55 / 214
第六章 冒険編 〜ヒノモトの侍
遥かなる東方、因果の里へ
しおりを挟む
「……あれが、ヒノモトの外門だよ」
朝靄に包まれた東の平野を抜けた先、丘の斜面から見下ろしたその光景に、一行は思わず足を止めた。遠くに見えるのは、漆黒の瓦屋根と白壁を配した、和の様式で築かれた巨大な城門。そして、その周囲をまるで濁った水墨画のように覆い尽くす──不気味な瘴気の霧。
「っ……あれが、瘴気ってやつか。近づくほどに息苦しくなるな……」
イッセイが額に汗を滲ませながらつぶやくと、隣でルーナがハンカチを取り出して手渡した。
「はい、イッセイくん。汗、拭いてあげる」
「ありがとう、助かる」
そのとき、サーシャは無言のまま視線を門の先に注ぎ続けていた。彼女の瞳には、かつての故郷が瘴気に蝕まれている現実が、何よりも鋭く突き刺さっていた。
「私の、帰る場所が……」
静かに絞り出されたその声には、怒りでも悲しみでもない、無力感が滲んでいた。イッセイはそんな彼女の肩に手を置いた。
「取り戻そう。君の故郷も、人々の暮らしも、全部。俺たちでさ」
「……うん」
その時だった。門の方角から、甲高い警鐘と兵士たちの怒号が響いてきた。
「瘴気獣だァーッ! 門前に三体、突破されるぞ!」
「くっ、行こう!」
イッセイは腰の剣を抜き、サーシャも長刀を引き抜いて霧の中へと駆け出す。続いてクラリス、ルーナ、セリア、ミュリル、フィーナと仲間たちもそれぞれ武器を構えた。
城門前では、まるで獣と鬼が混ざったような異形の存在──瘴気獣が、兵たちを蹴散らしていた。体表から常に瘴気を噴出し、目は赤黒く濁っている。
「囲め! 正面は私が取る!」
サーシャが地を滑るように前へ出て、鋭く斬り込む。
刃が触れた瞬間、瘴気を吹き飛ばす風のような音と共に、獣の前脚が弾け飛んだ。
「おおおおおおっ!」
兵士たちの士気が上がる。
イッセイも剣を構え、瘴気獣の背後に回り込んだ。
「《剣風・破断》!」
剣から放たれた真空の斬撃が獣の胴を一閃。
断末魔をあげて崩れ落ちると、残りの二体も仲間たちによって瞬く間に倒された。
「……ふぅ、これでどうにか城門は守れたか」
イッセイが剣を納めると、周囲の兵士たちが駆け寄ってきた。
「助太刀、感謝いたします! まさか門まで瘴気獣が来るとは……」
「何が起こっているんだ? この国で」
ルーナがやや眉をひそめて問うと、兵士は険しい顔で語り出した。
「二月前、王都でクーデターが起きました。将軍家が襲撃され、今は“名代”と名乗る者が統治を……。それと同時期に、各地に瘴気が現れ始めたんです」
「偶然にしては出来すぎているわね」
クラリスが静かに言い、サーシャが唇を噛んだ。
「それって……まさか、闇ギルドの仕業か?」
「ええ、おそらく。裏では“黒幕”が動いていると噂されています。地方領主の中には闇ギルドと結託した者も多く、街道は閉ざされ、流通も絶たれた状態です」
「……この国を、壊そうとしている誰かがいる」
イッセイは城門の内へと視線を向けた。
そこに広がるのは、かつて「四季の楽園」と呼ばれたヒノモトの景観──しかし今は、瘴気に霞み、木々は枯れ、河は濁っている。
「私の、思い出が……こんな……っ」
サーシャが拳を握りしめる。その肩をイッセイがそっと叩いた。
「進もう、サーシャ。君の隠れ里に。きっと、希望はまだ残ってる」
「……うん。案内するわ。皆、ついてきて」
「……ここが、わたしの故郷……“カグヤの隠れ里”よ」
山深い渓谷を抜け、苔むした石段を登った先に広がっていたのは、霧に包まれた静謐な里だった。
瓦屋根の家々が整然と並び、庭先には手入れの行き届いた苔庭と風鈴が揺れている。
瘴気がうっすらと漂うものの、外の荒廃と比べれば奇跡的に保たれていた。
「わあ……なんだか、幻想の世界みたいウサ」
「空気が違うにゃん……でも、やっぱり少し重たい気もする」
フィーナとミュリルが里の空気を感じ取りながら目を細める。
そんななか、ひときわ背筋を伸ばした老剣士が門の奥から現れた。
「……サーシャか。生きておったか」
「長老……!」
サーシャが駆け寄り、礼を取る。
イッセイたちも頭を下げると、長老は深くうなずき、静かに手を招いた。
「そなたらも、よく来てくれた。……わしは、この里の長老・ツラギ。事情はすでに聞いておる。部屋を用意した、まずは座って話そう」
***
囲炉裏の火がぱちぱちと鳴る静かな座敷。
お茶の香りと、懐かしいような木のぬくもりに包まれながら、一同は膝を揃えた。
「まずお伝えせねばならぬことがある。……この里を、そしてヒノモトを覆う瘴気の根源について、じゃ」
ツラギ長老は目を閉じ、長く息を吐いた。
「数百年前、この国には“黒炎ノ魔”という災厄が封じられておった。剣の始祖・アマカゲと、霊術師たちによって深山の“封魂殿”に封印され、それ以来この地は安寧を保ってきたのじゃ」
「黒炎ノ魔……?」
イッセイが眉をひそめると、ツラギはうなずく。
「今、瘴気が拡がり始めた地は、その封印に繋がる霊脈の要所ばかり。……何者かが、意図的にその結界を弱らせておる。やがて封印が完全に破られれば──この国は再び“黒炎”に呑まれよう」
「……それが、闇ギルドの狙いなのか」
クラリスが低く呟くと、ルーナがふっと冗談めかして笑った。
「イッセイくん、今回もまた世界を救う旅ってわけね」
「……なんだか、毎回スケールが大きくなってる気がするな」
イッセイが肩をすくめて言うと、皆がクスリと笑った。
だが、その空気を打ち払うように、襖がスッと開く。
「……サーシャ、帰っていたのか」
現れたのは、白と藍の装束を身にまとった、整った顔立ちの青年剣士。
腰には二本の刃、背筋はまっすぐ、ただその眼差しはどこか複雑だった。
「カズヒト……!」
「随分と騒がしいと聞いていたが……他国の者を連れて、何を企んでいる」
「企んでなんかいない! わたしは、ヒノモトを救うために戻ってきたのよ!」
きっぱりと言い切るサーシャ。だが青年──カズヒトは、その視線をイッセイへと移した。
「そちらが……お前の“連れ”か」
「はい、私はイッセイ・アークフェルド。この国と、サーシャを助けたいと思っています」
「……ふん。そう簡単に言うものじゃない。口先だけで“救う”などと」
カズヒトの言葉には、刺々しさと、そして――わずかな嫉妬がにじんでいた。
イッセイは静かに微笑を返す。
「口先だけじゃ、信じてもらえないのは分かってます。でも、やるべきことはきっとある。剣と、想いで証明しますよ」
「……ふむ」
サーシャが少し困ったように苦笑した。
「カズヒトは、わたしの幼馴染で、今はこの里を守っている剣士よ。……ちょっと口が悪いけど、腕は確かよ」
「そちらの剣士さまも、ずいぶんとイッセイくんにご執心ね」
ルーナがくすっと笑い、クラリスは黙ってイッセイの隣にぴたりと寄った。
「さて……長老、この先の計画を聞かせてくれませんか」
イッセイの問いに、ツラギは目を開けて言った。
「黒炎ノ魔の封印地、“封魂殿”への道はすでに瘴気で覆われておる。その前に、三つの“霊灯”を浄化せねばならぬ。霊灯とは、この地を護る三つの結界石──今はそれぞれの地で、守人を失い暴走しておる」
「そこを浄化しながら進むってことね」
「面白くなってきたにゃん」
イッセイは仲間たちの顔を見渡し、真っ直ぐにうなずいた。
「──行こう、サーシャ。君の大切な場所を、取り戻しに」
