規格外の螺子

cassisband

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 電話はあっさりつながった。もしかしたら、自分が電話をかけてもとらないのではないだろうか、そんな思いでかけた電話だった。だから、胸の鼓動とともに聞いていた呼び出し音が、航太の声に変わった時、健一はいささか動揺した。さらに航太の声は、昨日の出来事などなかったかのように、平然としたものだった。しかし、それが、ポーカーフェイスを装っての対応なのか、それとも本当になんとも思っていない故なのか、電話で判断するのは、難しいものがあった。
「夕べは、悪かったな」
 航太の意図を測りかねて、健一は切り出した。
「ああ」
 ああ、あのことか、とでも言いそうな「ああ」だった。
「言い過ぎたと思ってるよ。長い付き合いなのに、一方的なことばかりでかい声で騒いだりして」
 これは、健一の真意だった。理由はどうであれ、話も聞かずに追い出したという事実は、健一の良心を苦しめていた。
「いや」
 まだ航太の真意は見えない。
「今、どこにいるんだ?」
 友人を気遣う気持ちが伝わったのか、航太は二十歳の頃からバーテンダーのアルバイトで出入りしている上野のバーの事務所にいることを告げた。そして、夕べはアパートを出た足でここに向かい、しばらくアルバイトも兼ねて泊り込ませてもらうことを店長に了承してもらっているので、心配するな、と続けた。
「そうか」
 航太はもう、戻ってくる気持ちはないのではないか、とは予感していたが、そのとおりだった。
 少しの間の後、航太が言葉を発した。
「嫌な思いさせて、悪かったな」
 へりくだるためでも、不本意な謝罪でもなく、そのままの意味として健一には響いた。
「そんなことはないよ」
 健一も、本心からそう言った。そして、航太と会いたいと思っていると伝えた。ゆっくり話がしたい。友人の隆史も同席で。航太はふたつ返事で了解した。
 隆史を呼んでいるという点で、健一が感じている航太に対する責任の取り方が、会って話をする、というものだという解釈をしているのかもしれなかった。健一は会合の場所に、北千住の居酒屋の名前を告げた。時間は、隆史が都合をつけられると言った八時にした。店こそ汚くて狭いが、良心的な値段で家庭料理を出す店だ。店内は、いつ行ってもごった返したようにサラリーマンで賑わっている。酔った男達の大きな声で、店内に流れる有線の音楽もまともに聞くことができないほどだ。しかし、それくらい周りの雑音が大きいほうが、込み入った話をしやすいように思えた。
 この店には以前に、航太と二人で行ったこともある。健一から誘った場合、それに隆史と二人で会うというのも、この店だった。だが、この三人のメンバーが顔をそろえるのは初めてのことだった。
 航太の予定を聞いたが、アルバイトは融通がきくから、いつでもかまわないという回答だった。早く会ってすっきりしたい気分と、少し時間を置きたい気持ちが混在して、いつ会うべきか思案したが、次の月曜日を指定した。バーのような週末が稼ぎ時の商売に配慮したつもりだった。航太はこれにも快諾した。
 三日後の夜八時。何かが決着するのだろうか。
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