65 / 214
第七章 王都の休日
シャルロッテ編「精霊の言葉と揺れる森」
しおりを挟む
王都の喧騒から少し離れた南の丘陵地帯。そこには、古くから“眠れる森”と呼ばれる広大な自然地帯が広がっていた。春の風にそよぐ草花の香り、緑の葉を揺らす優しい木漏れ日。しかし、シャルロッテの足は自然と重くなっていた。
「……風が、ざわついてる。いつもの調べじゃないわ」
ハイエルフの少女――シャルロッテは、長く艶やかな銀髪を風に流しながら、小さな吐息をついた。その肩に小さく揺れる、エメラルド色の羽根飾り。それは精霊との契約の証――森に息づく生命の声を聴く者だけが持つ、特別なしるしだ。
「あなたたち、今日はなんだか元気がないみたい……ねえ、教えて?」
シャルロッテは森の奥深くで、静かに語りかける。すると、木々の葉がそっと揺れ、ふわりと淡い光が舞い始めた。精霊たちが姿を見せる――それは、人の姿にも、光の粒にも似た、神秘的な存在。
『……汚れた風が、北から来る……千の眠り、目覚めの刻、近し……』
かすかな声――いや、これは精霊語。人の言葉ではないが、シャルロッテの心には、はっきりと意味が届く。
「千の眠り……目覚め……やっぱり、“魔王”のことなのね?」
声にならぬ返答に、彼女はそっと拳を握った。森に異変が起こっている。それは、ただの気まぐれでも、自然現象でもない。精霊たちが恐れている。“魔”の存在が近づいているということだ。
「……イッセイさんに、報告しなきゃ。でも……」
彼女は静かに首を振った。その場を離れる前に、もう一つ、やらなければならないことがある。
「この森の結界、少し補強しておくわね」
シャルロッテは腰のポーチから、小さな精霊石を取り出した。それを胸に掲げ、目を閉じる。
「――ルア・シルフィ・エルノア、風と命の契約において、ここに守護の輪を描き給え」
地面に淡く光る円が描かれ、草花がそよ風とともに揺れた。その中に宿る力が、森を包むように広がっていく。
「これで、少しは安心……できるといいのだけど」
そして再び、彼女は森の奥を振り返る。
「あなたたちも、無理をしないで。私たちが、必ずこの世界を守ってみせるから」
風に乗って届く、かすかな精霊たちのささやき。それに背を押されるように、シャルロッテは森をあとにした。
──
「おかえりなさい、シャルロッテさん!」
王都の宿舎に戻ると、ミュリルが跳ねるように駆け寄ってきた。
「にゃんにゃん! 森でなんかあったの?」
「……ええ、少し不穏な兆しがあったの。精霊たちが、“千年の目覚め”に言及していたわ。おそらく、魔王に関することだと思うの」
「ウサ!? そ、それって……!」
フィーナが目を丸くして、耳をぴくんと震わせる。
「やっぱり……間違いじゃないんだね」
そこに、イッセイも歩み寄ってくる。心なしか、彼の表情も険しい。
「精霊の森に行って、何か掴めたか?」
「……うん。はっきりとしたことは、まだ言えないけど、森の異変は“魔”の影響と見て間違いないわ。王都に向かう道すがらの風の流れが、明らかに変わってたもの」
イッセイは頷いた。
「ありがとう、シャルロッテ。君がいてくれて本当によかった」
「そんな……でも、嬉しい」
シャルロッテはほんの少し頬を染め、俯く。だがその瞳には、エルフの誇りと覚悟が宿っていた。
「精霊たちが恐れているのは、私たちが恐れるよりも深い絶望。なら、私はその声を伝える役目を果たしたい。自然と人との橋になりたいの」
「……ああ、その志、大事にしていこう」
そして、一行は次なる目的地――聖教会の本拠地、神聖レオノーラ王国へと旅立つ準備を始めた。
だが、その森の奥――誰も気づかぬほど深い深い場所では、小さな黒い影が、そっと目を開けていた。
それは、かつて世界を滅ぼしかけた存在の“欠片”――魔の目覚めが、静かに始まろうとしていた。
「……風が、ざわついてる。いつもの調べじゃないわ」
ハイエルフの少女――シャルロッテは、長く艶やかな銀髪を風に流しながら、小さな吐息をついた。その肩に小さく揺れる、エメラルド色の羽根飾り。それは精霊との契約の証――森に息づく生命の声を聴く者だけが持つ、特別なしるしだ。
「あなたたち、今日はなんだか元気がないみたい……ねえ、教えて?」
シャルロッテは森の奥深くで、静かに語りかける。すると、木々の葉がそっと揺れ、ふわりと淡い光が舞い始めた。精霊たちが姿を見せる――それは、人の姿にも、光の粒にも似た、神秘的な存在。
『……汚れた風が、北から来る……千の眠り、目覚めの刻、近し……』
かすかな声――いや、これは精霊語。人の言葉ではないが、シャルロッテの心には、はっきりと意味が届く。
「千の眠り……目覚め……やっぱり、“魔王”のことなのね?」
声にならぬ返答に、彼女はそっと拳を握った。森に異変が起こっている。それは、ただの気まぐれでも、自然現象でもない。精霊たちが恐れている。“魔”の存在が近づいているということだ。
「……イッセイさんに、報告しなきゃ。でも……」
彼女は静かに首を振った。その場を離れる前に、もう一つ、やらなければならないことがある。
「この森の結界、少し補強しておくわね」
シャルロッテは腰のポーチから、小さな精霊石を取り出した。それを胸に掲げ、目を閉じる。
「――ルア・シルフィ・エルノア、風と命の契約において、ここに守護の輪を描き給え」
地面に淡く光る円が描かれ、草花がそよ風とともに揺れた。その中に宿る力が、森を包むように広がっていく。
「これで、少しは安心……できるといいのだけど」
そして再び、彼女は森の奥を振り返る。
「あなたたちも、無理をしないで。私たちが、必ずこの世界を守ってみせるから」
風に乗って届く、かすかな精霊たちのささやき。それに背を押されるように、シャルロッテは森をあとにした。
──
「おかえりなさい、シャルロッテさん!」
王都の宿舎に戻ると、ミュリルが跳ねるように駆け寄ってきた。
「にゃんにゃん! 森でなんかあったの?」
「……ええ、少し不穏な兆しがあったの。精霊たちが、“千年の目覚め”に言及していたわ。おそらく、魔王に関することだと思うの」
「ウサ!? そ、それって……!」
フィーナが目を丸くして、耳をぴくんと震わせる。
「やっぱり……間違いじゃないんだね」
そこに、イッセイも歩み寄ってくる。心なしか、彼の表情も険しい。
「精霊の森に行って、何か掴めたか?」
「……うん。はっきりとしたことは、まだ言えないけど、森の異変は“魔”の影響と見て間違いないわ。王都に向かう道すがらの風の流れが、明らかに変わってたもの」
イッセイは頷いた。
「ありがとう、シャルロッテ。君がいてくれて本当によかった」
「そんな……でも、嬉しい」
シャルロッテはほんの少し頬を染め、俯く。だがその瞳には、エルフの誇りと覚悟が宿っていた。
「精霊たちが恐れているのは、私たちが恐れるよりも深い絶望。なら、私はその声を伝える役目を果たしたい。自然と人との橋になりたいの」
「……ああ、その志、大事にしていこう」
そして、一行は次なる目的地――聖教会の本拠地、神聖レオノーラ王国へと旅立つ準備を始めた。
だが、その森の奥――誰も気づかぬほど深い深い場所では、小さな黒い影が、そっと目を開けていた。
それは、かつて世界を滅ぼしかけた存在の“欠片”――魔の目覚めが、静かに始まろうとしていた。
37
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました
東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!!
スティールスキル。
皆さん、どんなイメージを持ってますか?
使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。
でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。
スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。
楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。
それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。
2025/12/7
一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。
インターネットで異世界無双!?
kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。
その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。
これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。
独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活
髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。
しかし神は彼を見捨てていなかった。
そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。
これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる