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最終章 始まりの君へ、この永遠の祝福を
プロローグ 魂の揺り籠、千年の孤独
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オリオンが拓いた光の扉をくぐった先――そこは、物理法則を超越した、魂の聖域だった。
《魂の揺り籠》。世界の始まりと終わりの全てが眠る、あまりにも静かで、そして、あまりにも美しい場所。
星々が、吐息のように穏やかな光を放ちながら流れる天幕の下には、どこまでも続く水晶の湖が広がっていた。
水面は鏡のように空を映し、現実と幻想の境界を曖昧にしている。
岸辺には、まるで女神が流した涙の雫から生まれたかのように、純白の花々が健気に、しかし力強く咲き誇っていた。
だが、その神々しいほどの美しさとは裏腹に、空間全体が、言葉にならないほどの深い、深い哀しみに満ちていた。それは、嘆きとも絶望とも違う、ただ千年の時を経て研ぎ澄まされた、純粋な“孤独”の匂いだった。
「……ここが……」
俺の呟きは、音になることなく、ただ魂の中で震えた。
仲間たちも皆、言葉を失い、息を呑んでその光景を見つめている。
「……なんて……哀しい場所なのだろうな」
サーシャが、震える声で言った。
武士として、幾多の死線と悲劇を見てきた彼女でさえ、この空間が放つ魂の重圧には、耐えがたいものを感じているようだった。
「精霊たちが……歌っていません。ただ、寄り添うように……泣いています」
シャルロッテは、その場に膝をつき、祈るように両手を組んだ。
彼女の瞳からは、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちていた。
精霊と深く感応する彼女には、この地に満ちる千年の孤独が、刃となって心を抉っているのだろう。
湖の中心に、小島が浮かんでいた。
そこに、二つの影があった。
一人は、銀色の長い髪を湖面に遊ばせ、まるで眠れる赤子のように安らかな、それでいてどこか儚げな表情で横たわる少女――聖女リアナの魂。
その身体は半ば透き通り、星々の光を受けて淡く輝いていた。
そして、そのリアナの腕の中に抱かれるようにして、もう一人の少女が、小さく膝を抱えていた。
リアナと瓜二つの姿をしながらも、その身は影のように黒く、千年の孤独に苛まれるかのように、声もなく涙を流し続けている。世界の全ての“負”をその身に封じ込めた存在――“魔王”。
その姿は、俺たちが想像していたような、禍々しい怪物ではなかった。
ただ、世界の全てから拒絶され、傷つき、怯えきった、幼い少女の魂だった。
「……ずっと、こうしていたのね。リアナ様は……」
シャルロッテの声が、震えながら静寂を破った。
討つべき敵など、どこにもいなかった。
そこにあったのは、ただ、傷ついたもう一人の自分(・・・・・)を、その身を盾にするように抱きしめ、千年の孤独を共に分かち合ってきた、哀れで、そしてどこまでも気高い聖女の姿だけだった。
「……ひどい……」
リリィの唇から、か細い声が漏れた。
その瞳には、いつものような商魂の輝きはなく、ただ純粋な怒りが燃えていた。
「これが、神様のやったこと……? こんな……こんな小さな女の子一人に、全部を押し付けて……! 許せない……絶対に、許せないわ!」
「そうウサ……。見て、あの子……ずっと震えてる。ずっと、怖かったんだウサ……」
フィーナは、もう嗚咽を堪えることができず、その場に泣き崩れた。
彼女の歌は、いつも笑顔を届けるためのものだった。
だが、目の前にいる、あまりにも救いのない魂を前に、どんな歌を歌えばいいのか、もう分からなかった。
「……にゃ……」
ミュリルは、ただ黙って、フィーナの背中をさすっていた。
彼女自身も、孤独だった過去を持つ。
