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第四部 ぷに神話と異世界の夜明け
エピローグ 温もりの神話、そして次なる扉
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魔王ゼムが「ホカホカ魔王陛下」へと転身し、魔王城が銀河一の温泉郷「スパリゾート・ゼムサール」として再オープンしてから、数週間が過ぎた。
かつて“感情”を封印され、灰色に沈んでいた大陸アルジェリオンは、まるで長い冬から目覚めたかのように、その色彩と活気を取り戻していた。
聖都ラクトルの石畳は、今や子供たちの笑い声と駆け回る足音で賑わっている。人々は、ぎこちないながらも、互いに手を取り合い、肩を寄せ合い、時には涙を流しながら、失われた“心”の温もりを確かめ合っていた。私が布告した「抱きしめ法」は、この国で最も愛される法律となっていた。
街角には、私たちの技術を元に、この世界の職人たちが作り上げた、素朴で温かい“ぷに”の屋台が並ぶ。ぷにぷにしたパン、ぷにぷにした飴細工。それらは、この世界の人々が、自らの手で“柔らかさ”を育み始めた、確かな証だった。
私の役目は、もう終わったのだ。
私は、この世界が大好きになった。でも、私には帰るべき場所がある。待ってくれている、大切な仲間たちがいる。
◆
出発の前夜。
「スパリゾート・ゼムサール」の大広間では、私たちのための、盛大な送別の宴が開かれていた。
広間の中心には巨大な露天風呂が湯気を立て、騎士も、元魔王兵も、町の人々も、皆が同じ浴衣を着て、身分も種族も関係なく酒(ぷに甘酒)を酌み交わしている。
「ティアナ様!」
駆け寄ってきたのは、聖騎士の鎧を脱ぎ、柔らかな笑顔がすっかり様になった、巫女騎士セラフィーネだった。その瞳は、もうガラス玉のように無機質ではない。確かな意志と、感情の光を宿していた。
「この世界に“温もり”を思い出させてくださり、本当に……本当に、ありがとうございました。この御恩は、決して忘れません」
「礼を言うのは、こちらのほうよ、セラフィーネ。あなたという、強くて優しい友達ができたのだから」
私たちは、固く、しかし優しく、抱き合った。
少し離れた場所では、ホカホカ魔王陛下ことゼムが、腕を組みながら、照れくさそうにこちらを見ている。
「……フン。貴様がいなくなると、少し静かになるな」
「あら、寂しいのかしら、魔王様?」
「なっ……! 誰が寂しいものか! だが……その、“半熟たまご理論”とやらは、悪くなかった。我も、これからは、民の心を温める、良き“ホカホカ”を目指すとしよう」
強がりながらも、その声はどこまでも優しい。彼もまた、自分だけの“ぷに”を見つけたのだ。
私は、宴の中心に立ち、この世界の人々に向けて、最後のスピーチをした。
「わたくしは、神様でも、救世主でもありません。ただの、スライムが大好きな、元悪役令嬢です。この世界を救ったのは、わたくしでも、スリィでもない。皆さん一人一人が、心の奥底にずっと持っていた“温かいものに触れたい”と願う、その気持ちです」
私は、腕の中のスリィを、そっと掲げた。
「“ぷに”は、どこか遠くにある特別なものではありません。それは、誰かの涙に寄り添う優しさであり、凝り固まった心を解きほぐす笑顔であり、そして、一人じゃないと感じられる、温もりそのものです。どうか、これからも、皆さん自身の“ぷに”を、大切に育てていってください」
私の言葉に、広間は、割れんばかりの拍手と、「ぷにーっ!」という、この世界で最も温かい歓声に包まれた。
◆
翌朝。
聖都ラクトルの中心広場には、異次元通信によって座標を固定された、虹色の次元の門(ディメンション・ゲート)が、静かに輝いていた。門の向こうには、懐かしい我が国の工房の景色が、ぼんやりと揺らめいて見える。
「……元気でね、セラフィーネ、ゼム」
「はい。ティアナ様も、どうか、お元気で」
「ぬ、ぬくもりを……忘れるなよッ……!」
私たちは、最後の別れの言葉を交わし、私はスリィを抱きしめて、光の門へと一歩、足を踏み出した。
(さあ、帰りましょう。私たちの、あの騒がしい日常へ!)
門の向こうに、ライオネルやフォンたちの姿が見える。彼らが「おかえり!」と口を動かすのが分かった。
私も「ただいま!」と返そうとした、その瞬間だった。
バチッ!!
次元の門が、凄まじい火花を散らして、不安定に明滅を始めた。
『ティアナ様、危険です! 次元座標が、乱れています!』
「えっ、きゃああああ!?」
私たちの身体は、制御不能の激流に飲み込まれた。
目の前の景色が、高速で切り替わっていく。
懐かしい工房の天井。さっきまでいた異世界の空。銀河戦争で見た、星々の海。そして――
見たこともない、ガラスと鉄でできた、天を突く塔の群れ。
夜空よりも明るく輝く、無数の光。
鉄の箱が、光の川となって、地上を走り回る、不思議な街。
『警告! 座標、完全喪失! 未知の異世界へと、強制排出されます!』
「ちょっと待って! 私の感動の帰還シーンはどこに行ったのよーーーーッ!!」
私の絶叫も虚しく、次元の門は、ついにその形を失い、私たちを、漆黒の夜空へと、無慈悲に放り出した。
眼下に広がるのは、宝石を散りばめたような、圧倒的な光の海。
私たちは、なすすべもなく、その光の中へと、落ちていく。
悪役令G嬢の物語は、どうやら、まっすぐ故郷へ帰ることを、まだ許してはくれないらしい。
次なる舞台は、神も、魔王もいない。
ぷにぷにも、魔法もない。
まったく新しい、未知の世界。
私たちの、ぷるぷるな旅は、またしても、とんでもない寄り道から、始まることになりそうだ。
かつて“感情”を封印され、灰色に沈んでいた大陸アルジェリオンは、まるで長い冬から目覚めたかのように、その色彩と活気を取り戻していた。
聖都ラクトルの石畳は、今や子供たちの笑い声と駆け回る足音で賑わっている。人々は、ぎこちないながらも、互いに手を取り合い、肩を寄せ合い、時には涙を流しながら、失われた“心”の温もりを確かめ合っていた。私が布告した「抱きしめ法」は、この国で最も愛される法律となっていた。
街角には、私たちの技術を元に、この世界の職人たちが作り上げた、素朴で温かい“ぷに”の屋台が並ぶ。ぷにぷにしたパン、ぷにぷにした飴細工。それらは、この世界の人々が、自らの手で“柔らかさ”を育み始めた、確かな証だった。
私の役目は、もう終わったのだ。
私は、この世界が大好きになった。でも、私には帰るべき場所がある。待ってくれている、大切な仲間たちがいる。
◆
出発の前夜。
「スパリゾート・ゼムサール」の大広間では、私たちのための、盛大な送別の宴が開かれていた。
広間の中心には巨大な露天風呂が湯気を立て、騎士も、元魔王兵も、町の人々も、皆が同じ浴衣を着て、身分も種族も関係なく酒(ぷに甘酒)を酌み交わしている。
「ティアナ様!」
駆け寄ってきたのは、聖騎士の鎧を脱ぎ、柔らかな笑顔がすっかり様になった、巫女騎士セラフィーネだった。その瞳は、もうガラス玉のように無機質ではない。確かな意志と、感情の光を宿していた。
「この世界に“温もり”を思い出させてくださり、本当に……本当に、ありがとうございました。この御恩は、決して忘れません」
「礼を言うのは、こちらのほうよ、セラフィーネ。あなたという、強くて優しい友達ができたのだから」
私たちは、固く、しかし優しく、抱き合った。
少し離れた場所では、ホカホカ魔王陛下ことゼムが、腕を組みながら、照れくさそうにこちらを見ている。
「……フン。貴様がいなくなると、少し静かになるな」
「あら、寂しいのかしら、魔王様?」
「なっ……! 誰が寂しいものか! だが……その、“半熟たまご理論”とやらは、悪くなかった。我も、これからは、民の心を温める、良き“ホカホカ”を目指すとしよう」
強がりながらも、その声はどこまでも優しい。彼もまた、自分だけの“ぷに”を見つけたのだ。
私は、宴の中心に立ち、この世界の人々に向けて、最後のスピーチをした。
「わたくしは、神様でも、救世主でもありません。ただの、スライムが大好きな、元悪役令嬢です。この世界を救ったのは、わたくしでも、スリィでもない。皆さん一人一人が、心の奥底にずっと持っていた“温かいものに触れたい”と願う、その気持ちです」
私は、腕の中のスリィを、そっと掲げた。
「“ぷに”は、どこか遠くにある特別なものではありません。それは、誰かの涙に寄り添う優しさであり、凝り固まった心を解きほぐす笑顔であり、そして、一人じゃないと感じられる、温もりそのものです。どうか、これからも、皆さん自身の“ぷに”を、大切に育てていってください」
私の言葉に、広間は、割れんばかりの拍手と、「ぷにーっ!」という、この世界で最も温かい歓声に包まれた。
◆
翌朝。
聖都ラクトルの中心広場には、異次元通信によって座標を固定された、虹色の次元の門(ディメンション・ゲート)が、静かに輝いていた。門の向こうには、懐かしい我が国の工房の景色が、ぼんやりと揺らめいて見える。
「……元気でね、セラフィーネ、ゼム」
「はい。ティアナ様も、どうか、お元気で」
「ぬ、ぬくもりを……忘れるなよッ……!」
私たちは、最後の別れの言葉を交わし、私はスリィを抱きしめて、光の門へと一歩、足を踏み出した。
(さあ、帰りましょう。私たちの、あの騒がしい日常へ!)
門の向こうに、ライオネルやフォンたちの姿が見える。彼らが「おかえり!」と口を動かすのが分かった。
私も「ただいま!」と返そうとした、その瞬間だった。
バチッ!!
次元の門が、凄まじい火花を散らして、不安定に明滅を始めた。
『ティアナ様、危険です! 次元座標が、乱れています!』
「えっ、きゃああああ!?」
私たちの身体は、制御不能の激流に飲み込まれた。
目の前の景色が、高速で切り替わっていく。
懐かしい工房の天井。さっきまでいた異世界の空。銀河戦争で見た、星々の海。そして――
見たこともない、ガラスと鉄でできた、天を突く塔の群れ。
夜空よりも明るく輝く、無数の光。
鉄の箱が、光の川となって、地上を走り回る、不思議な街。
『警告! 座標、完全喪失! 未知の異世界へと、強制排出されます!』
「ちょっと待って! 私の感動の帰還シーンはどこに行ったのよーーーーッ!!」
私の絶叫も虚しく、次元の門は、ついにその形を失い、私たちを、漆黒の夜空へと、無慈悲に放り出した。
眼下に広がるのは、宝石を散りばめたような、圧倒的な光の海。
私たちは、なすすべもなく、その光の中へと、落ちていく。
悪役令G嬢の物語は、どうやら、まっすぐ故郷へ帰ることを、まだ許してはくれないらしい。
次なる舞台は、神も、魔王もいない。
ぷにぷにも、魔法もない。
まったく新しい、未知の世界。
私たちの、ぷるぷるな旅は、またしても、とんでもない寄り道から、始まることになりそうだ。
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