カグヤの隠れ里を出たイッセイ一行は、山間の獣道を進んでいた。目的は、里の霊灯──ヒノモトに伝わる霊的結界の中枢を浄化すること。霊灯は本来、周囲の瘴気を浄化し、精霊との調和を保つために設けられた神聖な場所だ。
「サーシャ、霊灯ってのは具体的にどうなってるんだ?」
「ふむ。社やしろのような構造の中央に『霊珠れいじゅ』が安置されておる。それが穢れると、霊灯の力も弱まる……という寸法でござるな」
会話を交わしながら、濃くなる瘴気にマフラーを当てて進む一行。途中、崩れた鳥居や倒れた石灯籠が無惨な姿を晒し、かつて神域だった場所が見る影もなく朽ちていた。
「空気が、どんどん重くなってるウサ……」
「ミュリル、前を頼むにゃん。反応があれば教えてにゃ」
「了解にゃんっ」
瘴気の濃度が増す中、前方に精霊の嘆きが渦巻くような気配が満ちていた。やがて、森の奥から異形の唸り声が響く。
「出るぞ、構えろ!」
イッセイが声をかけた瞬間、瘴気の中から現れたのは、獣と蛇が融合したかのような巨大な魔物だった。瞳は濁り、体表は黒い瘴で覆われている。
「瘴気獣──これほど大きいとは……!」
サーシャが構えを取るや否や、カズヒトもすかさず横に立つ。
「イッセイ殿、左右から挟む形で!」
「了解。セリア、援護を」
「は、はい! イッセイ様、後ろは任せてくださいっ」
バトルが始まる。瘴気獣は大蛇のように体を蠢かせ、尾で地面を薙ぎ払う。飛び散る土砂。フィーナが空中から雷撃魔法で牽制し、ミュリルが風の障壁を張る。
「せぇいっ!」
「そこだ、斬るッ!」
サーシャとカズヒトの連携は見事だった。イッセイは一瞬の隙をつき、気を纏った剣で瘴気獣の腹部を斬り裂く。しかし──
「なっ、再生している!?」
斬られた肉が、黒い瘴気を糸のように絡めて繋がっていく。
「瘴気による自己修復か。ならば、浄化するまで斬るだけ!」
イッセイの剣が光を放つ。サーシャとカズヒトも気を一点に集中させ、三者同時の斬撃が放たれる。
「──光輪・断滅こうりん・だんめつッ!!」
閃光とともに、魔物の体が音を立てて砕け散った。
霧が晴れ、静寂が訪れる。
「……終わったか」
セリアが安堵の吐息を漏らし、ミュリルとフィーナが傷の確認に回る。やがて、崩れた神域の奥に、目的の霊灯が姿を現した。
「霊珠が……泣いておる」
サーシャの呟きに、全員の表情が引き締まる。
「やろう。俺たちにできることを」
イッセイは霊珠に手をかざし、仲間たちとともに静かに気を注ぐ。その光は穏やかに、しかし確かに瘴気を押し返し、清らかな風が一帯に吹き渡る──。
「ありがとう、皆」
サーシャの目に、涙が滲んでいた。
その背後で、森のさらに奥に続く別の気配に、イッセイはふと目を向ける──。
(……まだ何かが、ある)
朝靄に包まれた東の平野を抜けた先、丘の斜面から見下ろしたその光景に、一行は思わず足を止めた。遠くに見えるのは、漆黒の瓦屋根と白壁を配した、和の様式で築かれた巨大な城門。そして、その周囲をまるで濁った水墨画のように覆い尽くす──不気味な瘴気の霧。
「っ……あれが、瘴気ってやつか。近づくほどに息苦しくなるな……」
イッセイが額に汗を滲ませながらつぶやくと、隣でルーナがハンカチを取り出して手渡した。
「はい、イッセイくん。汗、拭いてあげる」
「ありがとう、助かる」
そのとき、サーシャは無言のまま視線を門の先に注ぎ続けていた。彼女の瞳には、かつての故郷が瘴気に蝕まれている現実が、何よりも鋭く突き刺さっていた。
「私の、帰る場所が……」
静かに絞り出されたその声には、怒りでも悲しみでもない、無力感が滲んでいた。イッセイはそんな彼女の肩に手を置いた。
「取り戻そう。君の故郷も、人々の暮らしも、全部。俺たちでさ」
「……うん」
