侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。

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第十章 封印の神域と千年の夢

哀しき記憶、終焉の胎動

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歪んだ願い、封印の彼方より



 神域が――軋んだ。



 深淵のような音が空間全体に響き渡り、天空の結界が蜘蛛の巣のように亀裂を走らせる。まるで世界そのものが“何か”の誕生に耐えきれず、悲鳴を上げているようだった。



「この……揺れ……! 封印が……!」



 シャルロッテの声が震え、杖を強く握りしめる。彼女の周囲では精霊たちが次々と現れ、焦りにも似たざわめきを見せていた。



「瘴気が……濃くなってるウサ……! これ、ただの魔力じゃない……!」



 フィーナの声にも、恐怖が滲む。遠くから押し寄せる黒き瘴気は、見る間に神域全体を侵食していく。その中央に、ぽっかりと空いた虚空が、音もなく口を開いた。



 そして――“それ”は現れた。



 闇と瘴気が渦を巻き、空間を裂いて現れた“それ”は、まるで人の姿と魔の形を併せ持つような存在だった。目は深紅に染まり、漆黒の鎧を纏いながら、どこか悲しげに虚空を見つめていた。



「……あれが、“真なる魔王”……?」



 ルーナが呆然とつぶやく。だが、それはただの魔王ではなかった。



 イッセイの胸が疼く。リアナの記憶が、またも揺れ動いた。



『彼は……私の中にいた。もう一人の、私……』



 幻聴のように響いた声は、確かにリアナのものだった。



「まさか……リアナの魂が……あれと……」



「違うにゃ……! 混じってる……“リアナの願い”と“魔王の記憶”が、ひとつになって……!」



 ミュリルの言葉に、誰もが息を呑む。



 そして、魔王が口を開いた。



「……人は、救いを求めた。だが、救いは届かず、絶望が生まれた。だから私は、破壊を選んだ。これは、誰かのせいではない。願いが、行き場をなくしただけだ」



 その声は静かで、どこか……悲しみに満ちていた。



「違う!」



 イッセイが叫んだ。



「それは、リアナの本当の願いじゃない! 彼女は、誰かを憎んだんじゃない……誰かを、救いたかったんだ!」



 魔王はゆっくりと首を傾げる。



「では問おう。“救い”とは何だ? “未来”とは何だ? お前たちは、いくつの犠牲の上に、それを選ぶというのか」



「……それでも!」



 イッセイが剣を抜く。その背後には、クラリスとルーナ、そして仲間たち全員の気配があった。



「それでも、俺たちは――生きる未来を、選ぶ!」



「イッセイくんが選ぶ道なら、私も信じる!」



「守るべき命がある限り、私は剣を振るう!」



「癒しと笑顔で、希望を繋ぐウサ!」



「にゃんでも、未来があるなら……戦うにゃ!」



「……精霊たちも、訴えてる。“あの存在”は、願いが壊れた記憶。終わらせる時が来たって……」



 シャルロッテの声が、空間を震わせる。



 魔王は、静かに剣を構えた。



「ならば、示してみせよ。“希望”とやらの力を――この哀しき記憶を、断ち切れるというのなら」



 次の瞬間、神域全体が咆哮した。地が裂け、空が軋む。



 戦いが、始まった。



 絶望の力を纏った魔王の一撃は、ただ振るうだけで空間ごと切り裂いた。仲間たちは必死に回避し、連携しながら応戦する。



「くっ……重い! 一撃一撃が、空間ごと歪んでる!」



「瘴気の奔流に、魔法が弾かれるウサ!」



「でも、あいつは……泣いてる……どこかで、助けを呼んでるにゃ!」



 ミュリルの言葉に、イッセイは深く息を吸った。



「……だったら、俺たちが応えるだけだ。“あの記憶”に、終わりを――!」



 戦場を包む瘴気の闇が、更に濃くなっていく。



 だがその中に、わずかな光が瞬いた。精霊たちの声が、誰かの“想い”を運んできたのだった――。



命の継承、祈りの刃



 空間が、砕けるように軋んだ。



 魔王の咆哮とともに神域全体が震え、瘴気はますます濃さを増していく。時空がねじれ、幻想と現実の境界が曖昧になる中――仲間たちは、一つの“光”に導かれるように、動き始めていた。



「まだ……終わってない!」



 クラリスが叫ぶ。彼女の手には、かつてリアナが着ていた聖衣を模した戦装束。かつての記憶をたどるように、その瞳には誓いが宿っていた。



「わたくしは王女である前に、一人の人間として――イッセイの隣に立ちたい。そのためにも、ここで未来を守る力を!」



 淡い金の光が彼女の体を包み、蒼の魔法陣が背後に浮かび上がる。彼女の魔法が、瘴気の幕を切り裂いた。



「イッセイくん……あたし、怖かった。昔、家のことで……誰にも言えなかった。でも、今は違う。あんたと一緒なら、どんな過去も笑えるって思える」



 リリィの手から放たれた光は、鮮やかな香の風となって、仲間たちの傷を癒していく。アロマオイルに込めたのは、かつてリアナが笑顔で語った“優しさ”の記憶だった。



 そして――



「……私は、信じるのが怖かった。あの声が、幻だと思いたかった」



 シャルロッテが呟いた。



 その声に反応するように、精霊たちが舞い、彼女の周囲に集い始める。



「でも、今は聴こえる。――あなたたちの声が。すべてが、繋がってる!」



 瞬間、彼女の額に光の紋章が浮かび上がる。



 《精霊統括者》――シャルロッテが目覚めた、真なる能力。精霊語の完全解読。森の囁き、風の嘆き、そして“世界の涙”すら、彼女には届くようになった。



「イッセイ様……精霊たちは言っています。“あなたに託したい”と」



 精霊たちの光が、風となってイッセイに集い始めた。



「……これが……リアナの想い……?」



 イッセイの胸の奥が、熱くなる。



 剣が――応えた。



 腰に携えていた“精霊剣リアナ”が、光を放ち始めた。白銀の刃が透明に近づき、中心には“記憶”の紋様が浮かび上がる。



「イッセイ……!」



 クラリスとルーナが同時に叫ぶ。



「俺は……この手で、過去も、未来も、受け止めてみせる。リアナ……君が見ようとした世界を、俺たちが紡ぐ!」



 イッセイの足元に、精霊たちの環が浮かび、力の奔流が全身を駆け巡る。



 《命の継承者》――



 世界が、イッセイを祝福していた。



「来るウサ……!」



 魔王が再び動き出す。瘴気の尾を引きながら、巨大な黒槍を召喚し、イッセイに向けて投擲する。



「行かせない!」



 ルーナが身体を張って防ぎ、クラリスが魔法で援護する。その隙に――



 イッセイは駆けた。



 風が裂け、時が止まったかのように、空間が静まる。



「終わらせよう、この哀しき記憶を」



 リアナの声が、イッセイの心に重なる。



 刃が走る。



 精霊剣リアナの光が、魔王の胸元――そこに宿る“核”を、まっすぐに貫いた。



 ……静寂が、訪れた。



 魔王の身体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。だがその瞳には、怒りではなく――やすらぎが宿っていた。



 光の中、幻のようにリアナの姿が浮かび上がる。



「ありがとう……イッセイ。みんな……ありがとう」



 その微笑みは、千年の孤独を乗り越えた、やさしい少女の笑顔だった。



 そして、彼女は光へと還っていく。



 命の継承とともに――哀しき記憶は、終わりを告げた。
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