あの影の少女が流す涙の意味を、誰よりも痛いほどに理解していた。
「……これが、わたくしたちが守ろうとした世界の、“真実”……」
クラリスは、王女としての誇りも何もかもを忘れ、ただ呆然と立ち尽くしていた。
民の平和。国の繁栄。その全てが、この少女一人の、永遠とも思える犠牲の上に成り立っていた。
その事実は、彼女が信じてきた正義を、根底から覆すものだった。
「……イッセイくん」
ルーナが、俺の服の袖を、強く、強く握りしめた。
「あたし……嫌よ。こんなの、絶対におかしいわ。……ねえ、どうにか、してあげられないの……?」
その声は、悪戯っぽい小悪魔のそれではなく、ただ助けを求める、一人の少女の声だった。
俺は、何も答えられなかった。
ただ、腰に差した《精霊剣リアナ》の柄を、血が滲むほど強く握りしめる。
剣が、温かい。
リアナの魂が、俺の中で共鳴している。
彼女の哀しみが、怒りが、そして、あの影の少女への、どうしようもないほどの愛情が、奔流のように俺の心へと流れ込んでくる。
(……そうか。これが、お前の戦いだったのか、リアナ……)
千年間、たった独りで。
誰に知られることもなく、誰に感謝されることもなく。
ただ、自らが愛した世界が生み出した“哀しみ”を、その腕で抱きしめ続けてきた。
討つべき敵は、いない。
断罪すべき悪も、いない。
ここにあるのは、ただ、救いを求める、二つの孤独な魂だけだ。
俺は、ゆっくりと一歩、踏み出した。
その瞬間、俺たちの存在に気づいたのか、影の少女――魔王の魂が、びくりと肩を震わせ、怯えた瞳でこちらを見た。
リアナの腕の中に、さらに深く、その身を隠そうとする。
俺たちの旅の、本当の最後の目的が、今、定まった。
「……行こう、みんな」
俺は、仲間たちを振り返った。
誰もが涙を流していた。
だが、その瞳の奥には、哀しみだけではない、鋼のような、揺るぎない決意の光が宿っていた。
「俺たちの戦いは、ここからだ。あの子たちを、この千年の孤独から、救い出す」
俺の言葉に、仲間たちは、力強く、そして静かに、頷いた。
俺たちの、最後の旅路が、今、始まろうとしていた。
《魂の揺り籠》。世界の始まりと終わりの全てが眠る、あまりにも静かで、そして、あまりにも美しい場所。
星々が、吐息のように穏やかな光を放ちながら流れる天幕の下には、どこまでも続く水晶の湖が広がっていた。
水面は鏡のように空を映し、現実と幻想の境界を曖昧にしている。
岸辺には、まるで女神が流した涙の雫から生まれたかのように、純白の花々が健気に、しかし力強く咲き誇っていた。
だが、その神々しいほどの美しさとは裏腹に、空間全体が、言葉にならないほどの深い、深い哀しみに満ちていた。それは、嘆きとも絶望とも違う、ただ千年の時を経て研ぎ澄まされた、純粋な“孤独”の匂いだった。
「……ここが……」
俺の呟きは、音になることなく、ただ魂の中で震えた。
仲間たちも皆、言葉を失い、息を呑んでその光景を見つめている。
「……なんて……哀しい場所なのだろうな」
サーシャが、震える声で言った。
武士として、幾多の死線と悲劇を見てきた彼女でさえ、この空間が放つ魂の重圧には、耐えがたいものを感じているようだった。
「精霊たちが……歌っていません。ただ、寄り添うように……泣いています」
シャルロッテは、その場に膝をつき、祈るように両手を組んだ。
彼女の瞳からは、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちていた。
精霊と深く感応する彼女には、この地に満ちる千年の孤独が、刃となって心を抉っているのだろう。
湖の中心に、小島が浮かんでいた。
そこに、二つの影があった。
一人は、銀色の長い髪を湖面に遊ばせ、まるで眠れる赤子のように安らかな、それでいてどこか儚げな表情で横たわる少女――聖女リアナの魂。
その身体は半ば透き通り、星々の光を受けて淡く輝いていた。