その時だった。門の方角から、甲高い警鐘と兵士たちの怒号が響いてきた。
「瘴気獣だァーッ! 門前に三体、突破されるぞ!」
「くっ、行こう!」
イッセイは腰の剣を抜き、サーシャも長刀を引き抜いて霧の中へと駆け出す。続いてクラリス、ルーナ、セリア、ミュリル、フィーナと仲間たちもそれぞれ武器を構えた。
城門前では、まるで獣と鬼が混ざったような異形の存在──瘴気獣が、兵たちを蹴散らしていた。体表から常に瘴気を噴出し、目は赤黒く濁っている。
「囲め! 正面は私が取る!」
サーシャが地を滑るように前へ出て、鋭く斬り込む。
刃が触れた瞬間、瘴気を吹き飛ばす風のような音と共に、獣の前脚が弾け飛んだ。
「おおおおおおっ!」
兵士たちの士気が上がる。
イッセイも剣を構え、瘴気獣の背後に回り込んだ。
「《剣風・破断》!」
剣から放たれた真空の斬撃が獣の胴を一閃。
断末魔をあげて崩れ落ちると、残りの二体も仲間たちによって瞬く間に倒された。
「……ふぅ、これでどうにか城門は守れたか」
イッセイが剣を納めると、周囲の兵士たちが駆け寄ってきた。
「助太刀、感謝いたします! まさか門まで瘴気獣が来るとは……」
「何が起こっているんだ? この国で」
ルーナがやや眉をひそめて問うと、兵士は険しい顔で語り出した。
「二月前、王都でクーデターが起きました。将軍家が襲撃され、今は“名代”と名乗る者が統治を……。それと同時期に、各地に瘴気が現れ始めたんです」
「偶然にしては出来すぎているわね」
クラリスが静かに言い、サーシャが唇を噛んだ。
「それって……まさか、闇ギルドの仕業か?」
「ええ、おそらく。裏では“黒幕”が動いていると噂されています。地方領主の中には闇ギルドと結託した者も多く、街道は閉ざされ、流通も絶たれた状態です」
「……この国を、壊そうとしている誰かがいる」
イッセイは城門の内へと視線を向けた。
そこに広がるのは、かつて「四季の楽園」と呼ばれたヒノモトの景観──しかし今は、瘴気に霞み、木々は枯れ、河は濁っている。
「私の、思い出が……こんな……っ」
サーシャが拳を握りしめる。その肩をイッセイがそっと叩いた。
「進もう、サーシャ。君の隠れ里に。きっと、希望はまだ残ってる」
「……うん。案内するわ。皆、ついてきて」
「……ここが、わたしの故郷……“カグヤの隠れ里”よ」
山深い渓谷を抜け、苔むした石段を登った先に広がっていたのは、霧に包まれた静謐な里だった。
瓦屋根の家々が整然と並び、庭先には手入れの行き届いた苔庭と風鈴が揺れている。
瘴気がうっすらと漂うものの、外の荒廃と比べれば奇跡的に保たれていた。
「わあ……なんだか、幻想の世界みたいウサ」
「空気が違うにゃん……でも、やっぱり少し重たい気もする」
フィーナとミュリルが里の空気を感じ取りながら目を細める。
そんななか、ひときわ背筋を伸ばした老剣士が門の奥から現れた。
「……サーシャか。生きておったか」
「長老……!」
サーシャが駆け寄り、礼を取る。
イッセイたちも頭を下げると、長老は深くうなずき、静かに手を招いた。
「そなたらも、よく来てくれた。……わしは、この里の長老・ツラギ。事情はすでに聞いておる。部屋を用意した、まずは座って話そう」
***
囲炉裏の火がぱちぱちと鳴る静かな座敷。
お茶の香りと、懐かしいような木のぬくもりに包まれながら、一同は膝を揃えた。
「まずお伝えせねばならぬことがある。……この里を、そしてヒノモトを覆う瘴気の根源について、じゃ」
ツラギ長老は目を閉じ、長く息を吐いた。
「数百年前、この国には“黒炎ノ魔”という災厄が封じられておった。剣の始祖・アマカゲと、霊術師たちによって深山の“封魂殿”に封印され、それ以来この地は安寧を保ってきたのじゃ」
「黒炎ノ魔……?」
