさに、見えない誰かの万年筆が、インクを染み込ませていくかのように。
震える文字が、ひとりでに浮かび上がってきていた。
『――止まっていた彼の物語が、再び動き出す』
それは、予言でも、過去の記録でもない。
今、この瞬間に起きている、俺の人生の、リアルタイムの実況だった。
莉緒との再会が、引き金になったんだ。
彼女という存在が、触媒となって、俺の白紙だった物語に、再びインクを落としたのだ。
俺は、浮かび上がったその一文を、ただ、呆然と見つめていた。
これから、このページには、どんな物語が綴られていくのだろうか。
期待と、それ以上に大きな不安が、俺の心を支配していた。
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