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34・何をお望み?
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ようやく屋敷の庭がいつも見慣れた姿に戻ってきたことに涼華は満足していた。
杏の父親たちがきれいに整えたはずの草木も、すっかり枯れて見るも無残な状態となっている。
彼らはがっかりするに違いない。
彼らだけじゃない。ここで生まれ育ったはなも、今の庭を見たらきっと心を痛めるはず。
いい気味だわ。
もっと荒れ果ててしまえ。
涼華の胸には、例の石を留め直したペンダントが光っていた。
こんな安物が自分の心に平安をもたらすとは驚きだった。
長い間抱いてきた復讐心や恨みが軽くなった。
はなを今も苦しめているかと思うと、喜びが溢れてくる。
声の教えてくれた通り簡単だった。
あの子の娘の本当の望みをわかっていたから、それをちらつかせればいとも容易く石を手に入れることができた。
大切な石と引き換えにするほどの価値などない、実にちっぽけでつまらない望みだった。
声の要求は日に日にエスカレートしていく。
このあたりの草木や花を全部枯れさせ根絶やしにするだけで終わるはずなどない。
生き物の命も欲しがるようになっていた。
涼華の足元にはたくさんの虫の死骸が落ちている。
こんなのは手始めにすぎない。
もっとよこせと声は言う。
涼華はそれに応えていくだけだ。
声に従うと身も心も軽くなり楽になれる。
自室に戻った涼華は、鏡台の上に見慣れぬ一冊の古い本が置いてあることに気がついた。
はなの持っていた本だと思い至るには、少し時間がかかった。
ボロボロで所々焼け焦げており、見た目はかなり変わってしまっていたからだ。
しかし、半分に裂けた背表紙が補修してあるのを見て、これははなの本だと確信した。
あの子が家を出て行こうとした日、本はふたつに裂けて床に落ちたのだ。
不思議なことに直後の記憶が曖昧だ。
強い光と強烈な風にさらされて床に叩きつけられたのはかろうじて覚えている。
気がついたら本もはなも消えていた。
はなが必死に守って持ち去ったものだ。
そこに何が書いてあるのか興味があった。
だが、おかしなことに中には何も書かれていなかった。
「おや、そんなものどこから出してきたんだい?」
涼華の母がすぐ後ろに立っていた。
「勝手に入ってこないでよ」
「いちいちうるさいね。あれ?あんたそれどこでみつけたの?」
涼華の母は、娘が手にした本に気づいた。
「この本を知ってるの?」
本など読まない母親がやけに興味を示すので尋ねてみた。
「昔茂倉の旦那がこの屋敷に出入りしてた頃、欲しがってたからこっそりくれてやった本によく似てる。だけど後になって、コレは偽物だとかわけのわからないいちゃもんつけてあたしに金を返せと大騒ぎしたのを覚えてるよ」
ああイヤなこと思い出しちまったよ、酒でも飲まなきゃやってられないね。母親がブツブツ独り言を言いながら台所に下りていくのを確認し、涼華はドアに鍵をかけた。
なるほど。
母親が屋敷の主人の目をごまかし、いろんなものを盗んでいたこと、それから主人夫妻が母の手癖の悪さを承知していたことを、涼華はよく知っていた。
だから彼らが用心して偽物を置いたとしても不思議じゃない。
おおかた、声に命令された茂倉は本を手に入れようとして偽物をつかまされたのだろう。
今ほど力をつける前のことだから、声もあんな男を頼るしかなかったというわけだ。
しかし、最近声は確実に力を増している。
はなの娘たちが忍び込んで来たときもそうだ。
ツタでも扉でも、自由自在にものを出現させ動かせる。
本も声は自分で見つけ出し手に入れたのだろう。
しかし、これを使って何をしようというのか?
「次は何をお望み?」
涼華が声に尋ねた。
杏の父親たちがきれいに整えたはずの草木も、すっかり枯れて見るも無残な状態となっている。
彼らはがっかりするに違いない。
彼らだけじゃない。ここで生まれ育ったはなも、今の庭を見たらきっと心を痛めるはず。
いい気味だわ。
もっと荒れ果ててしまえ。
涼華の胸には、例の石を留め直したペンダントが光っていた。
こんな安物が自分の心に平安をもたらすとは驚きだった。
長い間抱いてきた復讐心や恨みが軽くなった。
はなを今も苦しめているかと思うと、喜びが溢れてくる。
声の教えてくれた通り簡単だった。
あの子の娘の本当の望みをわかっていたから、それをちらつかせればいとも容易く石を手に入れることができた。
大切な石と引き換えにするほどの価値などない、実にちっぽけでつまらない望みだった。
声の要求は日に日にエスカレートしていく。
このあたりの草木や花を全部枯れさせ根絶やしにするだけで終わるはずなどない。
生き物の命も欲しがるようになっていた。
涼華の足元にはたくさんの虫の死骸が落ちている。
こんなのは手始めにすぎない。
もっとよこせと声は言う。
涼華はそれに応えていくだけだ。
声に従うと身も心も軽くなり楽になれる。
自室に戻った涼華は、鏡台の上に見慣れぬ一冊の古い本が置いてあることに気がついた。
はなの持っていた本だと思い至るには、少し時間がかかった。
ボロボロで所々焼け焦げており、見た目はかなり変わってしまっていたからだ。
しかし、半分に裂けた背表紙が補修してあるのを見て、これははなの本だと確信した。
あの子が家を出て行こうとした日、本はふたつに裂けて床に落ちたのだ。
不思議なことに直後の記憶が曖昧だ。
強い光と強烈な風にさらされて床に叩きつけられたのはかろうじて覚えている。
気がついたら本もはなも消えていた。
はなが必死に守って持ち去ったものだ。
そこに何が書いてあるのか興味があった。
だが、おかしなことに中には何も書かれていなかった。
「おや、そんなものどこから出してきたんだい?」
涼華の母がすぐ後ろに立っていた。
「勝手に入ってこないでよ」
「いちいちうるさいね。あれ?あんたそれどこでみつけたの?」
涼華の母は、娘が手にした本に気づいた。
「この本を知ってるの?」
本など読まない母親がやけに興味を示すので尋ねてみた。
「昔茂倉の旦那がこの屋敷に出入りしてた頃、欲しがってたからこっそりくれてやった本によく似てる。だけど後になって、コレは偽物だとかわけのわからないいちゃもんつけてあたしに金を返せと大騒ぎしたのを覚えてるよ」
ああイヤなこと思い出しちまったよ、酒でも飲まなきゃやってられないね。母親がブツブツ独り言を言いながら台所に下りていくのを確認し、涼華はドアに鍵をかけた。
なるほど。
母親が屋敷の主人の目をごまかし、いろんなものを盗んでいたこと、それから主人夫妻が母の手癖の悪さを承知していたことを、涼華はよく知っていた。
だから彼らが用心して偽物を置いたとしても不思議じゃない。
おおかた、声に命令された茂倉は本を手に入れようとして偽物をつかまされたのだろう。
今ほど力をつける前のことだから、声もあんな男を頼るしかなかったというわけだ。
しかし、最近声は確実に力を増している。
はなの娘たちが忍び込んで来たときもそうだ。
ツタでも扉でも、自由自在にものを出現させ動かせる。
本も声は自分で見つけ出し手に入れたのだろう。
しかし、これを使って何をしようというのか?
「次は何をお望み?」
涼華が声に尋ねた。
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