イッセイが眉をひそめると、ツラギはうなずく。
「今、瘴気が拡がり始めた地は、その封印に繋がる霊脈の要所ばかり。……何者かが、意図的にその結界を弱らせておる。やがて封印が完全に破られれば──この国は再び“黒炎”に呑まれよう」
「……それが、闇ギルドの狙いなのか」
クラリスが低く呟くと、ルーナがふっと冗談めかして笑った。
「イッセイくん、今回もまた世界を救う旅ってわけね」
「……なんだか、毎回スケールが大きくなってる気がするな」
イッセイが肩をすくめて言うと、皆がクスリと笑った。
だが、その空気を打ち払うように、襖がスッと開く。
「……サーシャ、帰っていたのか」
現れたのは、白と藍の装束を身にまとった、整った顔立ちの青年剣士。
腰には二本の刃、背筋はまっすぐ、ただその眼差しはどこか複雑だった。
「カズヒト……!」
「随分と騒がしいと聞いていたが……他国の者を連れて、何を企んでいる」
「企んでなんかいない! わたしは、ヒノモトを救うために戻ってきたのよ!」
きっぱりと言い切るサーシャ。だが青年──カズヒトは、その視線をイッセイへと移した。
「そちらが……お前の“連れ”か」
「はい、私はイッセイ・アークフェルド。この国と、サーシャを助けたいと思っています」
「……ふん。そう簡単に言うものじゃない。口先だけで“救う”などと」
カズヒトの言葉には、刺々しさと、そして――わずかな嫉妬がにじんでいた。
イッセイは静かに微笑を返す。
「口先だけじゃ、信じてもらえないのは分かってます。でも、やるべきことはきっとある。剣と、想いで証明しますよ」
「……ふむ」
サーシャが少し困ったように苦笑した。
「カズヒトは、わたしの幼馴染で、今はこの里を守っている剣士よ。……ちょっと口が悪いけど、腕は確かよ」
「そちらの剣士さまも、ずいぶんとイッセイくんにご執心ね」
ルーナがくすっと笑い、クラリスは黙ってイッセイの隣にぴたりと寄った。
「さて……長老、この先の計画を聞かせてくれませんか」
イッセイの問いに、ツラギは目を開けて言った。
「黒炎ノ魔の封印地、“封魂殿”への道はすでに瘴気で覆われておる。その前に、三つの“霊灯”を浄化せねばならぬ。霊灯とは、この地を護る三つの結界石──今はそれぞれの地で、守人を失い暴走しておる」
「そこを浄化しながら進むってことね」
「面白くなってきたにゃん」
イッセイは仲間たちの顔を見渡し、真っ直ぐにうなずいた。
「──行こう、サーシャ。君の大切な場所を、取り戻しに」
カグヤの隠れ里を出たイッセイ一行は、山間の獣道を進んでいた。目的は、里の霊灯──ヒノモトに伝わる霊的結界の中枢を浄化すること。霊灯は本来、周囲の瘴気を浄化し、精霊との調和を保つために設けられた神聖な場所だ。
「サーシャ、霊灯ってのは具体的にどうなってるんだ?」
「ふむ。社やしろのような構造の中央に『霊珠れいじゅ』が安置されておる。それが穢れると、霊灯の力も弱まる……という寸法でござるな」
会話を交わしながら、濃くなる瘴気にマフラーを当てて進む一行。途中、崩れた鳥居や倒れた石灯籠が無惨な姿を晒し、かつて神域だった場所が見る影もなく朽ちていた。
「空気が、どんどん重くなってるウサ……」
「ミュリル、前を頼むにゃん。反応があれば教えてにゃ」
「了解にゃんっ」
瘴気の濃度が増す中、前方に精霊の嘆きが渦巻くような気配が満ちていた。やがて、森の奥から異形の唸り声が響く。
「出るぞ、構えろ!」
イッセイが声をかけた瞬間、瘴気の中から現れたのは、獣と蛇が融合したかのような巨大な魔物だった。瞳は濁り、体表は黒い瘴で覆われている。
「瘴気獣──これほど大きいとは……!」
サーシャが構えを取るや否や、カズヒトもすかさず横に立つ。
