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最終章 始まりの君へ、この永遠の祝福を
最後の抵抗、救いを求める叫び
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俺たちが、その聖域に一歩足を踏み入れた瞬間だった。
湖の中心でリアナに抱かれていた影の少女――魔王の魂が、びくりと肩を震わせ、怯えに満ちた瞳で顔を上げた。
その瞳には、俺たちが想像していたような憎悪や敵意ではなく、見知らぬ者に自らの聖域を侵されたことに対する、純粋な恐怖と拒絶の色だけが宿っていた。
《……来ないで》
魂に直接響く、か細い、震える声。
《ここは、私とリアナだけの場所……! これ以上、誰も私を傷つけないで……!》
その魂の叫びに呼応するように、彼女の周囲から、この世界に封印されていた全ての“負”そのものが、最後の抵抗として牙を剥いた。
大地から、憎悪が黒い爪となって無数に突き出し、絶望が闇の触手となって、蛇のように俺たちに襲いかかる。
「くっ……!」
俺は咄嗟に《精霊剣リアナ》を抜き、迫りくる闇の爪を弾き返した。
だが、斬っても斬っても、その攻撃には確かな“殺意”がなかった。
刃と刃がぶつかるような硬質な感触ではない。
まるで、深い哀しみの塊を斬りつけているかのような、手応えのない、しかし重い感触だけが腕に残る。
これは、物理的な攻撃ではない。
痛い、苦しい、独りにしてくれ、という魂の叫びそのものが、形を成しているのだ。
「イッセイ様、これは戦いではありませんわ!」
いち早くその本質に気づいたクラリスが叫んだ。
「あの子は……ただ、怯えているだけです! これ以上刺激しては……!」
彼女の叫びに、俺も歯を食いしばる。
そうだ、剣を振るうべき相手ではない。
だが、闇の奔流は止まらない。
俺たちがここにいる限り、あの魂は、自らが傷つくことを恐れて、無差別にその痛みをまき散らし続けるだろう。
「……どうすれば……」
俺が攻撃を防ぐだけで手一杯になっていると、仲間たちもまた、それぞれのやり方でこの“戦い”の本質に気づき始めていた。
「……待って。この闇、攻撃魔法で消し飛ばすようなものじゃないわ」
ルーナは、その手に最大級の雷撃魔法をチャージしかけていたが、ふっとその力を霧散させた。
(……おかしい。いつもの敵と違う。この闇……攻撃すればするほど、悲鳴が大きくなる気がする。……これじゃ、まるで……泣いてる子を、さらに殴りつけてるみたいじゃない)
彼女は杖を握りしめ直し、攻撃ではなく、防御結界の展開へと意識を切り替えた。
「うむ。この太刀筋には、“殺気”がない。ただ、拒絶の念のみ。無辜の魂が流す涙に刃を向けるは、武士の誉れにあらず」
サーシャもまた、抜刀しかけた手を止め、静かに敵意の正体を見極めていた。
「……これって、商売で言えば、完全にこじれたクレーム対応よ!」
リリィが、顔を青くしながら叫んだ。
「相手は怒ってるけど、本当はただ話を聞いてほしいだけなの! ここでこっちが強気に出たら、交渉決裂どころか、会社ごと吹っ飛ぶわ!」
その例えが的確かはさておき、彼女もまた、力で押し通すべきではないと判断していた。
「……歌えない……ウサ」
フィーナは、ただ立ち尽くしていた。
「こんなに哀しい声で満ちてるのに……どんな歌を歌えばいいのか、分からない……ウサ」
彼女の歌は、希望と笑顔を届けるためのもの。だが、希望そのものを拒絶する魂を前に、彼女は完全に無力だった。
「……大丈夫だにゃ、フィーナちゃん」
そのフィーナの肩を、ミュリルがそっと抱いた。
「……あたし、分かるにゃ。この感じ。独りぼっちで、誰も信じられなくて、近づいてくるもの全部を、爪を立てて威嚇してた頃の、あたしと同じ匂いがするにゃ」
ミュリルの瞳が、深い共感の色に潤む。
そうだ。誰もが、気づいていた。
これは、倒すべき敵との戦いではない。
救いを求める、傷ついた魂との、対話なのだと。
「みんな、武器を下ろせ!」
俺は、仲間たちに叫んだ。
「俺たちは、あの子を傷つけに来たんじゃない! その哀しみを、受け止めに来たんだ!」
俺の言葉に、仲間たちは一斉に戦闘態勢を解いた。
そして、攻撃魔法ではなく、防御結界を展開し、闇の触手が振るう暴力的なまでの“哀しみ”を、ただひたすらに受け止め始めた。
『……なぜ……?』
影の少女の魂から、戸惑いの声が響く。
『なぜ、反撃しない……? なぜ、逃げない……? 私は、お前たちを傷つけているのに……!』
「傷ついてなんかないさ」
俺は、一歩前に出た。剣は、鞘に納めたままだ。
「お前が叫べば叫ぶほど、俺たちに伝わってくる。お前が、どれだけ独りで、辛かったのかがな」
俺は、両手を広げてみせた。無防備に、その身を晒す。
「もう、いいんだ。もう、独りで戦わなくていい。俺たちが、来たから」
その言葉に、影の少女の動きが、ほんのわずかに、止まった。
千年の間、向けられ続けたのは、恐怖か、あるいは無関心だけだった。
だが今、目の前にいる者たちは、その痛みを、真正面から受け止めようとしている。
『……信じない……。どうせ、お前たちも……私を、利用するだけなんだ……!』
魂の叫びと共に、闇の抵抗は、むしろ先ほどよりも激しさを増した。
(……ダメだ。言葉だけじゃ、届かない)
俺は、決意を固めた。
(ならば、見せるしかない。俺たちが、何のためにここに来たのかを)
俺は、仲間たちを振り返った。
「――今こそ、神々の試練で得た力を、使う時だ」
俺の言葉に、仲間たちは、力強く頷いた。
俺たちの、本当の戦いは、ここから始まる。
それは、世界を救うための戦いであり、たった一つの、孤独な魂を救うための、戦いだった。
湖の中心でリアナに抱かれていた影の少女――魔王の魂が、びくりと肩を震わせ、怯えに満ちた瞳で顔を上げた。
その瞳には、俺たちが想像していたような憎悪や敵意ではなく、見知らぬ者に自らの聖域を侵されたことに対する、純粋な恐怖と拒絶の色だけが宿っていた。
《……来ないで》
魂に直接響く、か細い、震える声。
《ここは、私とリアナだけの場所……! これ以上、誰も私を傷つけないで……!》
その魂の叫びに呼応するように、彼女の周囲から、この世界に封印されていた全ての“負”そのものが、最後の抵抗として牙を剥いた。
大地から、憎悪が黒い爪となって無数に突き出し、絶望が闇の触手となって、蛇のように俺たちに襲いかかる。
「くっ……!」
俺は咄嗟に《精霊剣リアナ》を抜き、迫りくる闇の爪を弾き返した。
だが、斬っても斬っても、その攻撃には確かな“殺意”がなかった。
刃と刃がぶつかるような硬質な感触ではない。
まるで、深い哀しみの塊を斬りつけているかのような、手応えのない、しかし重い感触だけが腕に残る。
これは、物理的な攻撃ではない。
痛い、苦しい、独りにしてくれ、という魂の叫びそのものが、形を成しているのだ。
「イッセイ様、これは戦いではありませんわ!」
いち早くその本質に気づいたクラリスが叫んだ。
「あの子は……ただ、怯えているだけです! これ以上刺激しては……!」
彼女の叫びに、俺も歯を食いしばる。
そうだ、剣を振るうべき相手ではない。
だが、闇の奔流は止まらない。
俺たちがここにいる限り、あの魂は、自らが傷つくことを恐れて、無差別にその痛みをまき散らし続けるだろう。
「……どうすれば……」
俺が攻撃を防ぐだけで手一杯になっていると、仲間たちもまた、それぞれのやり方でこの“戦い”の本質に気づき始めていた。
「……待って。この闇、攻撃魔法で消し飛ばすようなものじゃないわ」
ルーナは、その手に最大級の雷撃魔法をチャージしかけていたが、ふっとその力を霧散させた。
(……おかしい。いつもの敵と違う。この闇……攻撃すればするほど、悲鳴が大きくなる気がする。……これじゃ、まるで……泣いてる子を、さらに殴りつけてるみたいじゃない)
彼女は杖を握りしめ直し、攻撃ではなく、防御結界の展開へと意識を切り替えた。
「うむ。この太刀筋には、“殺気”がない。ただ、拒絶の念のみ。無辜の魂が流す涙に刃を向けるは、武士の誉れにあらず」
サーシャもまた、抜刀しかけた手を止め、静かに敵意の正体を見極めていた。
「……これって、商売で言えば、完全にこじれたクレーム対応よ!」
リリィが、顔を青くしながら叫んだ。
「相手は怒ってるけど、本当はただ話を聞いてほしいだけなの! ここでこっちが強気に出たら、交渉決裂どころか、会社ごと吹っ飛ぶわ!」
その例えが的確かはさておき、彼女もまた、力で押し通すべきではないと判断していた。
「……歌えない……ウサ」
フィーナは、ただ立ち尽くしていた。
「こんなに哀しい声で満ちてるのに……どんな歌を歌えばいいのか、分からない……ウサ」
彼女の歌は、希望と笑顔を届けるためのもの。だが、希望そのものを拒絶する魂を前に、彼女は完全に無力だった。
「……大丈夫だにゃ、フィーナちゃん」
そのフィーナの肩を、ミュリルがそっと抱いた。
「……あたし、分かるにゃ。この感じ。独りぼっちで、誰も信じられなくて、近づいてくるもの全部を、爪を立てて威嚇してた頃の、あたしと同じ匂いがするにゃ」
ミュリルの瞳が、深い共感の色に潤む。
そうだ。誰もが、気づいていた。
これは、倒すべき敵との戦いではない。
救いを求める、傷ついた魂との、対話なのだと。
「みんな、武器を下ろせ!」
俺は、仲間たちに叫んだ。
「俺たちは、あの子を傷つけに来たんじゃない! その哀しみを、受け止めに来たんだ!」
俺の言葉に、仲間たちは一斉に戦闘態勢を解いた。
そして、攻撃魔法ではなく、防御結界を展開し、闇の触手が振るう暴力的なまでの“哀しみ”を、ただひたすらに受け止め始めた。
『……なぜ……?』
影の少女の魂から、戸惑いの声が響く。
『なぜ、反撃しない……? なぜ、逃げない……? 私は、お前たちを傷つけているのに……!』
「傷ついてなんかないさ」
俺は、一歩前に出た。剣は、鞘に納めたままだ。
「お前が叫べば叫ぶほど、俺たちに伝わってくる。お前が、どれだけ独りで、辛かったのかがな」
俺は、両手を広げてみせた。無防備に、その身を晒す。
「もう、いいんだ。もう、独りで戦わなくていい。俺たちが、来たから」
その言葉に、影の少女の動きが、ほんのわずかに、止まった。
千年の間、向けられ続けたのは、恐怖か、あるいは無関心だけだった。
だが今、目の前にいる者たちは、その痛みを、真正面から受け止めようとしている。
『……信じない……。どうせ、お前たちも……私を、利用するだけなんだ……!』
魂の叫びと共に、闇の抵抗は、むしろ先ほどよりも激しさを増した。
(……ダメだ。言葉だけじゃ、届かない)
俺は、決意を固めた。
(ならば、見せるしかない。俺たちが、何のためにここに来たのかを)
俺は、仲間たちを振り返った。
「――今こそ、神々の試練で得た力を、使う時だ」
俺の言葉に、仲間たちは、力強く頷いた。
俺たちの、本当の戦いは、ここから始まる。
それは、世界を救うための戦いであり、たった一つの、孤独な魂を救うための、戦いだった。
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