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第十章 封印の神域と千年の夢
聖女の祈り、継がれる未来
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崩壊する神域の空は、悲しみを湛えた紅に染まっていた。
足元では神殿の回廊が軋み、裂けた大地の間から光と瘴気が渦を巻いて吹き上がる。
「急げ、道が……崩れるウサ!」
フィーナが叫びながら跳躍し、崩れかけた橋を軽やかに飛び越える。その手には、ミュリルの腕がしっかりと握られていた。
「うぅ、怖いにゃん……! でも……リアナのために、ちゃんと、行かないとにゃ……」
ミュリルが涙を滲ませながらも前を見据える。
その瞳の先――空に浮かぶ幻のような光が、一行を照らしていた。
それは、リアナの魂の残滓。かつて封印と共にあった聖女の意志が、最後の祈りのように風に乗って舞い降りていた。
「……この光……あたたかい。まるで、リアナ様が“ありがとう”って……」
シャルロッテがそっと呟く。その声音には、確かな安堵と哀しみが混じっていた。
神域の結界が、精霊たちの囁きに導かれて閉じようとしている。崩壊の中心にあった聖殿が、静かに瓦解し、白い光へと還っていく。
クラリスが立ち止まり、振り返った。
「……すべてが、終わったのですのね」
その横に立つセリアもまた、深く頷く。
「でも、終わったんじゃない……私たちが“引き継いだ”の。だから、忘れないようにしないと」
「うん。わたし、忘れないよ」
リリィがそっと頬を撫でる風に目を細めながら、言葉を紡ぐ。
「商人として、王都に戻ったら……“本当の想い”を、何かの形にして残したい。そう思うの」
イッセイは、足元に舞い落ちた花びらのような光を見つめていた。
それはまるで――リアナが最後に残した、静かな微笑の欠片のようだった。
「リアナさんは……今でもこの空に生きてるウサ」
フィーナがそっと空を見上げて言った。
「……にゃん。ちゃんと、お別れ、できたにゃ」
ミュリルの大きな瞳から、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。それは決して悲しみだけの涙ではなく、確かな“別れ”と“未来”を見据えた、温かい想いの証だった。
神域の最奥にある“記録の扉”が、精霊たちの導きによりゆっくりと閉じられていく。
かつて語られたはずの聖女リアナの記録は、再び“神話の外”へと封印される。
だが、その記憶を胸に刻む者たちは、確かにここにいる。
「この扉は、世界から見ればもう開かれることはない……でも、私たちには刻まれました。もう一つの、聖女伝説が」
セリアが静かに言った。凛とした表情の奥に、彼女なりの“誓い”があった。
「未来を選ぶって、簡単なことじゃない。でも――」
イッセイは一度言葉を止め、仲間たち一人ひとりの顔を見渡した。
クラリス、ルーナ、シャルロッテ、リリィ、セリア、ミュリル、フィーナ、サーシャ。
どの瞳にも、迷いと決意、そして“希望”が宿っていた。
「――俺たちは、過去を知った。だからこそ、未来を変えられると信じてる」
「わたくしもですわ、イッセイ。……どんな未来であっても、貴方となら、乗り越えていけます」
クラリスが誓うように微笑んだ。
神域の門が、ついに完全に閉じられる。
風が吹いた。
聖女の祈りは、空へと還っていく。
そしてそれは、語られぬままの真実となって――仲間たちの胸に、静かに刻まれた。
それぞれの未来へ
数日後――。
神域セーレ・リュミエールから帰還した一行は、王都近郊の小さな村で休息を取っていた。
だが、今回の旅で得た真実――“リアナの存在”も“魔王との邂逅”も、公には語られることはなかった。
「報告は、“精霊災害”として処理してある。ギルドも王族も、余計な詮索はしないだろう」
サーシャが事務的に告げる。けれどその言葉の奥にあるのは、仲間への気遣いと、この真実が持つ重さへの配慮だった。
「記録に残らない出来事……でも、それでも、私たちが覚えてる」
リリィが小さく呟き、香草ティーをそっと注いだ。あの日、神域で感じた光のぬくもりを、まだ手に残る熱として大切にしている。
フィーナは地図帳を広げ、新たな航路を描いていた。
「このへん、風の流れが変わってるウサ。きっと、精霊たちの通り道になってるんだよ」
クラリスが窓際で、風にそっと手を伸ばす。
「リアナの想いが……精霊たちを導いているのかもしれませんわ」
その声には、聖女に向けた静かな敬意と、別れの余韻が込められていた。
一方、シャルロッテは精霊語で書かれた古文書の束を前に、真剣な面持ちで筆を走らせていた。
「私は……精霊の声を正しく伝える者になります。今度こそ、“声”を失わせたりはしません」
彼女の言葉に、ルーナが笑顔を見せた。
「いいね。それぞれが自分の役目を見つけてるって感じ。……うん、これから先が楽しみ」
「拙者は道場を建てるつもりだ。強さとは何か、子どもたちに教えたい」
サーシャの真剣な瞳に、かつて神域で叫んだ“守るための力”が宿っている。
「ボクは、歌と踊りで旅を彩りたいウサ。リアナさんのように、誰かの心に残るように」
フィーナが微笑み、くるりと回ったその動作には、悲しみを超えた“未来への軽やかさ”があった。
そして、誰よりも静かに座っていたイッセイが、ふと口を開く。
「……過去を救えたのかは、今でも分からない。だけど……」
全員の視線が彼に向けられる。
「――未来を選ぶことはできた。それは確かに、俺たちが手にした“答え”だと思う」
しんと静まり返った部屋に、柔らかな風が吹き込む。
それは、神域で別れたあの光の風と同じ、精霊たちの息吹だった。
「さ、そろそろ出発準備だよね? 次の旅は……どこにしようか」
ルーナが明るく切り出すと、皆が笑顔を返した。
そう――彼らの旅はまだ終わらない。
語られなかった聖女の真実。
それでも、その想いを胸に抱き、彼らは“今”を生きる。
未来を選び、歩んでいく。
そしてまた、新たな冒険へ――。
足元では神殿の回廊が軋み、裂けた大地の間から光と瘴気が渦を巻いて吹き上がる。
「急げ、道が……崩れるウサ!」
フィーナが叫びながら跳躍し、崩れかけた橋を軽やかに飛び越える。その手には、ミュリルの腕がしっかりと握られていた。
「うぅ、怖いにゃん……! でも……リアナのために、ちゃんと、行かないとにゃ……」
ミュリルが涙を滲ませながらも前を見据える。
その瞳の先――空に浮かぶ幻のような光が、一行を照らしていた。
それは、リアナの魂の残滓。かつて封印と共にあった聖女の意志が、最後の祈りのように風に乗って舞い降りていた。
「……この光……あたたかい。まるで、リアナ様が“ありがとう”って……」
シャルロッテがそっと呟く。その声音には、確かな安堵と哀しみが混じっていた。
神域の結界が、精霊たちの囁きに導かれて閉じようとしている。崩壊の中心にあった聖殿が、静かに瓦解し、白い光へと還っていく。
クラリスが立ち止まり、振り返った。
「……すべてが、終わったのですのね」
その横に立つセリアもまた、深く頷く。
「でも、終わったんじゃない……私たちが“引き継いだ”の。だから、忘れないようにしないと」
「うん。わたし、忘れないよ」
リリィがそっと頬を撫でる風に目を細めながら、言葉を紡ぐ。
「商人として、王都に戻ったら……“本当の想い”を、何かの形にして残したい。そう思うの」
イッセイは、足元に舞い落ちた花びらのような光を見つめていた。
それはまるで――リアナが最後に残した、静かな微笑の欠片のようだった。
「リアナさんは……今でもこの空に生きてるウサ」
フィーナがそっと空を見上げて言った。
「……にゃん。ちゃんと、お別れ、できたにゃ」
ミュリルの大きな瞳から、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。それは決して悲しみだけの涙ではなく、確かな“別れ”と“未来”を見据えた、温かい想いの証だった。
神域の最奥にある“記録の扉”が、精霊たちの導きによりゆっくりと閉じられていく。
かつて語られたはずの聖女リアナの記録は、再び“神話の外”へと封印される。
だが、その記憶を胸に刻む者たちは、確かにここにいる。
「この扉は、世界から見ればもう開かれることはない……でも、私たちには刻まれました。もう一つの、聖女伝説が」
セリアが静かに言った。凛とした表情の奥に、彼女なりの“誓い”があった。
「未来を選ぶって、簡単なことじゃない。でも――」
イッセイは一度言葉を止め、仲間たち一人ひとりの顔を見渡した。
クラリス、ルーナ、シャルロッテ、リリィ、セリア、ミュリル、フィーナ、サーシャ。
どの瞳にも、迷いと決意、そして“希望”が宿っていた。
「――俺たちは、過去を知った。だからこそ、未来を変えられると信じてる」
「わたくしもですわ、イッセイ。……どんな未来であっても、貴方となら、乗り越えていけます」
クラリスが誓うように微笑んだ。
神域の門が、ついに完全に閉じられる。
風が吹いた。
聖女の祈りは、空へと還っていく。
そしてそれは、語られぬままの真実となって――仲間たちの胸に、静かに刻まれた。
それぞれの未来へ
数日後――。
神域セーレ・リュミエールから帰還した一行は、王都近郊の小さな村で休息を取っていた。
だが、今回の旅で得た真実――“リアナの存在”も“魔王との邂逅”も、公には語られることはなかった。
「報告は、“精霊災害”として処理してある。ギルドも王族も、余計な詮索はしないだろう」
サーシャが事務的に告げる。けれどその言葉の奥にあるのは、仲間への気遣いと、この真実が持つ重さへの配慮だった。
「記録に残らない出来事……でも、それでも、私たちが覚えてる」
リリィが小さく呟き、香草ティーをそっと注いだ。あの日、神域で感じた光のぬくもりを、まだ手に残る熱として大切にしている。
フィーナは地図帳を広げ、新たな航路を描いていた。
「このへん、風の流れが変わってるウサ。きっと、精霊たちの通り道になってるんだよ」
クラリスが窓際で、風にそっと手を伸ばす。
「リアナの想いが……精霊たちを導いているのかもしれませんわ」
その声には、聖女に向けた静かな敬意と、別れの余韻が込められていた。
一方、シャルロッテは精霊語で書かれた古文書の束を前に、真剣な面持ちで筆を走らせていた。
「私は……精霊の声を正しく伝える者になります。今度こそ、“声”を失わせたりはしません」
彼女の言葉に、ルーナが笑顔を見せた。
「いいね。それぞれが自分の役目を見つけてるって感じ。……うん、これから先が楽しみ」
「拙者は道場を建てるつもりだ。強さとは何か、子どもたちに教えたい」
サーシャの真剣な瞳に、かつて神域で叫んだ“守るための力”が宿っている。
「ボクは、歌と踊りで旅を彩りたいウサ。リアナさんのように、誰かの心に残るように」
フィーナが微笑み、くるりと回ったその動作には、悲しみを超えた“未来への軽やかさ”があった。
そして、誰よりも静かに座っていたイッセイが、ふと口を開く。
「……過去を救えたのかは、今でも分からない。だけど……」
全員の視線が彼に向けられる。
「――未来を選ぶことはできた。それは確かに、俺たちが手にした“答え”だと思う」
しんと静まり返った部屋に、柔らかな風が吹き込む。
それは、神域で別れたあの光の風と同じ、精霊たちの息吹だった。
「さ、そろそろ出発準備だよね? 次の旅は……どこにしようか」
ルーナが明るく切り出すと、皆が笑顔を返した。
そう――彼らの旅はまだ終わらない。
語られなかった聖女の真実。
それでも、その想いを胸に抱き、彼らは“今”を生きる。
未来を選び、歩んでいく。
そしてまた、新たな冒険へ――。
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