「イッセイ殿、左右から挟む形で!」
「了解。セリア、援護を」
「は、はい! イッセイ様、後ろは任せてくださいっ」
バトルが始まる。瘴気獣は大蛇のように体を蠢かせ、尾で地面を薙ぎ払う。飛び散る土砂。フィーナが空中から雷撃魔法で牽制し、ミュリルが風の障壁を張る。
「せぇいっ!」
「そこだ、斬るッ!」
サーシャとカズヒトの連携は見事だった。イッセイは一瞬の隙をつき、気を纏った剣で瘴気獣の腹部を斬り裂く。しかし──
「なっ、再生している!?」
斬られた肉が、黒い瘴気を糸のように絡めて繋がっていく。
「瘴気による自己修復か。ならば、浄化するまで斬るだけ!」
イッセイの剣が光を放つ。サーシャとカズヒトも気を一点に集中させ、三者同時の斬撃が放たれる。
「──光輪・断滅こうりん・だんめつッ!!」
閃光とともに、魔物の体が音を立てて砕け散った。
霧が晴れ、静寂が訪れる。
「……終わったか」
セリアが安堵の吐息を漏らし、ミュリルとフィーナが傷の確認に回る。やがて、崩れた神域の奥に、目的の霊灯が姿を現した。
「霊珠が……泣いておる」
サーシャの呟きに、全員の表情が引き締まる。
「やろう。俺たちにできることを」
イッセイは霊珠に手をかざし、仲間たちとともに静かに気を注ぐ。その光は穏やかに、しかし確かに瘴気を押し返し、清らかな風が一帯に吹き渡る──。
「ありがとう、皆」
サーシャの目に、涙が滲んでいた。
その背後で、森のさらに奥に続く別の気配に、イッセイはふと目を向ける──。
(……まだ何かが、ある)
49
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました
東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!!
スティールスキル。
皆さん、どんなイメージを持ってますか?
使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。
でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。
スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。
楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。
それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。
2025/12/7
一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。
インターネットで異世界無双!?
kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。
その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。
これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。
独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活
髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。
しかし神は彼を見捨てていなかった。
そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。
これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる