白紙の未来と再会のヒロイン ~君と綴る、運命のページ~

のびすけ。

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第五章 時の神殿と、裏切りの守護者

エピローグ 魔法が解けた夕暮れ、物語が始まる場所

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あの日と同じ、蜂蜜をこぼしたような茜色の夕暮れだった。

世界を取り戻してから数日後。 
俺と莉緒は、学校帰りにあの場所へと足を運んでいた。 

通学路の脇、雑居ビルと民家の隙間にある異質な路地。 
その奥にひっそりと佇む古本屋、『時詠堂』。

「……ここ?」
「ああ。ここだ」

俺の隣で莉緒が不思議そうに店を見上げている。 
古びた木製の看板。
蔦の絡まった壁。 
あの日、俺が吸い寄せられるように入り、全ての運命を狂わせた場所。

俺の手にはあの大学ノートが握られていた。 
『運命の書』だった抜け殻。 

今はただの真っ白な紙束だ。 
これを返しに来たかった。

魔法はもう終わったのだと、あの化石のような店主に告げるために。

「入るぞ」
「うん」

ギィィィィ……。 

重たい扉を開ける音も、舞い上がる埃の匂いも、あの日と何も変わっていない。 
ただ一つ違うのは、今の俺の隣には、あの日にはいなかった彼女がいることだけ。

店内は静まり返っていた。 
カウンターの奥。 

あの老人は変わらずそこにいた。 
分厚い眼鏡をかけ、古書のページをめくるその手はまるで時間を凍結されたかのように遅い。

「……いらっしゃい」

しゃがれた声。 
老人が顔を上げ俺たちを見る。 

そのギョロリとした瞳が、俺を見て、次に隣の莉緒を見て、そして俺の手元のノートに留まった。 
口元がニヤリと歪んだように見えた。

「……返しに来ました」

俺はノートをカウンターに置いた。

「もう、俺には必要ないものだから」

老人はノートを手に取らなかった。 
ただ、眼鏡の奥で目を細めただけだ。

「ほう。物語は完結したか」

「完結……いや、白紙に戻っただけです」

「それでよい」

老人はパタンと手元の本を閉じた。

「白紙こそが本来の姿じゃ。予言された未来など所詮は誰かの書いた退屈な筋書きに過ぎん。……お主は自分の足で歩くことを選んだ。違うか?」

見透かされたような言葉。 
俺は隣を見た。 

莉緒が俺を見つめ返してくる。 
その瞳には夕日の色が映り込んで、泣きたくなるほど綺麗だった。

「……違わないです」
「ならば、それは持っていくがよい。これからの物語を記すために」

老人は顎で出口をしゃくった。 
追い出されるようだ。
あの日と同じように。

「ありがとうございました」

俺は頭を下げ、ノートを再び手に取った。 
莉緒もペコリと頭を下げる。 
店を出ようとした時、背後から老人の独り言のような声が聞こえた。

「――だが、忘れるでないぞ。一度開かれた物語の扉はそう簡単には閉じん。白紙のページを狙うインクはこの世に五万とあるのじゃからな」

ゾクリ、と背筋が冷えた。 
振り返ると、老人はすでに手元の本に没頭しておりもう俺たちのことなど気にも留めていないようだった。

俺たちは店を出た。 
外の空気は少しだけ冷たくなっていた。 

路地を抜けていつもの通学路に戻る。 
夕日は沈みかけ一番星が瞬き始めていた。

「……ねえ、カズ」

莉緒が俺の制服の袖を摘んだ。

「お爺さん、なんて言ってたの?」
「さあな。……ただの世迷い言だろ」
「そっか」

莉緒はそれ以上追求せず、俺の隣に並んで歩き出した。 
二人の影が長く伸びて重なる。 

俺の手から『運命の書』は消えた。 
もう、明日のことはわからない。 

莉緒がまたいつかいなくなるかもしれない恐怖も、完全に消えたわけじゃない。

でも。

ギュッ。

手が繋がれた。 

俺の左手と莉緒の右手。 
指と指を絡ませる恋人繋ぎ。 

七年前の指切りよりも、ずっと深く、強く。 
その体温が俺の心臓に直接流れ込んでくる。

「カズの手、あったかい」
「お前の手は、ちょっと汗ばんでるな」
「うるさい! ……ねえ、カズ」
「なんだよ」

莉緒が立ち止まる。 
夕日を背にして、彼女は少し照れたように、でも真っ直ぐに俺を見て笑った。

「私ね、白紙の未来って結構好きだよ」
「……なんで?」
「だって、何でも書けるじゃん。カズとなら最高のハッピーエンドだって書き放題でしょ?」

無邪気な言葉。 
でも、それはどんな予言書よりも俺を勇気づけてくれる言葉だった。

「……ああ、そうだな」

俺は繋いだ手を強く握り返した。 
平凡な日常。 
何の保証もない未来。 
それでも、隣に君がいるならそれはどんな冒険物語よりも愛おしい。

「帰ろうぜ、莉緒。……腹減った」
「あはは! 色気ないなー! ……でも、私も!」

俺たちは笑い合い家路を急ぐ。 

幸せなエンディング。 
少なくとも、ここまでは。

だが。

俺たちは気づいていなかった。 
背後の路地裏。 

あの『時詠堂』のショーウィンドウに、いつの間にか新しい一冊の本が飾られていたことに。

その本の表紙は不吉な漆黒。 
そして銀色の文字でこう刻まれていた。

『――第二章:欠落した記憶と、偽りの恋人たち』

風が吹き抜け、路地の奥へと消えていく。 
俺たちの物語はまだ、終わってなどいなかったのだ。 

白紙のページに、次なる運命のインクが、静かに、一滴。 

ポタリと落ちようとしていた。

(第一部・完)
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