そして、そのリアナの腕の中に抱かれるようにして、もう一人の少女が、小さく膝を抱えていた。
リアナと瓜二つの姿をしながらも、その身は影のように黒く、千年の孤独に苛まれるかのように、声もなく涙を流し続けている。世界の全ての“負”をその身に封じ込めた存在――“魔王”。
その姿は、俺たちが想像していたような、禍々しい怪物ではなかった。
ただ、世界の全てから拒絶され、傷つき、怯えきった、幼い少女の魂だった。
「……ずっと、こうしていたのね。リアナ様は……」
シャルロッテの声が、震えながら静寂を破った。
討つべき敵など、どこにもいなかった。
そこにあったのは、ただ、傷ついたもう一人の自分(・・・・・)を、その身を盾にするように抱きしめ、千年の孤独を共に分かち合ってきた、哀れで、そしてどこまでも気高い聖女の姿だけだった。
「……ひどい……」
リリィの唇から、か細い声が漏れた。
その瞳には、いつものような商魂の輝きはなく、ただ純粋な怒りが燃えていた。
「これが、神様のやったこと……? こんな……こんな小さな女の子一人に、全部を押し付けて……! 許せない……絶対に、許せないわ!」
「そうウサ……。見て、あの子……ずっと震えてる。ずっと、怖かったんだウサ……」
フィーナは、もう嗚咽を堪えることができず、その場に泣き崩れた。
彼女の歌は、いつも笑顔を届けるためのものだった。
だが、目の前にいる、あまりにも救いのない魂を前に、どんな歌を歌えばいいのか、もう分からなかった。
「……にゃ……」
ミュリルは、ただ黙って、フィーナの背中をさすっていた。
彼女自身も、孤独だった過去を持つ。
あの影の少女が流す涙の意味を、誰よりも痛いほどに理解していた。
「……これが、わたくしたちが守ろうとした世界の、“真実”……」
クラリスは、王女としての誇りも何もかもを忘れ、ただ呆然と立ち尽くしていた。
民の平和。国の繁栄。その全てが、この少女一人の、永遠とも思える犠牲の上に成り立っていた。
その事実は、彼女が信じてきた正義を、根底から覆すものだった。
「……イッセイくん」
ルーナが、俺の服の袖を、強く、強く握りしめた。
「あたし……嫌よ。こんなの、絶対におかしいわ。……ねえ、どうにか、してあげられないの……?」
その声は、悪戯っぽい小悪魔のそれではなく、ただ助けを求める、一人の少女の声だった。
俺は、何も答えられなかった。
ただ、腰に差した《精霊剣リアナ》の柄を、血が滲むほど強く握りしめる。
剣が、温かい。
リアナの魂が、俺の中で共鳴している。
彼女の哀しみが、怒りが、そして、あの影の少女への、どうしようもないほどの愛情が、奔流のように俺の心へと流れ込んでくる。
(……そうか。これが、お前の戦いだったのか、リアナ……)
千年間、たった独りで。
誰に知られることもなく、誰に感謝されることもなく。
ただ、自らが愛した世界が生み出した“哀しみ”を、その腕で抱きしめ続けてきた。
討つべき敵は、いない。
断罪すべき悪も、いない。
ここにあるのは、ただ、救いを求める、二つの孤独な魂だけだ。
俺は、ゆっくりと一歩、踏み出した。
その瞬間、俺たちの存在に気づいたのか、影の少女――魔王の魂が、びくりと肩を震わせ、怯えた瞳でこちらを見た。
リアナの腕の中に、さらに深く、その身を隠そうとする。
俺たちの旅の、本当の最後の目的が、今、定まった。
「……行こう、みんな」
俺は、仲間たちを振り返った。
誰もが涙を流していた。
だが、その瞳の奥には、哀しみだけではない、鋼のような、揺るぎない決意の光が宿っていた。
「俺たちの戦いは、ここからだ。あの子たちを、この千年の孤独から、救い出す」
俺の言葉に、仲間たちは、力強く、そして静かに、頷いた。
俺たちの、最後の旅路が、今、始まろうとしていた。
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